ファーストキスは威嚇の味集会所の茶屋で、三人のハンターが小さな宴を開いている。器用そうなイズチ装備の男と、真面目そうなヨツミ装備の男、そしてその真ん中に、この里の英雄でありウツシ教官の愛弟子である少女が座っている。
三人はクエストで一緒になり、同年代ということもあって意気投合し、帰還後そのまま茶屋で酒盛りが始まったのだ。最初は狩猟についての情報交換などで盛り上がっていたが、ハタチくらいの男女が集まって酒もそこそこに入れば、自然とそういう話題にもなるわけで。
イズチ装備の男がふと切り出した。
イズチ「なぁ、おまえらファーストキスっていつ?」
ヨツミ「なんだよいきなり」
イズチ「いいじゃん、教えてよ」
愛弟子は突然の話題転換に困惑した。里の女性同士ならたまに色恋の話をすることもあるが、さっき知り合ったばかりの他所の男性とそんな事まで赤裸々に話すのはちょっと抵抗がある。
すると、同じく少し抵抗があるのかヨツミ装備の男が言った。
ヨツミ「人に聞くならまず自分から言えよ」
しかし、イズチ男は待ってましたとばかりに答える。
イズチ「いいぜ?オレは5年前、ハンター成りたての頃にクエストでたまたま一緒になったオネーサンに奪われたw」
愛弟子「えっ、じゃあ初対面の人としたってこと!?」
愛弟子が思わず返してしまい、これで話題に乗った事になってしまった。
イズチ「まーそうだね、でもすっげー美人だったしメッチャ興奮したw」
ヨツミ「…すげーな」
イズチ「で、おまえらは?」
愛弟子がしまった、と思い黙っていると、ヨツミ男が先に降参した。
ヨツミ「…僕は地元の幼馴染と、2年くらい前に」
イズチ「へぇ、かわいいじゃん」
ヨツミ「まぁ彼女とは結婚する予定だし」
イズチ「マジか、まだ若いのに」
ヨツミ「結婚するのに老いも若いもないだろ」
イズチ「そりゃそうかもだけど、オレはまだまだ自由でいたいからなー」
二人とも経験済みなんて…と愛弟子は焦りにも似た戸惑いを覚えた。イズチ男はその見た目や雰囲気からして納得できるのだが、純朴そうなヨツミ男まで経験済みなのは正直なところ意外だった。それどころか、二人とも同年代なのにもう結婚についてまでちゃんと自分の考えを持っていることにも驚いた。
それに比べて自分はというと……結婚を考えるような相手がいたこともなければ、したいかどうかもよく分からない。キスだって未だした事はない。したい、と思う相手はいるけれど。
イズチ「で、君は?」
愛弟子「えっ!?」
イズチ男は愛弟子の方に体ごと向けて目を輝かせ、答えを待ち望んでワクワクしている。きっと愛弟子の返答をきっかけに、もっと踏み込んだ話題に持ち込むつもりなのだろう。
ヨツミ男も、イズチ男ほどあからさまではないにせよ興味自体はあるようで、手元で杯をゆっくりと揺らしながら横目で愛弟子の方を気にしている。そうして愛弟子がどう答えればいいか分からず口ごもっていると。
「俺だよ」
突如、後ろから声がした。三人が振り返ると、任務から帰ってきたらしいウツシがこちらへ歩いてきているところだった。
ウツシ「この子のファーストキスの相手は俺!」
ヨツミ「マジっすか」
ウツシ「マジだよ」
イズチ「えっ、いついつ!?」
ウツシ「うーん、もう十年くらい前かな」
イズチ「はっや!」
ヨツミ「やっぱ女子ってませてんなー」
二人の若造は、この男が誰なのか知らないままその答えに食いついた。しかし、これに一番驚いているのは愛弟子自身だ。というのも、この男はまさに『したい』と思う相手ではあるのだが『した』という記憶はどこにも無かったからだ。
愛弟子「嘘ですよね!?」
愛弟子は立ち上がって抗議する。するとウツシはいたって冷静に笑顔で答えた。
ウツシ「嘘じゃないさ!幼いキミはまだ防御が苦手でね、訓練中、モンスターの攻撃で口の粘膜に切り傷が出来ている状態でフロギィの毒を正面から食らって倒れてしまったんだ!だから俺が急いで毒を吸い出して看病したんだよ」
ウツシはさも得意げにペラペラと説明するが、思っていたような話と違ったので三人はポカンとしてしまう。
愛弟子「…あの、教官、それはキスとは違うと思います」
ウツシ「えっ」
愛弟子「だからノーカン!ノーカンです!!」
ウツシ「えぇーッッ!!?」
愛弟子の全力否定にウツシはよろめくほど大きなショックを受けたが、すぐに態勢を立て直す。
ウツシ「…それじゃあ」
言いながら口布をずらし、愛弟子の顎をくいっと持ち上げるとそのまま流れるように唇を奪った。わざとらしくチュッと音まで立てて。
ウツシ「これで正式に俺がファーストキスの相手だね!」
満面の笑みを浮かべるウツシ。フリーズする愛弟子。
「「うおおお~~~~~!!!!!!」」
とつぜん目の前で繰り広げられたドラマに、イズチ男とヨツミ男は大興奮で集会所中に響き渡るほどの歓声を上げた。
愛弟子はフリーズしたまま動かない。
ウツシ「あれ?愛弟子?」
両脇で騒ぎ立てる男たちを気にも留めず、愛弟子の顔の前に手をやり上下に振ってみるが、反応はない。
ウツシ「ごめんね、この子ちょっと酔ってるのかも。というわけで連れて帰るね!」
いまだ興奮冷めやらぬ二人に向かって笑顔でそう言うと、ウツシは軽々と愛弟子を抱きかかえて集会所から出ていった。
それからしばらくして、静かになった集会所では二人の男ハンターが残りの酒を飲み干しながら先程の出来事を振り返る。
イズチ「あの子、初めてだったんだなぁ」
ヨツミ「ていうか、あの教官?の話しっぷりだとさ」
イズチ「……あ、経験ないの知ってたってことか」
ヨツミ「それを僕たちの目の前で、ってことは、つまりさ」
イズチ「…………帰るか」
ヨツミ「だな」
胸の内に芽生えた謎の敗北感を抱えたまま、二人の男ハンターは里を後にした。