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    レッドソール×オメガ 短編

    #コロイカパーティ5
    #レドオメ
    #Xブラッド

    My dress「ピアノ、弾けるんだね」
     タラポートショッピングモールの一角にある楽器店。店頭でなにげなく鍵盤をいじっていたら、ヒョイッとオメガが覗き込んできた。
     動きに合わせて長いゲソがサラリと揺れて落ちて。キレイだな……って一瞬見とれる。アタシ、生まれつき癖っ毛だからオメガのストレートに憧れてるんだよね。

    「そ! 弾けるんだ〜」
    「びっくりした。ちょっと意外かも」
    「ふふふ、そうでしょ、意外っしょー」
     オメガの興味を惹けたことが嬉しくて、ちょっといたずらっぽく返す。オメガの好きな曲の前奏 を奏でると、嬉しそうに笑ってくれた。
     レッスンに連れて行かれるのは好きじゃなかったけど、ピアノはキライじゃない。大好きな人に喜んでもらえるの嬉しいし、弾いて褒められるのもすっごく嬉しい。

    「ね、レッドソールの好きなアーティストって何?」
    「うーん、シオカラーズもテンタもすりみも好きだよ〜なんで??」
    「何か弾いてみたい曲があって……それでピアノ始めたのかな、って。」
    「うーん、そだねー、もちろん今は好きなグループあるけど……」
     どう答えるか考えながら言葉を返す。

    「ピアノ始めたきっかけは、小さい時の習い事かな……習い事、色々やってたから」
    「そうなの?」
     オメガが首を傾げる。長いゲソがまたサラッと流れる。
    「レッドソールは小さい時から頑張り屋さんなんだね」

     この子はいつも、真っ直ぐに褒めてくれる。そんなオメガに眩しさを感じながら返事を返す。
    「うーんと……頑張り屋っていうか……アタシのママね、ちょっと厳しくって」
    「小さい時はピアノの他にも色々、習い事たくさん連れてかれてて……」
     そう、昔のアタシは、ママの言いなりだった。アタシのやりたくない、とか好きじゃない、は聞いてもらえなかった。

     昔を思い出して、少し沈黙してしまったアタシに、心配するようにオメガが声をかける
    「……? レッドソール、どうしたの?」
    「あ、ううん! なんでもないよ!」
     いけないいけない、思い出すとブルーになっちゃう。
     ワタワタしているアタシに深く突っ込むことなく、そっか、と、その一言であっさり終わらせてくれるオメガの優しさに感謝する。

    「そろそろヴィン達との約束の時間だし、行こうか」
    「うん! そーだね! 行こ行こ!」
     タラポートの広いロビーを横切るように歩き出し、ふと思い出して振り返る。

    「オメガ、そーいえば今週末の約束って大丈夫そー?」
     声をかけられたオメガがこちらを見る。
    「うん、買い物の約束だよね」
    「そーそー! お買い物デートだよ!」
     少しはにかみながら笑顔を返してくれるオメガを見て、すごくハッピーな気持ちになる。オメガの笑った顔、アタシ大好きなんだよね。
    「週末、大丈夫だよ。楽しみだね」
    「うん! アタシも!」
     オメガの返事に満面の笑顔で答える。オメガのおかげで、少しだけブルーになった気持ちも晴れた気がする。



    「……えっ! お前ピアノ弾けんの?」
    「そーだよー! なんか悪い?」
    「いやイメージじゃないっつーか…… っていうかなんで?」
     帰り道、雑談の途中でダブルエッグにツッコまれ、つい喧嘩腰になっちゃった。コイツってマジで口悪いよね……オメガとの反応の差にびっくりしちゃう。
    「習ってたの! 昔!」
    「ふーん。意外とお嬢様だったりするん?」
     なんかピアノってお嬢様のイメージつきまとうよね。アタシの家はそうでも無いんだけどね。
    「お嬢様ってほどじゃないけど、うちの親厳しくてさー」
    「……へぇ」
     ちょっとだけダブの空気が変わった気がする。そういえばダブも昔親とケンカして家飛び出したって話聞いた気がするな〜そんときはダブらしいよね! って笑ったんだっけ。
    「……あんまそのへんの話聞いたことなかったな」
    「話す機会なかったからね〜別に。」
    「はは、その〝別に〟ってヴィンテージのマネかよ」
    「キャハハ! んなわけないじゃん!」
     唐突に無愛想なリーダーの名前が出てきて笑う。ヴィンテージとはそういうこと本当に話さないなぁ
     でも、ヴィンテージとはそういう会話あんましないけど、きっと無闇に踏み込まずそっとしておいてくれるんだろうな、って信頼はある。口が悪いダブも、なんだかんだ人の事情に踏み込んできたりしないし。

