⬛︎オレとお前と「好き」と「司くんって、あんまり「好き」って言ってくれないよね」
「っ!?」
とある日の昼休み。いつものように類と屋上でランチタイムを過ごしていると、唐突に類がそう言い放ってきた。
あまりにも唐突すぎて、オレは思わず飲もうとしていたコーヒー牛乳のパックをギュッと握り締めてしまう。
「おや、大丈夫かい。ちょっと噴き出してしまったねえ」
「あ…あぁ…ティッシュで拭けば問題ないぞ…い、いやそれよりだ、藪から棒に何を言い出すんだお前は」
「うん?そのままの意味だよ。普段司くんから「好き」って言われることがあんまりないなあって思って」
類からのその指摘は、胸に刃を突きつけられたようなものだった。
好き。
それはとても単純明快で、その二文字だけで相手に己の気持ちを伝えるのにうってつけの言葉だというのは分かる。分かっている。頭に「大」をつければより深みを持たせられるということも、だ。
そしてそれは、恋人同士という関係にあるオレと類の間では、前提にあるものなのだということも…十分理解している。
理解はしているのだが…類が言うのはつまりその…オレがその感情を、普段言葉にしていないということだ。
類はわりと普段からオレに「好きだ」と言ってくれていると思う。もちろん軽い気持ちで、とかではなく、言われる度に「オレは類に愛されている」と思わされるような「好き」だ。
だが、オレはどうだ。他でもない類が言うのだ。
いや…確かに…うーーーーーむ……。
「お…オレはそんなに言っていないのか……」
「うーん、そうだねえ。エッチの時はいっぱい言ってくれるけれど、「普段」はね。エッチの時はいっぱい言ってくれるんだけど」
「どわーーっ2回も言わんでいい!!そ、それは多分あれだ、え……えっち、の時は頭が緩くなっているから言えているのだ…」
…類とのエッチの時、自分自身が無我夢中で、快楽に溺れ、類からの感情の迸りを零さず受け止め応えたいという一心で、理性というものがぶっとんでしまっているだろうというのは、薄々感じている。
理性が無くなっているから、恥ずかしいという気持ちのストッパーが外れているから。オレは思ったままを類に伝えられているんだと思う。
(理性を保てられないくらいには気持ちいいというのもあるが…)
だがそれは…エッチの時の話だ。
「もちろん類に対して常日頃からそういう気持ちは抱いているのだぞ。だがその…面と向かって、改めて言うのが恥ずかしくてだな…」
「なるほどねえ。司くんはまだまだ初心ということか…。というか…じゃあエッチの時の司くんはすごいね。エッチの時は「好き」以上に恥ずかしいだろう言葉をぽんぽんと口から出しているというのにねえ」
「そ、そうなのか!?そんなにか!?い、いかん全く自覚がない…うおお…」
思ったままを伝えている自覚はあったが、具体的に何を言っているかまではいつも記憶が曖昧だった。だが…類がそう言うのなら…オレは多分、……シラフではとても破廉恥で言えないようなことを口走っているのだろう…。
「気になるなら今度する時、ハメ撮りでもしてみるかい?」
「はめどり?」
「セックスを撮影することだよ。撮影機器なら僕のほうで色々用意できるし」
「〜っ!?い、いやそれはっ……そ、そんなの恥ずかしすぎて見られん…が…未来のスターたるもの、己のコンディション?は知っておくべきなのか…」
「じゃあいつでも撮影できるように準備はしておくね♡いやあ、えっちな司くんをハメ撮りできるだなんて楽しみだよ」
「うう……、って、本題からずれているぞ!!つまり類は、オレに普段からもオレ自身の気持ちを言ってほしいということなんだな?」
このままだとはめどりの話に移ってしまいそうだったので、オレはなんとか話題を戻す。「好きだと言ってくれない」と指摘するということは、「言って欲しい」ということと同意なのだとオレは理解する。
「うん…そうだね。でも、恥ずかしくて中々言えないっていう司くんも可愛いし、そういう司くんだからこそいざ「好き」って言ってもらえた時の感動もひとしおなのかな、とも思うし…だから無理はしなくても…」
「いいや!!演出家の望みに応えてこそスターというもの!!この天馬司、お前に普段から「好き」と言えるよう努力してみせよう!!!」
そうだ。オレもいつまでも初心なままではだめなのだ。役者として成長していくのと同じように、類の恋人としても成長してみせる!!
