いつか兄に勝ちたくて「やだよ!何で兄貴だけ先に帰るの!!」
「…仕方ないでしよう?いつまでもこっちの学校に通わせる訳にはいかないの、しばらくはおじいちゃんの所で預かってもらうつもりよ」
母親にそう言われても納得できるはずがなかった。
どうして一緒に帰国できないのか、幼い自分には到底理解できなかった。
生まれた時から傍にいていつも兄の背中を見てきたから。
「あなたが中学生になる頃にはこっちの仕事も一段落つきそうだから、その時は日本に帰れるわ、いいじゃない兄者がいないとゲームも独り占めできるわよ?」
「1人でするゲームなんて楽しくないよ…兄貴がいて兄貴と一緒にするゲームが楽しいんだもん…」
兄者がゲームしてる姿を後ろから見てるのが大好きだった。
俺の存在に気づいた兄者が『コーラ汲んでこい』って使い走りにされても喜んでやった。
ゲームでボコボコにされてムカついたけど、兄者が俺をかまってくれるのが嬉しかった。
その兄者が俺の傍からいなくなるなんて考えれるはずがなかった。
当の本人は一足先に帰国することに対して特に何も感じてなかったみたいだ。
「俺は先に日本帰るけど、しばらくは静かかな、でもコーラ汲みがいなくなるな」
静かになるって、いなくなって寂しいとか言ってくれないんだ。
俺は兄者と離れるの嫌なのに。
父親と兄者を乗せた飛行機を見送って、別れ際に言った兄者の言葉を思い出す。
『ゲームは一緒にできないけど、電話ぐらいしてこいよ。俺もじいちゃんが許してくれたら電話する』
俺は兄者と別れたくなくて人目を憚ることなく空港でわんわん泣いたけど、兄者は泣きじゃくる俺の頭を撫でて
『ずっと会えない訳じゃないんだからそんなに泣くな。お前が帰ってきたらたくさんゲームしよう、それまでに上手くなっとけよ』と。
半べそをかきながら確認する形で電話していいの?と聞いたら日本と香港なんて1時間しか時差ないんだから大丈夫、と。
俺にはまだ時差の言葉の意味がわかってなかったけど、兄者がいいと言ってくれたなら大丈夫なんだろう。
家に戻っても当然兄者の空気を感じることはなく、リビングにぽつんと残されたゲーム機を眺める。
6つ離れた兄者がよくここでゲームをしていた。
俺はそれを見ているのが本当に大好きだった。
どんなゲームかわからなくても兄者が楽しそうに、時には『Shit』と悪態ついたり、上手くできなくてコントローラーを放り投げたりしてた。
偶に俺でもできそうなゲームの時は一緒に遊んでくれたけど一切手加減はしてくれなかった。
寧ろ俺が負けるのを楽しんでるようだった。
『お前にはまだ早かったか、今度はお前ができるようなゲーム買ってもらおう』と散々叩きのめしてよっぽど楽しかったのか笑いすぎて目尻に涙を浮かべながらそう言っていた。
けど俺はそのゲームで勝ちたかったからぶんぶんと首を横に振った俺を見た時の兄者は、大人になった今になって思うと身近なライバルとして成長してくれるといいなと言わんばかりの期待の眼差しだった。
『上手くなっとけよ』
兄者が帰国するちょっと前まで遊んでたゲームのソフトが入ったままのゲーム機のコントローラーを手に取る。
次に兄者に会う時はこのゲームで遊ぶということが確約されている訳じゃない、新しい作品が出ているかもしれない。
だけど俺が一緒に遊ぼうと言ったら兄者は優しいからきっと遊んでくれるだろう。
ゲームを起動させて自分が操作していたキャラを選ぶ。
練習できるのは1人でできる今しかない、兄者からアドバイスはもらえないけれど自分なりに頑張るしかない。
次兄者に会えた時に驚かせたいから、上手くなったじゃんって褒められたいから。
やっぱ俺の弟だな、って言わせたい。
あれから長い年月が経って、俺は兄者とおついちさんと共に人気ゲーム実況者として活躍している。
今日はたまたま事務所で3人集まる予定があって、兄者は自分の配信の準備中、おついちさんはスタッフが編集した動画の最終チェックをしていた。
俺は夜に自宅で配信する予定があるので、ここでは特に何もすることがなくて、コンビニで買ってきたアイスコーヒーを啜りながら兄者やおついちさんの姿を眺めていた。