     うちのチームって無愛想だったり口悪かったりするけど、無理やり踏み込んでこないところは良いな……なんて思ってるんだよね。
    「んじゃ、今度なんか弾いてくれよ」
    「えー? タダじゃイヤかも!」
    「ったく、金取んのかよ!」
    「お金とは言ってないけど〜なんか見返り欲しいな〜 アンタからは」
    「は? オレ限定かよ!」
     ダブと軽口を叩きながら帰り道を歩いた。やっぱタラポの雰囲気って好きかも。バトル帰りにお店見たりご飯食べて帰れるし。こうやってずっとみんなと一緒にいたいな。アタシが帰るところ、このチームだけだから。今は……


      *  *  *


     ーー夢を見た。ずっと昔の夢。アタシが小さかった頃の夢。窮屈だったあの家から逃げ出す前の夢。

     夢の中のアタシはまだ小ちゃくて。自分の感情うまく伝えられなくて。ううん、今でも伝えられないかもしれないけど、今よりもっと感情を伝えるのがヘタクソで。怒られるのが怖くて、叱られて泣いてばかりで。

     ピアノのレッスンが上手くいかなかったあの日。ママがずっと怖い顔をしてて、口をきいてくれなくて。無言で先に行くママに置いていかれないよう、小走りで必死に着いて行ってた。

     帰り道、ショーウィンドウの前で立ち止まる。多分バトル用品のお店の前だったんだと思う。目が引き寄せられたのは、バトルの選手たち向けに開発されたカラフルなギアだった。今のアタシが着てる窮屈な服と違って、動きやすそうでカッコいい、サイコーな服。特に靴はスタイリッシュでカラフルで可愛くて。とてもカッコよかった。

    (あのソールだけ色が違う靴、すっごく可愛い……)
     言葉には出さないけど、あのギア、アタシだったらこうやって合わせるかな……って思いながらショーウィンドウをじっと眺めてた。アタシにとってそんなに長い時間ではなかったけど、怒ってるママをさらに苛つかせるには十分な時間だったみたい。アタシがちゃんと着いてきてないことに気付いて、戻ってきたママにアタシは無理やり手を引っ張られ、ショーウィンドウから引き剥がされた。

     無言で手を引っ張るママに、ちょっとだけ逆らうように手を振りほどこうとする。でも子供の力はまだ弱くて、無理やり握り返されてしまった。強く引っ張られて手首が痛い。
     ーーあんなものに夢中になってたらダメよ。貴方にはもっと相応しいものがあるでしょう。
     少しして、ママが言った。アタシにピッタリなものはいつもママが選んでくれる。アタシのスキやキライに関係なく、ママが思うアタシに相応しいものを。

     沢山歩いたので街の様子は変わって、少し高級なお店が立ち並ぶエリアまで来ていた。そっか、今日は、今度の発表会で着るお洋服を選ぶんだった。ママが選ぶお洋服はいつもカワイイ。他の人からもセンスが良いって褒められる。けど、アタシ、ママの選ぶ服があんまり好きじゃないんだ。少し堅苦しくて、色も地味で控えめで。ーー正直に言っちゃうと、つまんなくて。

     ふと、お店のひときわ目立つところに大人向けのハイヒールが飾ってあるのを見つけた。さっきの靴と同じように、ソールだけ色が違う、お洒落なハイヒール。黒い靴に真っ赤なソールが映えて綺麗だった。
    「そうね、貴方にはちょっと早いけど、シンプルなお洋服にこういう目立つ色のソールを合わせるのもステキね。レッドソール、貴方の名前にもピッタリだわ」
     機嫌を直したママが珍しくアタシのセンスを褒めてくれる。うーん……でもほんとはアタシ、もっとハデな色のお洋服と合わせたいな、って思ってたんだ。もっとやんちゃで、型破りで、自由な感じで。