「…ふふ。じゃあ頑張ってみようか、司くん」
※
「好き」と言うといっても、いきなり脈絡もなく言うものでもないだろう。それなりの情緒やムードになってからこその「好き」だ。
それなりの情緒やムード……つまり、類と「恋人同士」の甘い空気を作るということだな。
「る…類!んっ!!」
オレは類に向かって両手を広げる。
そう、「抱きついてきていいぞ!」のポーズだ。
「おや…ふふ、早速積極的だね、司くん」
「うむ。まずは自然に言えるような雰囲気を作りたいところだからな」
しっかり察してくれた類にぎゅうと抱きしめられる。オレもすかさず類を抱きしめ返す。視界が、匂いが、空気が。全て類でいっぱいになっていく。
オレよりも大きくて、がっしりしている類の身体。オレを抱きしめる大きな手の平。
ああ…好きだ。オレはいつも、この類に抱きしめられると…幸せで、好きだという気持ちで満たされていく…。
そうだ。いつもなら、オレは心の中でそう思っているだけに留まってしまう。だが今は、この気持ちを類に伝えるのだ。
「ん…、るい…」
「なんだい、司くん」
「っ……!」
意を決して視線を上に向けると、そこには甘く微笑む類の顔があって━━━。
オレはその蜂蜜色の瞳に飲み込まれそうになってしまう。もう、何度もこうして顔を突っつけあわせているというのに、いつだって胸が高鳴って思考がぐるぐるとかき乱されてしまう。
い、いかん。「好きだ」と言う流れだったはずなのに。類に見つめられただけで、頭がまっしろになってしまう…!
「ふふ…顔、真っ赤だよ。可愛いなあ」
「…っん…!ぁ……ひ……みみ、ゃめぇ……っ…」
耳元でねっとりと囁かれ、全身にぞくぞくと刺激が走る。無理もないだろう、好きな人の声で囁かれたら、腰も砕けてしまうというもので…。
「司くんはこうして囁かれるのが好きだよね。僕の声…好きなのかい?」
「ん………、す………すきだ……、誰の声よりも好きだぞ…」
「おやおや、早速言えたね。好きだって」
「はっ!?い、今のはっ…!!今のはノーカウントだっ!!オレから言わねば意味がないだろう!!」
「僕はあれでも十分嬉しいんだけれどねえ」
「オレとていつまでも受身ではないからな…!仕切りなおしだ!」
※
オレは再び類と向き直る。
先ほどは思考がマヒしている間に上手く流され受け応えする展開になってしまったが、今度こそオレから言ってみせるぞ。
先ほど類の声が好きだという展開になったが…こういった類を構成するものを好きだと言う流れから、類自身を好きだという展開に持っていくのは悪くないな。
改めて類の顔をまじまじと見つめる。
整った顔立ち。オレを優しく、甘く見つめるその眼。猫のように弧を描く耽美な唇。そこから放たれる声。頬の横から垂れるのは紫のきめ細やかな髪と、奇抜な水色のメッシュ。
…うむ。惚れた弱みというものかもしれんが…全て好きだ。オレはやはり…この神代類という男が…とてつもなく好きなのだ…。
こんなに好きなのに、「好きだ」と言わなくてどうする…!
