グランドフェスティバルの夜「え? 今からバトル……? なんで?」
「そーだよ! せっかくグランドフェス見に来たんだから、ステージ見に行くに決まってるじゃん! ほら、早く行こ!」
「は……?」
「ハァ……?」
グランドフェスティバル会場直通の送迎バスから降りた直後。盛り上がる会場前でXブラッドは真っ二つに割れていた。
ガール二人はフェスのライブ会場に向かうゲートへ。ボーイ二人はバトル会場に向かおうとしてた。
「おいおい……フェスっつったらバトルだろ! ほら、早くロビーにいこーぜ!」
「ああ。そのために全員でバトルの陣営も選んで……」
ヴィンテージがメンバーお揃いのTシャツを示す。四人とも現在派の白地に濃いブルーでロゴが描かれたTシャツを身につけている。テンタクルズ率いる現在派のTシャツだ。
当然のようにバトル会場へ向かうものと思っていたボーイ二人は、ガール二人の反応に戸惑う。
オメガとレッドソールはきょとんとした顔でボーイ二人を見返した。
「私は……三陣営の中から好きなアーティストを選んだだけだが……?」
オメガが本気で驚いた顔で答える。
「うちらってさ、ハイカラスクエアに縁があるじゃん? どのアイドルも大好きだけど、やっぱテンタクルズ派かなー! って!」
シオカラーズもすりみ連合もみんなサイコーだけどね〜、とレッドソールが言う。話しながら二人は持参した大きなトートバッグからうちわやペンライトを次々に取り出していた。グッズにもキラキラしたデコが施されていて、気合十分だ。そういやレッドソールもアイドル好きって言ってたな…と、ダブルエッグは思い出した。
「いや……バトルは四人揃わないと無理だ。お前らが来てくれないと始まらない」
珍しく困惑した表情のヴィンテージが口を開く。
「いや。ごめん。私はライブを見に来たから無理。」
反対にオメガは戸惑うことなく、ボーイ二人にきっぱり言い切る。
「……俺は……全員でバトルをしにきた。そのつもりだ」
(おい、ヴィンテージ頑張れ! 押されてるぞ!)ダブルエッグは心の中でリーダーを応援する。が、今日のヴィンテージはどうも押しが弱い。オメガと過ごした年月が長いだけに、オメガの固い意思が変わらないことを良く知ってるのだろう。
そうだった。オメガは音楽に生き、音楽に命をかけるガールだ。そしてレッドソールは可愛いものが大好きで、オメガが大好きで、盛り上がることが大好きなガールで……
最近はオメガに影響されて一緒にライブに行くことが増えた、とも聞いてる。
「バトルはさ〜、先週みんなでビッグラン行ったっしょ? 大変だったけど楽しかったよね〜!」
「ああ、大事なステージを守り切る事が出来て満足だった」
「だから、今日はそのステージで本番のバトルを……」
「え、あれはライブのステージじゃないの? ライブ守るためにバトルしたんだと思ってた!」
駄目だ。ライブ派とバトル派の溝は埋まりそうにない。
「仕方ねーな……じゃあさ、ライブの合間にちょっと抜け出してくるとか無理か?」
「うーん……抜け出したらその時間のステージ見れないじゃん? うちらさ、どのステージも全部見たいんだよね〜」
「うん。今日のステージは全部大事だから。全部見逃せない。」
一歩も譲らないガール達に、ボーイ二人は完全に押されていた。
「……二人とも、ごめん。バトルは行けない」
少しの沈黙の後、オメガは揺るぎない表情で宣言した。
「この規模のフェスはハイカラでもバンカラでもなかなかないんだ。この機会逃したら二度と見れないかもしれない」
「私は……ライブのために生きてるから」
覚悟が決まった口調で言い切られると、バトル派のボーイ二人は何も言えなかった。
「オメガってば大げさ〜! でも私も今日のライブのために生きてきたってカンジ?」
手鏡を見ながらギアを装着している最中のレッドソールも同意する。
何も言えなくなったボーイたちを尻目にガールたちは楽しそうに準備を整えていた。
「レッドソール。その猫耳みたいなギア、似合ってる。すごく可愛い」
「オメガもそのトゲトゲのピアス、めっちゃ似合ってる! サイコーに可愛いよ!」
「ありがと。帽子とどっちにしようか迷ったんだ」