     でもそんなこと言ったら、せっかく直ったママの機嫌がまた悪くなっちゃう……
    「はい、ママ」
     その日、アタシは黒くてシンプルなドレスを買ってもらった。


      *  *  *


    「おはよ! オメガ! 待った??」
    「ううん、今来たところだよ」
     タラポートの入り口でオメガと合流する。オメガが控えめに笑って、ロングのゲソがサラッと揺れる。

    ーー今日のオメガもサイコーにイカしてる!!
     最近、夢見が悪くて朝が憂鬱だったけど、オメガの顔見るだけで元気になれちゃう!
     オメガの服はいつもどおりで、愛用のバンドTシャツに黒いスパッツ、ゴツめの黒い靴、今日はバトルじゃないのでバッグ持ってるけど、それもシンプルな黒。全身を黒一色でかっこよくまとめていた。

     オメガってさ、ガールの中では背も高いし、すらっとしてるから、シンプルな黒が似合うんだよね。マジで。
     けど、オメガのかわいさとカッコ良さなら、もっとカラフルな服もイケると思うんだよね……

    「ん、どうしたの? レッドソール」
     オメガの立ち姿を見ながらコーデを考えてたら、オメガのことずっと見つめちゃってたみたい。
    「ううん、今日もオメガは可愛いなって!」
     ニコッと笑って返すと、オメガはちょっと照れくさそうに笑う。
    「……レッドソールはいつも真っ直ぐだね」
     誰よりも真っ直ぐな人からそう言われて、アタシもなんだか照れくさくなっちゃった。
    「じゃ、お洋服見に行こ!」
     照れ隠しにオメガの手を引いて駆け出す。今日は沢山お店回るから、のんびりしてられないよね。



    「ね、このワンピ、オメガに似合う! 絶対かわいい〜!」
    「え、ちょっと派手じゃないかな……」
    「そんなことないって! オメガはこのくらい強い色でも着こなせるんだから!」
     アタシはそう言って、赤の主張が強いワンピをオメガに当ててみた。目立つ色かもだけど、オメガのゲソの赤い差し色と相性良くて、ピッタリだと思うんだよね。

    「私は、色違いのこっちのほうが好みかな」
     オメガはそう言って、真っ黒なワンピを指差す。
    「え〜 黒もかわいいけど、でも、そしたらいつもと変わらないじゃん!」
     せっかく買い物に来たんだから、いつもと違う服選んでほしいなって。いつもと違うキレイな色のお洋服を選んで、いつもと違うオメガになってほしい。

    「それと、出来れば上下分かれてる服が好きかも」
    「え、なんで? ワンピ苦手? 動きづらい?」
     ワンピース、不慣れだと着心地悪いのかな……
    バトルではギアに着替えるから、普段着なら良いかな〜って思ったんだけど。オメガは違うのかな。
    「ううん、そうじゃなくて、ワンピースだと、バンドTシャツと合わせられないから」
    「えっ……バンドTが理由?!」
     まさかの理由にガクッとくる。ええ〜毎日ギアで着てるんだから、お出かけする時はバンドT以外でも良いじゃん!

     バンドT、スカート合わせとかも可愛いと思うけど、せっかくだからいつもの服以外の服にチャレンジしてほしいな……
    オメガってばスタイル良いから何でも似合うのに。
    「えーやだ! いつもと違うオメガが見たいの!」
    「私はいつもどおりでもいいけど……」
    「うん、いつもどおりのオメガもカッコいいんだけど……ううん、ダメダメ! 今日は絶対変わってもらうんだから! もうバンドTは封印!」

     どんなにお店回っても、オメガが選ぶのは黒ばっかり。オメガに黒はすごく似合うんだけど、アタシはいつものシンプルなTシャツ以外を、黒以外を着こなしてるオメガが見たいの。アタシの推してるブランドならきっと、オメガも気に入る服があるはず。バンドTばっかりのファッションはもう卒業して、オメガにはお洒落になってもらうんだから……