「るいっ…類…」
オレは堪らなくなって、類の首元に腕を回す。
「わ…ふふ、どうしたんだい。さっきからずっと可愛いねえ」
「類……、お…オレは…っ、る…るいのことがっ……」
「うん…♡」
「す……すすっ……すっ…!……ぅ……あ…、…」
射るように見つめられ、うまく言葉が紡げない。どうしてだ。どうして、この先が言えぬのだ。大好きなのに。類のことが、好きで好きで仕方がないのに。
この眼で、この顔で見つめられると…
オレはどうしてもダメになってしまう…。
これが、台本で…「好きだ」と言うことがそこに載せられた台詞であったら、オレはショーで演じる時のように言えるのだろうか…。
「司くん?」
「っぁーーーっ!!だめだーーーっ!!すまん類!!もう少し、時間をくれ…!!」
と言った矢先、予鈴が鳴る。ランチタイムも終わりのようだ。
「っと…ちょうど予鈴も鳴ってしまったね。大丈夫だよ司くん。司くんのペースで…焦らなくてもいいからね。それに、今のでも十分「好き」っていう気持ちは伝わったよ」
「う…うむ…」
結局言えなかった…。
類はああ言ってくれたが、オレとしては不完全燃焼だった。確かに、好きでもなければあんなこと(抱きついたりとかだ)はしないだろうとは思う。
だが肝心の「好きだ」と言うことができなかった。思いは十分募っていたのにもかかわらず、だ。
なぜ言えないのか。その敗因を冷静に考えてみることにした。
先ほどのシチュエーションを思い起こすと、オレは「好きと言うために甘い雰囲気を作らねばならない」と思い、オレ自身から誘って類と抱きしめあっていた。
今思うと…それがダメだったのではないか。それゆえに、オレは類と真正面から向き合うこととなり…類にまっすぐ見つめられることにもなった。
オレは…類に見つめられて…頭がまっしろになってしまった。類がオレを見る眼差しはまっすぐで、飲み込まれそうで…オレはそれにひどく掻き乱されてしまうのだ。言葉も紡げなくなるほどに。
ではなぜそうなってしまうのか。その理由は至極単純なことだ。
類のことが、大好きだからだ。
さっきも何度も何度も思った。類のことが好きだと。好きだからこそ、あの顔で見つめられるとオレの中の緊張のボルテージがぐんぐんと上がってしまう。いわゆる「テンパってしまう」、というやつだ。
さっきも思ったが…これが芝居でステージの上ならば…例えばオレが演じる役が、類が演じる役に告白するというものだとしたら、オレは躊躇いも緊張もなく「好きだ」と言えるのだろう。
たがこれはショーではなく、オレと類の、本心でのやり取りなのだ。
オレは恋愛に関しては初心者で、まだまだ分からない・知らないことも多いとは思っているが…本心を伝えるというのは中々に難しいものなのだな…。
で、だ。
本題に戻るが、オレが「好き」と言えるシチュエーション。それはつまり…
「類に見られてなければいい」のではないか。見られてダメになってしまうのなら、見られてなければいいのだ。
放課後。
類は緑化委員の仕事があるということだったので、オレはしばらく図書室で時間を潰していた。類の仕事が終わり次第、昇降口で待ち合わせる予定だ。
よし…この「合流する」というシチュエーションが使えるな。早速作戦を実行するとしよう。
しばらくして類から「終わったよ」とメッセージが入ったので、オレは昇降口へと向かう。外にいる類の方が昇降口には早く着いているだろう。
昇降口に着くと、見慣れた水色のカーディガンの男が出入口付近にいるのが見えた。オレは下駄箱越しに様子を探る。
うむ…周りに人はいないな…。よし、絶好の告白シチュエーションではないか。
さあ行くぞ天馬司…!今度こそ類に「好きだ」と言うのだ…!!
「類ッ!!」
「あ、つかさく…わっ!?」
類がこちらを振り向く前に、オレは背後から勢いよく抱きつく。視界が類の背中で埋め尽くされた。
「え…、わ…、司くん、どうしたんだい。僕が居なくて寂しくなってしまったのかな」
「ち、ちがう…!そういうのではなく…!ちがうのだ…、オレは………、類が……っ……」
「……うん」
勢いだけは良かったと思う。
だが実際に類を目の当たりにして、だんだんと恥ずかしさが込み上げてくる。オレは堪らず類の背中に顔を埋める。
い…いやまてまてまて…、いきなり背後から抱きついて、いきなり「好き」と言うのもどうなんだ…!?「顔を見なければ良い」という作戦ではあったが、いざやってみると些か唐突すぎる気もする……が、類は口を挟まず、オレの言葉を待ってくれている…。