「オメガならどっちも似合うよ〜! ね、せっかくだから途中でいっぱいギアチェンジしよ! フェスは長いんだし!」
……なんかさぁ、この二人、最初から仲良かったけど、最近ますます仲良いっつーか、とにかく距離近いんだよな……
ピッタリとくっついて自撮りするガールたちを見て、置いてけぼり気味のダブルエッグが心の中で思う。
準備完了したガール二人は、ぽかんとしているボーイ二人を置いて立ち上がった。
「それじゃ、私たちはライブ会場に行ってくる。だからバトルは二人で行ってきて」
「今日のライブは今日しか見れないもんね!」
「「それじゃ、私たち、ライブ楽しんでくるねー!!」」
ガール二人は手を繋いでライブ会場のゲートをくぐっていった。キラキラしたインクがキラキラした笑顔の二人を包み、仲の良い二人を彩る。
じゃーねー! と手を振ったガールたちはとても幸せそうで、眩しかった。
残されたのはボーイ二人。呆然と立ち尽くすヴィンテージをチラリと見てダブルエッグが切り出す。
「……どうする? ヴィンテージ。こうなったらオレらもライブ見てく?」
オメガたちのようにキラキラしたインクをかぶるオレとヴィンテージを想像する。
フェスライブか……それはそれでサイコーに楽しいけど、ライブで盛り上がるヴィンテージはあんま想像できねーな……とダブルエッグは一人思う。
チームを組んだ頃に比べると相当打ち解けたはずだし、仲間の前で笑顔を見せるようになったと思うが、ライブを楽しむ陽キャ集団に混じってぴょんぴょん跳ねるヴィンテージは想像できない。
いや、ホントにやってくれるなら見てみてぇけど。マジで。
相変わらず人の多い場所は苦手だろうし、ライブ参戦はねぇだろうな……
ヴィンテージからの返答はない。どうやら予想外の事態にフリーズしているようだ。ま、オメガの性格考えるとライブ行きたがるだろうな……とは思ってた。が、日程全てをライブに全振りするとは思わなかった。
参ったな……マジで参った。
ガール二人に去られて放心状態のヴィンテージを何とかしようと引っ張るが動かない。おい、しっかりしろよ、と肩を揺さぶる。
「どーする? とりあえず二人でチーム組んでバトル行くか? こんだけ人が集まってれば野良でも即マッチングするだろ」
肩を落としてどよんとするリーダーの目からは光が消えていっていた。
「駄目だ……戦力が足りなすぎる」
光のない暗い目で呟くヴィンテージを再度揺さぶるが、反応はない。
戦力足りないっておい……まだオレがいるだろ……オレはお前の思う戦力に含まれてないのかよ、と少しイラつく。
ああくそっ、都合の良いときは頼りにするくせに……
「あれ? 二人ともどうしたの?」
バス停で動けなくなってる二人に、背後から声がかかる。振り向くとパープルチームのタレサンが立っていた。少し離れてリッターのスカルも佇んでいるのが見える。バスから降りてここは何処だと言いたげに辺りをキョロキョロと見回していた。
「どうしたのって……アンタらもどうしたん? いつものメンバーは?」
この場に居るのはタレサンとスカルだけだ。紫のガール二人が見えない。問い返すと、タレサンは苦笑いをしながら答えた。
「グラフェス会場に来る前にね、スカルが迷子になってね……バンカラの街はオレも慣れてないから探すの時間かかっちゃって」
この人も相当な苦労人だな、とダブルエッグは密かに思う。
「なんとかスカル捕まえてここまで連れてきたんだけど、チドリとエイズリーは会場に先に行っちゃってね」
「それではぐれたのか。で、合流しねぇの?」
「二人ともライブ会場から帰ってこないんだ。ほら……彼女ら元バンキャだから」
「へえ……初耳だけどなんか分かるわ。バンキャねぇ」
パープルチームのコワモテガール二人が、ライブ会場で全力で楽しんでるのを想像すると妙にしっくりくる。なるほどな。
「じゃ、アンタらもオレらと同じってわけか……」
「君たちも? ……ああそっか、オメガはライブの方を選ぶよね。そうすると、もう一人の子も一緒なのかな」
「そういうわけ。んで、置いてかれたヴィンテージが、さっきから拗ねてる」
横で固まっているヴィンテージを指差す。
