大人になっても、君と「……はぁ」
僕、水原秀一はいつにもなく落ち込んでいた。
僕ほど”ぽんこつ”が似合う人間はおらず、配布物のプリントを落としてばら撒くとか、テストの回答欄を間違えるとか、そういった”ぽんこつ”をよくしでかしていた。
普段からやらかしているので、今日のことは特別なことではない。
ただ僕も彼の周りの人も余裕がなかった。
だから、周りの人がいつもより強めの語気でぽんこつを責め立てたのも、それにいつもよりへこんでしまったのも、そういう日だったからといえる。
「……」
「……あのさ、しゅうにい。今日何かあった?ずっとため息ついてる」
「えっ、あぁ~……うん、そうだねぇ……」
ちいくんとの帰り道には珍しくため息をついて黙っている僕に、気づかわしげに視線を向けてくる。
正直、ちいくんにこんな話をするのは憚られる。
ちいくんの前ではかっこいいお兄さんでいたかったから。
「……」
青い瞳がじっと僕を見つめて離さない。
口にしていないのに、話すまでこうしてるぞという意思を感じる。
「えっと、それじゃあ、僕の話、聞いてくれる?」
ちいくんの視線に耐えかねて、僕はぽつりぽつりと話し始める。
今日はね、僕日直だったんだ。
それで化学のワークを集めて職員室に持ってきて~ってお願いされて、集めたんだ。
で、全員の分を抱えて持っていこうとしたら、ちょっと足引っ掻けて転んじゃって。
当然ワークはこう、ばらばらーって撒いちゃって……
たまたま近くにクラスの子がいて、手伝ってくれたからよかったんだけど、その時にね、「水原くんさ、そんな調子でこの先大丈夫?」って言われちゃって。
「…だからかな、なんか落ち込んじゃって。ごめんね、こんな話ちいくんにしちゃって」
僕がぽんこつなのは今に始まったことじゃないけど、なんだかこうやって話すと、改めて情けないなと思う。
こんな調子じゃ、いつまで経っても大人になんてなれないな。
「なんだ、そんなことか」
「しゅうにいがぽんこつなのはいつものことだし、そのときは俺がいるから大丈夫だよ」
ちいくんの瞳が、僕をまっすぐ見据えて言う。
僕はなんだか胸を突かれたような気がした。
そっか、ちいくんは傍にいてくれるんだ。
ちいくんはまだ小学生だけど僕よりもずっとずっとしっかりしていて、頼りになる子だ。
そんな子だから、もっと大きくなったらきっと僕から離れていっていろんな人に頼られるんだろうなって思っていた。
でも、そっか。ちいくんは僕といてくれるんだ。
ちいくんがいてくれるならきっと本当に大丈夫なんだろうな。
「……ちいくんはすごいな。ありがとう」
「別に……」
これから先、辛いことも悲しいことも、たくさんあるかもしれない。
嬉しいことも、それ以上にあるかもしれない。
そのどんなときも、ちいくんが隣にいて、一緒に歩いていけるのなら、僕はなんて幸福者なんだろうな。