そ、そうだ。類は先ほどまで緑化委員の仕事をしていたのだったな。ならばそれに絡めて…
「る…類が…いや類は……緑化委員の仕事は好きか…?」
「え?あぁ、好きだよ。景観を整えたり、花の植え方に拘ったり…僕たちで育てた草花が綺麗に咲いていると、嬉しいものでね。やり甲斐はあると感じているよ」
「そうか…ならばそんな類たち緑化委員に丹精込めて育てられている草花たちはさぞかし喜んでいるのだろうな。ここはひとつ、オレが草花たちの気持ちを代表して代弁するとしよう…」
「うん…?」
「『類さん!!緑化委員の皆さん!!いつも僕たちを大事に育ててくれてありがとう!!僕は類さんにお世話されて幸せです!大好きですッ!!』」
「え……」
オレはそう、勢いとともに類の背中で言い放った。
沈黙が訪れる。
……ぬわーーーーーーっ!?!?お…オレは何を言っているんだ!?!?草花の気持ちってなんだ!?「大好き」とは言えたがいや違うんだ、いやいや違わなくは無いのかもしれんが、とにかくそうではなく…、
「つ、つまりだな!!オレはその…、類が草花を愛でて育てるのと同じように、オレのこともたくさん弄って世話をして欲しい…!草花たちと同じ気持ちになりたい…!と思ってだな…!」
「えっ♡司くんてばいきなり大胆じゃないか♡突然草花の気持ちだなんて言い出すから驚いたけど…フフ、なるほど…僕に構って欲しくて仕方なくなってしまったんだね♡」
ぬわ…いかん、なんだかあらぬ方向に…。
ち…違うんだ、オレが言いたかったのはこんな、斜め上の…こんな遠まわしの告白ではなく、類が草花を愛でるのを「好きだ」と言うのと同じ様に、オレも類のことが…、という感じのものを言うはずだったのに…ぬおお…どうしてこう…うまくいかんのだ…。
「大丈夫だよ司くん。ちゃんと司くんとしていっぱい愛でて触って…僕の愛情をたっぷり注いであげるからね…♡」
気付けば類はこちらを向いていて…オレは顎をくいっと持ち上げられていた。目の前で、類がやらしく微笑んでいる。
ああ…もう、だめだ。こうなってしまっては…。
「ぁ……う…うむ……」
オレは再びこの眼に飲み込まれ…そして唇までも奪われるのだった。
※
それからというものの。
類に好きだと言うチャンスは幾度とあったものの、尻すぼみになってしまったり、受け答えとして言わされる形になってしまったり、「顔を見ない作戦」でいくものの、類の背中に向かって言うのがなんとも負けた気分になってしまったりと、不完全燃焼の日々が続いていた。
ちなみにその間に類が言っていた「はめどり」をする機会もあったのだが…その撮られた映像は破廉恥極まりなく(映っているのはオレと類だが)、とてもじゃないが最後まで見ることができなかった。類は涼しい顔でしっかり見ていたようだが…。その類曰く、やはりオレは行為中はい…インゴ?と言うのか?をたくさん言っているらしい…。うう、シラフのオレは「好き」と言うだけでぐるぐるしているというのに、行為中のオレは随分と先に進んでいるのだな…。
うーむ、理性の崩壊というのは中々に恐ろしいものだ。まるでオレの知らない天馬司がいるようだ。
そんな最中のある日だった。
「司くん、今日の放課後なんだけれど、ちょっと試したい演出用の装置があってね。よかったら実験につき合ってくれると嬉しいんだけど…」
授業の合間の休み時間中に、類にそう尋ねられた。そういえば朝に類と会った時、なにやらたくさん荷物を抱えていたな…。
「おお、もちろん構わんぞ。どこでやるんだ?」
「外…そうだね、屋上でやろうかな」
「ん、分かった。屋上でやるのはいいが、くれぐれも爆発しないよう十分気をつけるんだぞ」
「ふふ、了解だよ」
爆発しなければ良いというわけでもないかもしれんが、とにかく爆発が伴うと高確率で先生にばれてしまうからな…風紀委員として、そのあたりはしっかり取り締まらねばな。
屋上か…。ということは、類と二人きりになれそうだな。いや、もう常日頃から二人きりでいることが多い関係ではあるのだが…。
たまに誰かいる時もあるが、ほぼオレと類が校内で二人きりになれる場所という認識になっている。屋上が「変人とカップルしか来ない場所」というのはオレの見立てどおりということだな。変人に関しては否定したいところだが、類と二人きりになれるのならこの状況においては「変人」でも良いということにしておこう。「変人」と「恋人」、なんだか似ているしな!