    「レッドソール。ごめん」
    「……え?」
    「私はこういうの向いてないみたい」
    「そんなことないよ! 突然どうしたの??」
    「どんなにお店回っても、見つけられないみたい。というか、今の服を変えてまで着たい服が無いんだ」
    「えっ、でも……オメガだったら何を着ても似合うのに?」
    「……でも、私の着たい服と違ったら意味がない」
    「そんなこと言わないで、一度チャレンジしようよ!」
     食い下がるアタシに、オメガは視線を上げて私の顔を見つめる。オメガの真剣な眼差しがアタシの目を射抜く。一息吸い込んで、ハッキリと言った。
    「ううん、私は、お気に入りのTシャツを封印してまで着たい服なんてない」

     真正面から否定を受けて、頭が真っ白になる。
     あ……そっか……アタシ、オメガのお気に入りを無意識に否定してたんだ……
     せっかくのデートなのに、オメガにワガママばっかり言ってた。
     オメガを怒らせちゃった……

     そうじゃなくて、ただオメガにもっと可愛くなってほしくて。似合ってる服を着て楽しんでほしくて。

     ポロポロと涙が落ちてくる。あれ? アタシ、泣くつもりなんてないのに。
    「そうだよね……アタシ、強引だったよね」
    「レッドソール……」
    「ごめん。アタシ、ほんと……ダメだよね……ごめん」
     アタシはそのまま、オメガの前から逃げるように走り去った。


      *  *  *


     オメガはアタシの理想だった。スタイルが良くて、ゲソも真っ直ぐで綺麗で。キリッとクールな顔に、大きくて可愛い目。アクアブルーの毛先に入れた赤いメッシュも最高にイカしてて。
     ううん、外面だけじゃない。中身だって、性格だって、強くてカッコ良かった。優しいのに、自分の意見しっかり持っててちゃんと主張して……

     オメガの意見を無視するつもりなんてなかった。けど、大好きなオメガに可愛いお洋服たくさん着て欲しくて……いっぱいいっぱい押し付けちゃった。カラフルな服も、お姉さん系のお洒落なワンピも絶対似合う。マリンルックだって可愛いし、スポーツミックスも、フリフリのお洋服だっていけると思う。
     いつも着ている黒以外にも素敵な色はいっぱいあるのに。そう、オメガなら何着ても可愛いのに。アタシの思う理想のオメガになって欲しいのに。

     何故か、小さい頃の、あの時のママの顔が浮かんだ。
     黒いシンプルなワンピが似合うと、お店で勝手に決めてしまった時のあのママの顔が。
     ……そっか、アタシ、ママと同じだ。話を聞かないで、アタシの理想全部押し付けて。たくさんお店回って選択肢を与えるフリして、アタシの好きなものからしか選ぶこと許さなかった。

     アタシは、デートをすっぽかして、自分の部屋に帰ってきてた。ベッドの上で、枕を抱きしめてひたすら泣いてた。オメガを傷つけたアタシも大嫌いで、泣いてるアタシも大嫌い。嫌い。キライ。ぜんぶキライ。ううん、違う。ダメなアタシが一番キライ……

     電話が鳴ってる。オメガからだ。でも、出たくない。アタシのせいで傷つけちゃったから。
     ごめん、今は出られない。話せない。話す資格ない。
     着信を切ってベッドに潜り込んだ。今度は家のチャイムが鳴った。ドアの向こうから声が聞こえる。
     ワンルームの小さいお部屋。ベッドに潜り込んでいても、誰の声かなんてすぐ分かる。

    「なんで……?」
     さっきあんなに酷いことしたのに、なんで来てくれるの?
    「オメガ……?」
     どうしても無視できなくて、ドアの近くまで行く。でもドアを開ける勇気はなかった。
    「ごめん、今は無理……」
     やっとのことで絞り出した声、ドア越しでは僅かにしか聞こえなかったかもしれない。それでもオメガは私の声を拾い上げて、ちゃんと聞いてくれた。

    「突然押しかけてごめん」
     ドア越しに謝るオメガの声に驚く。
    「せめて謝りたかった。レッドソールのこと傷つけてしまったから」
     ううん。逆だよ。アタシがオメガを傷つけた。
    「違う、悪かったのはアタシ……」
    「そんなこと、ない」
     オメガの声。きっぱりしてるけど優しい声。
    「私が言い過ぎた。……私、人の気持ち考えるの苦手だから」
     なんで、アタシが悪かったのに。アタシが自分の好みを押し付けたのに。
     思わずドアを開ける。そんな悲しい声しないで。アタシが悪いのに。
    「……ごめん、いま服で散らかってるけど、入って……」
     オメガを部屋に招き入れる。デート前の服選びでクローゼットの前には服が沢山散らばっていて、部屋はめちゃくちゃだった。比較的無事だった小さいソファに案内する。

