古傷というには真新しく、「やはり連中、なかなか尻尾を出さんのです。秋葉原の地下にいることは間違いないようなんですが」
「根城さえ掴めりゃってとこなんだがな」
しとしとと雨の降る日、二人の男が密室で言葉を交わしている。ひとりは真選組の鬼の副長・土方十四郎。もうひとりは、その部下山崎退だった。
幕府要人連続脅迫事件の犯人と目される攘夷派集団の確保に動いていた二人はその出現場所が掴めずにいて、ここしばらくはこうして次の動きについて会議を重ねていた。
根城が秋葉原にあること自体は掴めているが、秋葉原の地下は何重にも入り組んでおり、直接は姿を現さない作戦を取る攘夷浪士たちだったため動きを掴みあぐねている。
土方の煙草の本数は増え、灰皿が吸い殻と灰で満たされていく。じっとりとした湿度の室内にまとまりつく煙草の匂いは、土方の苛立ちを表しているかのようだった。
「それで、考えたんですが──……っ」
傍にあった書類を手に取ったほんの一瞬、山崎の指先がぴくりと不自然に止まった。その不自然な動きを、土方の怜悧な瞳がとらえる。
「痛むのか」
「えっと……」
隠すはずだったそれを見つけられ、山崎は少し気まずそうに顔を俯かせた。
山崎の心臓の真横から貫かれた刃の痕は、未だ濃く残っている。痕はひきつれて皮膚は薄い。こんな雨の日は古傷がいっとう疼くことを、土方もよく知っていた。
それを山崎はずっと隠している。こうして二人で話しているときも、山崎自身も気づかずに時折眉を顰めるような瞬間がある。はじめてそれを指摘され、山崎はどこか落ち着かない心持ちだった。
「はい、こういう雨の日は」
それだけ答えると、しとしとと雨の音が襖越しに届く。
「大丈夫ですって、そのうちこの傷も薄くなって──うわっ!?」
腕を引かれ、気付けば山崎は土方の胸の中にいた。静寂。土方の静かな呼吸で上下するその胸の動きが、わずかに伝わる鼓動が、その場を支配する。
「……大丈夫ですよ」
その傷は、土方の負目でもあることを山崎は少しだけ知っている。妖刀に正気を奪われていた土方をただ信じ、真選組崩壊の危機を知らせんとひた走ったその道で受けた傷だった。
「……ね、土方さん。動いてるでしょう」
穏やかに言ってきかせるように伝える山崎の声音に土方は、ああ、と低い声で返した。
雨の日は古傷が痛む。