授業を終え、放課後がやってくる。
オレは早速類と共に屋上へとやってきた。
「よし、誰もいないようだな。これなら安全第一で思いっきりやれそうだ」
「ああ、そうだね。じゃあ準備をするからちょっと待っててくれるかい」
「了解だ。何か手伝えることがあれば手伝うぞ」
「ありがとう、…じゃあこの装置を…」
類の助手になったような感じで準備を手伝っていく。
類と二人きりになっていると、どうしても告白のことが頭を過ぎってしまうが…いかんな、今は実験に集中しよう。爆発しないかどうかはもちろん、この装置たちがゆくゆくはオレ達のショーで使うことになるのかもしれんのだからな。
色々相談した結果、演出装置を試すために、オレの一人即興ショーを行うこととなった。即興といってもある程度は流れを汲んだものとなっているが。
類がどんな演出をリアルタイムでつけてくるのか…とても楽しみだ。
「それじゃあ司くん、即興ショー、よろしく頼むよ」
「うむ!!任せておけ!!ではいくぞ━━━」
オレはもう既にスモークが立ち込めている場所に駆け立った。
※
「『大丈夫だ。お前はもう、独りじゃない。さあ行こうじゃないか。この煌く光の向こうへ、共に、永久に━━』」
オレは締めとなる台詞を高らかに言い放つ。本当に煌く、ダイヤモンドダストのような空間で、スポットライトを浴びながら。
台詞を言い終えると、しばらくの余韻の後…オレを輝かせていた光が全て収束する。幕が下りたのだ。
…素晴しかった。
あくまで実験で即興ショーではあったが…さながら本当にステージでショーをしているかのようだった。
正直、何がどうしてそうなっているかまでは分からんのだが…立ち込めるスモークや雨風を再現する送風やミスト、シーンに合わせたライティング、泡や紙吹雪、キラキラと輝く粒子などでの空気感の演出…それに効果音やプロジェクションマッピングやBGM…全てが上手く調和していた。
すごい、…やはりすごいな類は。
これを…全て一人でやってのけるのだから。
そしてオレは、その演出の中で役を演じることができた。
類が考えた演出でショーをするのは、何も今が初めてではないし、本番のショーであればもっと大掛かりなものだってある。
だが。
今、改めて思ったのだ。こうして、類の演出を間近で感じて。一手に浴びることで。
「司くん!お疲れ様。いやあ、すごくいい演技だったよ。色々試させてもらったけれど、いい感じにデータが取れてとても助かったよ」
「……好きだ」
「え?」
「類の演出が。この魔法のような演出を考える類のことが…大好きだ」
オレは、まっすぐに類を見据えて、言う。
あの空間の中で、思ったこと。感じたことを。
「実験とは言っていたが…素晴しかったぞ。一つひとつの演出装置が、全て効果的に働いていたと思う。次はどんな演出がくるのか、とやっていてすごく楽しかったし、もし観客がいたとしたら観ている側も飽きさせなかっただろう。とにかく、あの演出の中で演じられたのがとても楽しくて…あれを考えたり作ったりしたのがオレの大好きな類なのだと思ったらもっともっと好きだという気持ちで溢れてきて…今、すごく幸せだぞ」
「司、くん…」
好き。大好き。
あれだけ上手く言えずにいた言葉が、演出を…ショーを通して…今はスラスラと述べられる。
そうだ。今なら、今ならば言えるかもしれない。ずっと類に言いたかった、「好き」を。思いの丈を。
「類…、オレは、やはり類のことが大好きだ。類の考える演出が好きだ。素晴らしい演出を考える類も好きだ。いつも皆を笑顔にさせようとしている類も、共にステージに立つ類も、機械作りに夢中になっている類も、オレとショーのことを話している時の、楽しそうな類も…全部大好きだ」
「え…あ…、つ、司くん…ま、まって…、」
「それだけじゃない。オレを優しく…時にいやらしく見つめる類。類の声。オレより大きくて、がっしりした類の体。オレを触ったり撫でたり、様々なものを作り上げるためのその大きな手。…2人きりの時の…オレにしか見せない、余裕のない類に、わけが分からんくらいに…破廉恥な類。オレは…そんな類の全部が好きで好きで仕方がないんだ…!類、好き、大好きだぞ…!!世界で…いや宇宙で一番、大好きだ!!!」
ああ。
ようやく、言えた。類に「好き」だと。オレは気づけば、堰を切ったように類への「好き」という気持ちをぶつけていた。