     しばらく沈黙が続いた。先に口を開いたのはオメガだった。
    「……泣かせてしまってごめん」
    「泣いてなんてないもん……」
    「嘘。目が腫れてる」
     オメガの指がそっとアタシの目元に触れる。
    「……違うの、アタシ、泣く資格なんてない、もう優しくされる資格なんてない……」
     オメガは静かに首を振った。
     我慢してるのに、勝手に涙が溢れてくる。
     アタシ、ダメな子だ。ワガママ言って傷つけたのは自分なのに、こうやって泣いたりして。ホントに卑怯だ。
    「アタシが……アタシが気持ち考えずオメガに押し付けたから……」
    「ごめん……オメガの『好き』を否定して、自分の好みだけ押し付けて……アタシ、嫌な子だった……」
     泣いちゃダメって思ってるのに、自分の事がキライすぎて涙がポロポロこぼれる。
    「嫌われてもしょうがないから……もう、優しくしなくていいから……」
    「ううん、違う」
     優しく、でもきっぱりとオメガは否定した。
    「私は、レッドソールが嫌いになって言ったんじゃない」
    「で、でも……」
    「私の『好き』を伝えただけで、レッドソールの『好き』を否定したつもりはないんだ」
     私と好みが違っても、レッドソールのセンスは嫌いじゃない。そう言って寄り添ってくれる。なんで……なんでそんなに優しいの?
    「私の『好き』とあなたの『好き』が違っても、それは悪いことじゃない」
    「同じものが好きじゃないとダメ、なんてことは絶対にないと思う」
    「だって……好きや好みが違っても、その人のことを想う気持ちは変わらないでしょ? ううん、自分と違うからこそ、好きになるし……」
     少し緊張気味のオメガが続ける。
    「もし……そうじゃなかったら、こうやってレッドソールとお付き合いしてないから……」
    「……えっ」
    「……え?」
     思わず涙が引っ込んで、オメガの顔を見た。え……今、何て……? アタシたち、付き合ってる??


     オメガの衝撃の発言で、時が止まった。アタシたちは動かないお人形みたいに見つめ合ってた。
     おずおずと、オメガが切り出す。
    「レッドソール、出会ってから毎日好きって言ってくれるから」
    「私……レッドソールが大好きって言ってくれるたびに告白されてるんだと思ってた」
     そっか、アタシ、無意識に毎日大好きって言ってたんだ……
    「そ、それはホントにオメガが可愛くてカッコよくて大好きだったから……」
    「……うん、やっぱりレッドソールは真っ直ぐで素敵な子だね。私、感情出すのが下手だから、いつも素直に言えなくて。」
    「私と違うレッドソールのこと、本当に素敵だな、って思ってて。だから、私もレッドソールのこと本当に好きになってた」
     ソファに置いてたクッションに顔を埋めながら言うオメガにドキドキしちゃった。
     オメガ、いつもと違って可愛すぎる。

    「……今日もデートって聞いて少し気合入れてきてて」
     オメガが何気なくかきあげたゲソの下に、キラリと光るものを見つけた。
    「あ……この間アタシが褒めたピアス……」
    「うん、可愛いって言ってくれたから、付けてこようかな、って」
     バトルの時はつけられないけど、デートの時なら大丈夫だから、とこっそり付けてきてくれてたんだって。アタシったら服に夢中で、オメガの気遣いに、さり気ないお洒落に気づいてなかった……

    「それに、デートって……付き合ってる二人が行くものだよね? だから、私たちこれからお付き合い始めるんだな、って」
     もしかして違った……? という表情でこちらをチラリと見るオメガの可愛さに心臓撃ち抜かれて、アタシは瀕死になる。
     アタシが冗談みたいに言ってたデートって言葉、オメガは本気で受け止めててくれたんだ……
     いつもはクールなオメガの可愛くて初々しい言葉にキュンとしっぱなしで、心臓がドキドキしすぎて止まりそうだった。

