にがくていたい道誉一文字が本丸に顕現してから早数日。
先に顕現していた一文字のメンバーとも合流し、本丸全体とも顔合わせが済んだ昼下がりの事だった。
「どーよくんさぁ。なんか俺の事避けてない?」
審神者部屋の帰り道、廊下で姫鶴に詰め寄られる。幸い他に誰もいない時で良かったが、傍から見れば一触即発のようにも見えた。いやむしろ人がいないこの時を狙っていたのかもしれないが。
「Why…?なんの事かな、お姫。随分とご機嫌ななめのようだが」
「すっとぼけんじゃねーよ。この間の出陣からあからさまに避けてんのバレバレなんだけど」
…どうも彼に隠し事は出来ないらしい。仮にも彼も一文字の名を冠した刀である以上、ある程度想定していたが。
「ノン、ノン。避けてなどいないさ」
「俺と2人になりそうな時すーぐ姿消すじゃん。顕現したての時はあんなうざったいくらい付き纏ってたのに?」
「そうだったかな?俺としてはいつも通りのつもりだったんだが…」
事実その通りで、道誉は姫鶴のことを避けていた。実際には同部隊で組まれる時などはいるし、話しかけもするのだが決して2人にはなろうとはしなかった。
「そういう大事な時にはスカした態度してくるの昔っから変わらないよね」
「こっちは結構本気なのにさ」
姫鶴の手が道誉の首元に伸びる。胸元を掴まれて尚、道誉の顔色は変わらない。
「本気?なんの事かな」
「分かってんだろ」
「叔父貴が好きだってこと昔から知ってる癖に」
僅かに、道誉の眉が狼狽したように揺れた。
道誉にとって最も恐れていた事態だった。
姫鶴一文字は昔から道誉に懐いていた。
いや、懐いていた、というのは正しくはないのかもしれない。
姫鶴はまだお雛と呼ばれていた頃から、道誉を好いていた。
道誉自身も昔から姫鶴本人からよく聞かされていたが「お姫が大きくなったらな」などと理由をつけ、大きくなれば忘れるだろうと思っていた。
それがどうだ、いまや一文字の名を背負う一振となっても、彼の心は揺らぐことなく成長してしまった。
「お姫、それは勘違いだ」
咄嗟に出た嘘だった。ビジネスの上でも口上ほど大切なものはないというのに、我ながら苦しい言い訳を吐いたとは自覚していた。
「勘違い?」
「ああそうだ。我らは刀剣。昔から確かに親子のように可愛がってきたつもりだったが…父性か何かと勘違いしてしまっているんだ」
真っ赤な嘘だ。苦しい言い訳だ。
ビジネスの上であれば易々と言えた隠し事の言葉が、今は言の葉一つ一つが道誉自身に突き刺さる。
道誉自身、姫鶴を愛していた。身内への愛ではなく、恋愛対象として。それを悟られぬよう、この気持ちが冷めるまでは距離を置いておくつもりだった。
「…分かった。もういい」
姫鶴は何か言いたげに口を開いたが、そのまま視線を逸らし道誉の胸元から手を離すと強く彼を押しのけて自身の部屋へと戻っていく。
それを見届けてから、道誉は力が抜けたように柱に身を預け、ずるずると座り込んだ。
傷も負ってない胸中が膿んだように痛み、思わず内番服を握りしめた。
「やれやれ…」
若造共は手が焼ける。
たまたま近くで全てを見ていた則宗がため息をついたのは、また別の話。