「……別に拗ねてない」
拗ねてる、と形容されるのは流石に不満があるようだ。固まっていたヴィンテージがようやく口を開いた。
「そっか、気の毒に……うーん……でもそれならちょうど良かったかもだね」
「ん? 何が?」
「俺とスカルも現在派なんだ。君たちさえ良かったらチーム組まない?」
タレサンがにこやかに提案した。
なるほど、グランドフェス限定のチームか……
Xブラッドの二人にとっても渡りに船の提案だ。戦力的にも構成的にも悪くない。パープルチームとは過去に因縁があったが、今ではたまにバトルをする仲となっている。
「ふーん……悪い提案じゃないな……ま、オレはヴィンテージが良いならいいぜ」
チラリとヴィンテージを見る。まぁ、ヴィンテージにとっては良い話だろーな。古巣のチームだし。アイツもいるし。そうなると反対する理由なんてねーし。
「ね。ヴィンもそれで良い?」
ヴィンテージはチラリとタレサンを見て、ああ、と頷いた。
続いて離れたところに立っているスカルに視線を移す。スカルもまたヴィンテージを見ていたが、一瞬目があった直後、確認するように見つめ合った後、互いに視線を元に戻した。
その一瞬のやりとりは、決して仲の悪さを感じさせるものではなく。互いの意思を視線のみで確かめたような。一瞬のアイコンタクトのみで意思を通わせたような。そんな空気感を漂わせていた。
(アイツとは言葉交わさなくても充分分かってる、ってやつか……)
何故か心がざわりと揺らいだ。
「じゃ、決まりでいいかな?」
「ん……オッケー、それなら行くか」
「分かった」
先ほどまでどんより落ち込んでいたヴィンテージも、即席チームが組めたことですっかり気力が戻ったようだ。さっきまで生気のなかった目にも光が戻ってきている。
「よろしくな」
いつの間にかすぐ横にスカルが立っていた。
大型ブキのリッターに見合った高身長がダブルエッグを圧倒する。
(コイツいつ見てもデケェな……)
威圧感に負けないよう、ぐっと一歩前に出る。
和解したとはいえ、因縁のパープルチームとの合流試合だ。負けてらんねぇぞ、コイツにキルレで勝つのは厳しいけどな……
クアッドホッパーをしっかり握り直し、ロビーへ向かった。
* * *
「〜ビールが染みる〜!」
「なかなかの長丁場だったねぇ。お疲れ様」
フェス会場もすっかり日が暮れて夜になり、バンカラの闇を色とりどりのライトが照らしていた。
ダブルエッグは、屋台前で勢いよくビールを喉に流し込んだ。休憩にかこつけて何か飲んで帰ろうと屋台街に足を踏み入れてみたが、想像以上に店が多く、退屈しなさそうだ。
その隣には同じく休憩と称したパープルチームのタレサンが付いてきている。
だいぶバトルしたし、そろそろ飯食いにいこうぜ! と誘ったところ、手を挙げたのはタレサンのみ、スカルとヴィンテージはバトルを続ける選択をしたのだ。パープルチームと行動する機会は増えたが、タレサンと二人きりになるのは始めてかもしれない。
「ケバブの屋台もあったよね。ビールに合いそうじゃない?」
「いいね〜ビールもう一杯買うついでに行ってみっか」
「ああ、ビールならあっちの奥の方に、バンカラのクラフトビール売ってるブースがあってね……」
「へぇ、地ビールってやつ? いいじゃん」
この人、よそのチームのヤツにもホント面倒見いいな、と妙なところに感心する。
ケバブ屋台から少し奥まった場所に、お目当ての屋台はあった。おそらくバンカラ街にある何処か名物の店がグランドフェスに合わせて屋台として出店しているのだろう。様々な種類のクラフトビールが並んでいるようだ。
屋台店員のクラゲからバンカラ名物ビールを受け取り、代金を支払う。陽気なクラゲとやり取りをしてる横で、タレサンもまたビールを購入していた。
「お、アンタも結構飲むんだ?」
「そうだね、普段ビールはそんなに飲まないんだけど、地ビールとかクラフトビールは好きだよ。味の個性が強くてね。面白いよ」
「逆に俺、ビールよく飲むけどこういうのは詳しくねぇな……」
「そうなんだ、ビール好きなら一度飲んでみるとハマるかもだよ」
「ふーん、そんなに違うもんなん?」