    「ん……改めて言うの恥ずいけど」
    「アタシ、オメガのこと大好き」
    「強くて、優しくて、カッコよくて……最高に凛々しくて、いつも近くに居てくれて」
     いつもの大好きより、沢山の本気を込めて言う。
    「大好きだよ、オメガ。これからも一緒にいて欲しいな」
    「私も、レッドソールが好き」
    「キュートで、ちょっと小悪魔みたいで、ロックで……でもすごく素直で真っ直ぐで」
    「アタシ、こんなんだけど、それでもオメガは良いの?」
    「……うん、レッドソールだから好き。私と違うあなたが好き」
     オメガをギュッと抱きしめる。オメガも同じように抱きしめ返してくれる。途端に気が抜けたのか、お腹がキュルル……と鳴ってアタシは赤面した。
    「えへへ……安心したらお腹すいちゃった」
    「そういえば、デート途中だったね。ね、何か食べに行かない?」
    「うん、美味しいもの食べに行こ!」


      *  *  *


     あれから季節が過ぎて。グランドフェスが終わり、ハロウィンフェスも終わって。今日はハロウィン本番の日。
     オメガと二人、仮装の準備をしながらおしゃべりする。
    「フェス中はフェスT着ないとだから、仮装できなくて残念だったよね〜」
    「うん、でも今日はもうフェスも終わったし……」
    「うんうん、ハロウィン本番だから思い切り仮装楽しめるねっ」
     そう言ってアタシは魔女服姿のオメガに飛びついた。アタシもお揃いの魔女服に身を包んで、お揃いの黒い帽子と黒い靴を履いてた。
     
    「レッドソール、真っ黒なワンピースで本当に良かったの?」
     オメガには、私の過去の話も、悲しかったこともなんでも話してるから、こうやって心配してくれる。でも、もう大丈夫。
    「うん、真っ黒でも……ううん、真っ黒だからカワイイ! キラキラしてサイコーじゃん!」
     裾に散りばめられてる星空のようなスパンコールを指さす。黒ってキラキラが映えるステキな色なんだね、今まで気付いてなかった。

    「それに、これって裏地がカラフルでちょーかわいいし」
     そう言って、軽くスカートを持ち上げると、裏地のアクアブルーがチラ見えする。この隠れたお洒落がカワイイよね。
     オメガが慌ててアタシの手を押さえる。
    「ダメ! スカート持ち上げたりしたらダメ!」
    「ダイジョーブって! 下にいつものショートパンツ履いてるし」
     そ、すぐにバトルも出来るようにギアとして着てるんだ。オメガだっていつもより短いスパッツ履いてるから大丈夫だし……
    「そうじゃない、私がドキドキするから……心配になるから……それはダメ」
     オメガが頬を赤らめて、視線を逸らしつつ、ゲソを耳に掛けながら言うからアタシも真っ赤になっちゃった。


     ハロウィンの飾り付けでキラキラしてる街を歩く。街のみんなも、思い思いの仮装をして楽しんでるみたい。仮面被ったクラゲさん達が足元を駆け抜けていって、可愛いなぁって和む。
     ふと、街のショーウィンドウに飾ってあった大人っぽいドレスとハイヒールに目が止まる。ーーあの時見た靴と同じ、シンプルな黒い靴。ソールだけが真っ赤な黒い靴。あの日の思い出がフラッシュバックする。

     今、アタシの家、どうなってるんだろうな……ママとはケンカばかりだったけど、ずっとアタシのことばかり考えてる人だったから……

     いつか、『好き』が違っても認めてくれるなら。
     ママの『好き』と違っても、受けとめてくれるようになったら。

     ーーその時は会いに行っても良いかな。

    「レッドソール」
     ショーウィンドウ前で立ち止まってるアタシを、オメガが迎えに来てくれた。
    「……素敵な靴だね」
    「うん、そーだね」
     赤いソールの華奢な靴。ステキだけど、今は必要ない。もっと似合う靴を見つけたから。
    「でも、今のアタシはいつもの靴がいいな!」
     オメガは微笑んで、優しくアタシの手を握ってくれた。
     うん、今のままがいい。好きな服を着て、好きな靴を履いて、オメガと一緒に走れるから。
    「じゃ! 行こ!」
     黒いスカートを飜えしてアタシたちは駆け出した。
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