兄者がこれから配信するのは格闘ゲームの金字塔と言われる作品の最新作。
俺が幼い時に兄者に散々ボコボコにされたやつだ。
若干苦い記憶を思い浮かべながら画質や音質を確認している兄者に向かって
「俺子供ん時に兄者に散々ボコボコにされたの思い出した…」
「んぁ?」
「兄者容赦なかったもんな~、しかも俺が負けて悔しがる姿見て超爆笑してんの」
「そんなことあったっけ?ん~あったか」
「ははは、兄者らしいね」
片手間程度に聞いていたおついちさんも会話に参加する。
「俺達香港にいたじゃん?んで親がさ高校は日本で行かせたいって言うから兄者が先に帰国したの」
「へぇ君ら一緒に帰国したんじゃなかったの」
「うん、俺まだその頃小学生の低学年でさ、兄者と離れたくなくて駄々こねまくって別れる時も空港でギャン泣きしたの」
「よく覚えてんなお前…」
「そりゃ覚えてるよ!生まれてからずっと傍にいたじゃん!一時とは言え離れるなんて今思えばトラウマ案件…」
余程のことがない限り身内と離れることなんてそうそうないだろう。
まぁその余程のことを俺は幼き頃に体験した訳だけど。
「親からはさ、兄者がいないとゲーム独り占めできるとか言われたけどそういう問題じゃないんだよ。今は1人でゲームするのも好きだけどさ、子供の時ってそう思わないじゃん?」
「うん、まぁそうだねぇ…俺は下が妹だったから一緒にゲームするってことは殆どなかったけど」
そうかおついちさんも兄の立場だけど、下が女の子だったっけ、やっぱり妹だとゲームしたとしてもジャンルが違ってたか。
「でさ、兄者も兄者でさ全然寂しがってくれないの。ちょっとの間静かになるとか言ってさ~」
「俺は別に寂しくはなかったぞ。ただコーラ汲みがいなくな…」
「はいはい兄者は黙ってて」
兄者も思い出して来たのか碌な事言いかねないので黙らせとこう。
「だからさ次会った時には絶対負かしてやろうと思ってめっちゃ練習したよ」
「うんうん」
すっかりおついちさんは俺の話に興味津々のようで編集の手を止めてしまった。
「で、漸く再会して挑んだ訳だ、結果はどうだったの?」
「…う、それおついちさん聞いちゃう?」
「そりゃまぁ、ね。何となくオチは読めそうだけど」
「やっぱり勝てなかった…」
兄者が弱弱しく呟く俺の言葉を聞き逃す訳がなく、大声で笑った。
おついちさんの想像通り、俺は結局兄者には勝てなかった。
置いていったゲームではなく、そのシリーズの3作目か4作目だったかは覚えてないけれど。
「お前に負けるとメンタルが破壊されるから、負けられるかよ。それに負けて嬉しがってたらそれは兄じゃない」
「ははっ出た出た、兄者の負けず嫌い」
「俺だって負けず嫌いだし!」
「そうだねぇ弟者も負けず嫌いだねぇ」
兄弟揃って負けず嫌いで天邪鬼、俺がどんなに頑張っても兄者には勝てないかもしれない。
それは6年早く生まれたからというアドバンテージだけで解決できる問題ではないと思う。
今でも兄者はテクニカルなキャラで戦いに挑んでいる。
もっと扱いやすいキャラでプレイすればいいのに、と俺は思うけど敢えて兄者は使わないんだろうなって。
本当にそういう所が天邪鬼と言うかなんと言うか。拘りが強いと言うかキャラに対する愛が深いと言うか…。
最近はそのキャラ使うと蕁麻疹が出てくるとか言い出して、俺は他のにしてみたら?とかアドバイスしたりマジで心配してたんだけど、もういい大人なんだから適度にやってほしいよね。
俺はもうマスターランクまで到達して、満足したからそのゲームやらなくなったけど、兄者は新しいコントローラー買ってキレ散らかしながらやってるって。
何度もやらないようにコントローラー封印しても、気づいたら手のばしてるって末期だよ、末期。重症レベル。
そんなキャラに対する愛が伝わったのかわからないけれど、とうとう公式スポンサードでイベントが行われることになった。
そのキャラ限定バトルトーナメント、勿論兄者も参戦する。(主催だからね)
弱者強者新参者誰でも参加OK、参加するだけで何かしらは貰えるらしい。
『俺より強い奴を吸いに行く』
俺も参加してみようかな?上手いこと行けば兄者と対戦できるかもだし、幼き頃のリベンジを果たす時かもしれない。