ビールを喉に流し込みながら答える。苦みが程よく効いていて香りも強いがそれでいて飲みやすい。確かに美味いな、これ。バンカラに店があるなら今度寄ってみるか。
「どう?」
「あー……確かにいつもの缶ビールとだいぶ違うな。うめぇわ」
「バンカラの暑い気候に合わせてホップの配合がかなり多めらしくてね、苦味もあるけど、香りが良いよね」
「ふーん、普段のビールもガッツリ飲めて美味いけど、こういうのもいいな」
「そうそう、土地によって味とか香り違うからね。面白いよ」
「ふーん……このビールの店、バンカラにもあんのかな」
「あーバンカラ街のちょっと中心から離れた所になるけど、お店あるねぇ。店だとちょっとマニアックな銘柄も置いてるから面白くて……」
饒舌に語るタレサンを意外そうな目で見る。
「へえ……マジで詳しいんだな。良くチームで飲みに行くん?」
話を振られたタレサンは、そんなにしょっちゅうじゃないねどね、と笑う。パープルチームで行くこともあるけど、酒がメインとなると同行してくれるメンバーが少ないので一人でふらっと店に立ち寄ることが多いそうだ。
「Xブラッドはよく飲みに行くの?」
「そうだな……俺は酒好きだけど他のメンツがそうでもないからな〜」
「そっか、うちのチームも似たような感じかな」
「あーでも、飲んだあとのシメのラーメン目当てで飲みにくるやつはいるな」
深夜の激辛ラーメンが格別らしいぜ、とダブルエッグは笑った。
「ヴィンの激辛好きは相変わらずだねぇ」
シティにいた頃から辛いの好きだったけど、スクエアに行ってからますます加速したみたいだね、と
「ああでも、そういう話、なんだか新鮮だなぁ。俺たちがヴィンと組んでた頃はまだアルコール飲める年齢じゃなかったから」
そうか、ハイカラシティにいた頃はまだアイツもガキだったんだな。俺の知らない時期を知っていることに少しだけ複雑な感情を覚える。
「……ヴィンテージとスカルはまだ試合やってんのか?」
「うん、多分そうじゃないかな」
グランドフェスの特別ルールで、今回に限っては最初からトリカラバトルが開催されていた。つまり二人組参加も問題なかったということだ。
最初からトリカラのこと知ってれば、オメガとレッドソール抜けたあとの二人組参加でも行けたんだな……
チームが揃わず、落ち込んで動けなくなったヴィンテージを思い出しながら考える。
先ほどまでのバトルでも、ずっとあの二人に敵わなかった。高所を素早く陣取り、的確なエイムでキルを稼ぎまくるスカル。相手との距離を自在に操って翻弄するヴィンテージ。
アイツらが組んだら無敵だろうな……バンカラのヤツら相手でも無双してんだろうな……
トリカラバトルに二人で参戦しているであろうリッターとクーゲルのコンビを思うと少し複雑な感情が湧く。あの二人が組めば敵無しだろうな。俺と組むより、ずっと強いんだろうな……
少し大きめのため息が漏れた。
「ん、どうしたの?」
「いや! 飲んで落ち着いたら連戦の疲れが出ちまったなー……なんて」
慌てて取り繕うが、タレサンは笑顔のまま、少し心配そうに視線をダブルエッグに向けていた。この人いっつも笑ってるけど、なんか不思議な圧があるんだよな……
「あー……ほら……ヴィンテージってさ、強いだろ?」
つい、抑えていた本音が漏れる。
「何やっても敵わないっつーか……強いヤツは同じくらい強いヤツと組んだほうが楽しいんだろうな。って」
俺だってウデマエはXだ。……いや、バンカラルールではそれも曖昧になってしまったが……
測定値ではヴィンテージにも負けていないつもりだが、数値では測れない実力の差がある気がする。
(それに、ヴィンテージはそういうのあんま言わねぇけど、アイツと付き合ってるらしいし……)
チームやバトルとは関係ないと思いつつ、どうしても気になってしまう。アイツと組んだほうが楽しいんだろうな。良かったな。ヴィンテージ。フェスを思い切り楽しめて。
静かに耳を傾けていたタレサンが口を開いた。
「うーん、そんなことないよ、って言うのは簡単だけど……そうだね……」
しばし考えた後、じゃ、もう少し飲もうか、とタレサンが誘うので、もう一杯ビールを頼む。
