代替の愛、唯一の愛鏡に向かって唇に引いた薄紅色のルージュは、ほんの一瞬だけ顔に馴染まず浮いて見えた。色を間違えたわけじゃない、驕りでもなく三ツ谷は自身に似合う色味をきちんと理解している。じゃあ、何故か。そんなのは心に問いかけなくったって、すぐに分かってしまう。
かたり。ルージュを机に置いた音が、がらんどうのアトリエに響く。三ツ谷がふらりと立ち上がって、手に取ったのは純白のウエディングドレスだ。もう完成間近のそれを身体に合わせ、仕上がりを自画自賛する。高揚感に身を預けなければ、心の奥底に蓋をした感情が今にも溢れ出てきてしまいそうだった。
華奢な体躯、豊満な胸、桃色の柔い頬も、ぱちりと大きい瞳もふわふわな髪も。三ツ谷には何ひとつ持ち得ない。彼女になくて三ツ谷にあるのは、人を殴る痛みを知っている拳だけだ。
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