「思えば、お前を初めて見た時も「好き」という感情があったんだぞ。あの時1人でショーをしていた類に…類のしていたショーに、オレは一目惚れしていたんだ。だから、一緒にショーをしたいと思った。類の演出で、ショーをしたいと思ったのだ」
類への恋心が最初からあったわけじゃない。類に告白されるまで、自覚していなかっただけなのだ。
オレは…類と初めて会った時からずっと…類のことが好きだ。類が作るショーに一目惚れしていたのなら、それを作る類のことも好きになっていたとしてもおかしくはないだろう。だから、オレの「好き」の原点は、類が作る演出とショー。
そしてそこから募っていく「好き」は、類と出会ってから今までの経験の中での、たくさんの「好き」が詰まっているのだ。
「だから、今もそんな類と一緒にいられることが嬉しい。今もこれからも、ずっと大好きな類と一緒にいられて、一緒にショーができて、恋人同士のそういうこともできて…オレはすごく幸せで、嬉しいんだ。…ハハ、こうして、「好き」という感情を伝えるのは…」
「…〜〜っ!!」
「ぬわっ…!」
突然、ふわっと類の匂いが鼻をついたと思ったら、体が重くなる。…類に、ぎゅうと力強く抱きしめられていた。
「司くん…司くんっっ……」
「ちょ…、うぅ……っ、る、類、キツいぞ……」
「ごめん…でも…、司くんが…司くんがあんなことを言うから……っ…、どうしよう、嬉しすぎてもうおかしくなりそうだよ…」
「…どうだ類。オレもちゃんと「好き」と言えただろう」
「うん…うん…でもあそこまで好きって言ってもらえるとは思わなかったな。司くんはいつも僕の想像を越えてくるね…さすが司くんだよ…」
「オレは思っていたことを言ったまでだぞ。…お…なんて顔をしているんだ、類」
改めて類と向き合うと、類はひどくくしゃくしゃの顔をしていた。顔は赤くて…珍しく今にも泣き出しそうだ。
こんな顔…オレしか見られぬのだろうな…。
「っごめん…、司くんにあんなに好きと言われて、嬉しくって…。僕も、司くんの大好きなところ…たくさん言いたいのだけれど…、今は頭、回りそうにないから…これだけは伝えるね」
「…ああ」
「僕も…司くんのことが大好きだよ。僕の演出を大好きだと言ってくれる司くんが。僕の演出に応えてくれる司くんが。いつも笑顔で可愛くて…ステージの上でキラキラと輝く司くん。頼もしく僕らを引っ張っていく座長の司くん。思慮深さをみせるお兄さんの司くん。感情に素直で、色んな表情を見せてくれる司くん。伸びやかで大きな声を出す司くん。前髪のハネている毛が可愛い司くん。えっちの時の……僕を求める可愛い可愛い司くん。他にもたくさん…僕も、司くんの全部が大好きだよ…」
それは思っていた以上の類からの「好き」の応酬だった。怒涛のそれに、ぼぼぼと体が熱くなるのを感じる。
「な…っ……、頭回らんのではなかったのか…!?」
「頭回らないからこれだけ、と言っただろう?というか、司くんもさっき僕に対してこうだったんだからね」
あ…。
なるほどな……、類はさっき「おかしくなりそう」と言っていたが…、確かにこれは…こんなに「好き」を浴びると、どうにかなってしまいそうになるな…。
「ハハ、オレも類も…お互いにお互いのことが好きすぎて…なんだか笑えてきてしまうな」
「フフ、当然だろう?僕と司くんなんだからね」
「うむ!らぶらぶ、というやつだな!」
「ああ、そうだね。〜っ…、慣れていない感じでラブラブって言う司くん、可愛い…」
何やら悶えている類。「らぶらぶ」というのはこういう時に使うものだと思っていたが…まあ嬉しそうだから良しとしておくか。
「類」
「なんだい、司くん」
見つめられる。大好きな、類の瞳に。
誰にも奪われたくない…オレだけの、オレだけをまっすぐに見つめる類。
ああ…何度でも思う。そして、今なら間違いなく言える。オレは、この瞬間が。類と一緒にいられるこの時間が━━━━。
「…大好きだぞ、類」
類の眼差しから逃れぬように。このオレだけに向けられている視線を零さず受け止めながら、はっきりと、言う。
「…うん。僕も…大好きだよ。司くん」
類は顔を綻ばせて…柔らかく微笑みながらそう返してくれた。
そして…暖かな夕暮れのオレンジが、強く抱き締め合い、時に唇をも交わし合うオレ達を優しく包み込んでいった。
終