今度はさっぱりした飲み口の優しい味のビールだった。こういうのもあるんだな……とチビチビ飲みながら思う。さっきのも美味かったけどこれもなかなか美味い。
「どう? 口に合うかな」
「あー……こっちもこっちで美味いな」
「うん、さっきのよりは苦味とかは控えめだけど飲みやすいよね」
夜もふけて、すっかり暗くなった会場は、昼間の賑わいとはまた違う顔を見せていた。遠くから聞こえてくる曲も心なしかしっとりとしていて、砂漠に建てられたフェス会場には涼しい風が吹きはじめていた。
「ヴィンも、昔は強さしか見ていなかったところがあったんだけど……今のヴィンは変わったよね」
「ま、チームとしては強さ目指してくれる方がありがたいけどな」
「うん……でも強さだけで、感情とか気持ちを無視して動くヴィンではなくなったと思うよ」
タレサンも同じくビールをぐいっと飲みながら話を続ける。
「昔なじみだからさ……言っちゃうと、ヴィンは我が強い割に、寂しがりやだから、一緒にいるのは大変だろうな……と思って」
「あー、ね……確かに」
「もっと素直になれたらラクなんだけどね……ああ、でも今回のヴィンは素直なんじゃないかな」
「え、そうなん?」
「実際、今回Xブラッドというチームで戦えなくてがっかりしてたでしょ」
「あー……あん時のヴィンテージ、マジで落ち込んでたな。フェスも最後かも知れねぇし、オメガもレッドソールも、何処かのタイミングで合流出来ねーかな……」
「そうそう、ヴィン……いやヴィンテージは今のチームが大切だからね。今回はダブルエッグくんがバトルのために残ってくれて嬉しかったと思うよ」
「そうかぁ……?」
少しぬるくなったビールをぐっと流し込む。確かにアイツ、いつものチーム組めなくてがっかりしてたけど、どーなんだろうな……
アイツ、昔のチームメイトから見ても変ったんだろうか、いつも近くにいると良く分かんねぇな……
「あれ、ダブルエッグくん、電話なってない?」
「ん? ああ、ホントだ」
無造作にポケットに入れていたスマホが小さな音を立てていた。
画面に映る名前を見て、今ちょうど話題に出してたヤツじゃん……と思いつつ電話を取る。
「あ? ヴィンテージか。は? いつ戻ってくるかって……? いや、お前アイツと組んでたじゃん、あー……今抜けて解散した。え? オレが戻って来るの待ってた……?」
待ってた、という言葉に少し救われた気分になる。
「で、お前はメシ食ったの? 屋台村の方に色々食うとこあってさ、はぁ? ロビーの売店でテキトーに食った……? そんなことより早く来いって? あー……まあ……食ったならいいか。じゃ、向かうから一旦切るわ。」
1度電話を切ったあと、わずかに残ったビールを飲み干す。
何て言ってた? と聞くタレサンに、ヴィンテージのやつ、メシもそこそこにバトルしてるっぽい、なんか早く来いってさ。と苦笑いしながら返す。
「ああ、今スカルからも戻ってくるってメッセージ入ってたよ。ロビーの飲食じゃ足りないってさ」
「あー、今回の屋台、甘いものも沢山あるもんな……それ目当てか」
かなりの強者でコワモテのスカルだが、甘い物に目がないとか、そういう話を聞くと、アイツにも人間味というか面白いとこあるんだな、とちょっとほっとする。
さて、ヴィンテージと組むならそれなりに準備しねえとな……
再びダブルエッグのスマホが鳴った。再びヴィンテージからの着信だ。今度はすぐに電話を取る。
「どうした? え、これから他のチームと合流? はぁ?! 王チームの二人?! あー覇王チームか……あのー、俺さ……だいぶビール飲んじまってるけどいい?」
電話の向こうで何やら文句を言われてる気配がする。
「はは、どうしたの?」
「もう飲んでるのか、ふざけんなって言われた」
そう言いつつも、仲の良さを感じさせる調子で笑った。今夜はフェスだし、多少羽目を外しても許されるだろう。
「なんか会場でエンペラー達に声かけられたらしいぜ。夜になったから弟たちが抜けたんで、王とエギングJrの二人が組む相手探してたって」
「なるほど、それで覇王チームってわけだね」
「前の覇王チームの時はダイナモのアイツがいたけど今回は陣営違うかもな……」
