某妖霊召喚児童書パロ1.妖霊召喚
空気中の水分が凍っているのか、それが蝋燭の僅かな光に反射して、部屋中が細かく光っている。厚いカーテンが微かに揺らめいた。部屋を照らす小さな電灯は一段暗くなったように見えるのに、蝋燭だけは変わらず燃え続け、炎が揺れることなく、静かに蝋が垂れるばかりだ。
気づけば部屋の中央に描かれたペンタクルの中には、溢した覚えのない水滴が落ちていた。その雫は、まるで床から浸み出しているかのように体積を増す。それと同時に、カビのような臭いが部屋中に広がっていった。水滴だったものは、膨らみながら大きな水球となり、床から浮かび上がる。身悶えするように幾度も形を変えながら、やがて水球は床に再び着地した。
2.軽薄な悪魔
無愛想な顔した男だな。そんで、気取り屋だ。あの真っ黒な服装を見りゃ分かる。そういう奴には意表をつきたくなるもんだ。俺は小さな蒸気機関車のおもちゃに姿を変えた。カッコつけて儀式なんかして、出てきたのがおもちゃだったら、面目丸潰れだろう。
ところが、自分用のペンタクルに立つ男は俺の姿を見ても少しばかり眉をひそめただけで、冷たい声で「その姿で喋れるんだろうな」と言い放った。(*1)
こりゃ詰まんねえ男に捕まっちまったな。「やあ僕トーマス!」って自己紹介してやってもよかったが、こういうタイプはちょっとふざけただけでも痛みの罰、例えば<針のむしろ>あたりを間髪入れずに放ってくる。
「おいおい、もうちょっと気の利いた会話くらいしろっての」
「悪魔とおしゃべりする趣味はない」
悪魔と呼ばれてカチンときた俺は、今度は奴とそっくりな姿になってやった。ただし、髪はあちこち跳ね回っていて、目元は怠そうに緩んでいる。いかにも潔癖な魔術師然とした奴とは正反対だ。
「よお、じゃあ悪魔とおしゃべりする気のないおまえは、一体何のために俺を喚び出したんだ?大抵の奴は悪魔とお茶会をするために召喚するんだぜ。友達いないから知らなかっただろ」
奴の口元が僅かに吊り上がった。これで怒って、ペンタクルから指先でも出してくれれば御の字だったが、そう物事は上手くいくもんじゃないらしい。
「おまえこそ、俺が主人だっていうことを知らないらしいな。命令を下す。東京駅のコインロッカーの中身を持って帰ってこい。さっさと行け」
一息で命令をすると、興味が失せたように顔の強張りが解けて、元の無表情に戻った。一方で俺は、そんな詰まらない子供のお使いじみた命令のためにこの俺を喚び出したのか、という怒りでいっぱいだった。コインロッカーだと?ここがどこかは知らないが、片道数百円の電車賃があれば辿り着けるだろうに。こいつが金に困っているようには見えない。
「おいおい、そんなの弟子だとか、秘書だとか、おまえの命令を聞く奴にやらせればいいだろうが。命懸けで俺のことを召喚しておいて、命令するのがそれか?考え直した方がいいぜ」
「お茶をするよりは楽しいだろ。いいからさっさと行け」
忌々しい退去命令に、内臓が掻き回されるような不快感が襲った。うんざりしながらも、俺は部屋から退去した。もちろん、退去の間際にドブ水の嫌な臭いを振り撒くのも忘れなかった。
(*1)俺は世界的に有名な、青くて可愛らしい機関車になってやった。機関車を見てこんな顔できるやつはロクなもんじゃないね。