「ああ、ライダーくんなら多分過去派だねぇ」
そう言いつつ、タレサンがたまたま近くにあった自販機にコインを入れる。受け取り口にガコンと落ちてきたボトル二本のうち、片方をダブルエッグに差し出す。
「はい、水。どうぞ。これから試合なら、酔い覚まししないとだね」
「あーマジでサンキュ。ホント悪いね」
スマートに差し出された水を受け取り、ボトルの蓋をあけた。ああ、この人マジで気配りの塊だな……と本気で感心する。
最初の頃はパープルチームのサブリーダーと思い接していたので、多少警戒心や負けん気もあったが、実際に話していくうちに警戒心とか諸々が解けていって、完全に毒気が抜かれてしまった。
こうやってさ、一緒に飲むと楽しいしな……
「ああ、そうだダブルエッグくん」
突然名前を呼ばれて少し驚く。
「お、おう?」
「また良かったら今度、飲みに行かない?」
誘われると思ってなかったので少し驚く。
「もちろん、君の都合が良ければなんだけど……」
「おう! アンタさえ良ければいいぜ」
ダブルエッグの威勢の良い返事を聞いて、タレサンも嬉しそうに笑った。
「ありがとう。今日は楽しかったよ」
口元を少し上げて笑うタレサンに、手を上げて応える。
「ああ、俺も。また飲もうぜ!」
ロビーに向かいながら、ふと思う。礼を言うのは俺のほうなんだよな……色々面倒見てもらっちまったし。
ま、その恩はツケにしといて次に返せば良いか。
タレサンと飲んでたっつったらアイツなんて言うかな……と、向こうで待つヴィンテージの顔を思い浮かべながら歩いた。
* * *
「おう! こないだのフェスんときは世話になったな! あー今度のハロウィンフェス? ったく、次が来るの早えよなぁ〜 まあ俺は行く予定だけど。うんうん、んで、どうする?」
グランドフェスも終わり、静かな日常に戻った街にまたフェスの告知が舞い込んできた。
街のイカタコたちは、またフェスが来た! とか、前回のグランドフェスで最後だと思ってた! と一様に驚いていたが、みんな揃ってお祭り好きなので、再びフェスが帰ってきたことに喜んで沸いていた。
「なあ、ヴィンテージ。次のハロウィンフェスはどこのチーム選ぶんだ?」
「え……まだ決めてないが……何でだ?」
「あー……うちんとこはまだ決まってないらしいぜ、そっちはどう?」
ダブルエッグは電話の向こうの誰かと上機嫌に話している。ひとしきり盛り上がって会話して、何処かで落ち合う約束をして電話を切っていた。
「……今の電話、誰とだ?」
「え、パープルチームのタレサンだけど」
「……」
いつの間に……という目でダブルエッグを見る。
「派閥合わせの相談か?」
「や、フェスはどっちでも良いんだけど」
スマホのスケジュールに何やら書き込みながら答える。
「次のフェスで、バンカラ行ったついでに飲みに行こうって相談でさー」
「……」
「俺らホームがスクエアだろ、フェスとかで遠征じゃないと、なかなかバンカラ街の店には行けねえからさ」
「…………」
「どうした? ヴィンテージ。お前も行くなら一緒に行こうぜ?」
「……お前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ??」
「え……いや……グラフェスでお前らがバトルしてる間に屋台で飲んでたら、気が合っちまってさ……」
「……」
「今度はフェスも飲みも、置いてくつもりはないから、拗ねんなよ……」
「拗ねてない」
人の良いタレサンが、ヴィンがワガママ言ってたらごめんね、と笑っていたことを思い出す。
世話焼き通り越して保護者なんだよなぁ……と思ったが、大体タレサンの予想通りに事が進んでいて笑ってしまう。
「前回のフェスだって覇王チーム組めたし、最後にはオメガとレッドソールも戻ってきたろ……」
フェス終盤ではあるが、ガール二人が戻ってきてくれたので、Xブラッドとしてフェスに参加できたのだ。
「……それは、そうだが……」
「だから置いてかねぇから……ま、今度はみんなで行こうぜ!」
スマホをポケットにしまって歩き出すダブルエッグに、複雑な表情を向けるヴィンテージだった。