紅消鼠④その日俺は、クライアントとの顔合わせが終わり、夕飯は外で済まそうかと駅前をウロウロしていた。今日は遅いし事務所へ寄らず直帰のつもりだ。
蕎麦でいいかと、とりあえず食べる物を決めた直後、背後から明るい声がした。
「あれ、日車じゃね?」
「そうだな、珍しい」
振り返ると恋人である脹相とその別彼?兼弟である悠仁が手を振っていた。二人揃って駅前に居るのは、確か今日は…
「脹相、悠仁…地方に居る弟さんに会いに行ったんじゃ無かったか」
「今帰ってきたところだ」
脹相が答える。悠仁が手荷物の一つから紙袋を分けて俺に差し出した。
「これ、日車のお土産な」
「わざわざいいのに、ありがとう」
時刻は夕方6時を過ぎた。駅前は帰宅する人で溢れている。当然、というか、彼の顔が広いと言ったらいいのか、悠仁が同年代くらいの子らに声を掛けられ、そちらへ駆け寄って行ってしまった。
脹相は普段のスーツ姿から、ラフな私服に身を包んでいる。暗い色のチノパンに白い襟付きの半袖シャツ。暑いからか髪を低い位置でお団子にまとめている。相変わらず色っぽい項である。これを公共の交通機関で晒してきてたのかと思うと少々妬けなくもない。
「弟さんにはゆっくり会えたか?」
「ああ、悠仁と一泊してきた。元気そうで安心した。2番目の弟で壊相というんだが…今は関西の方で仕事をしていてな、彼女が出来たらしくて…」
脹相が思い出したように笑い出した。本当に弟煩悩というか、大事でしょうが無いのだろう。
「あの子は俺の悪癖を一番心配していたから…俺と悠仁を見て、何か感じ取ったんだろうな、良かったとだけ言ってくれた」
「そうか」
「もちろん、いつか時間を作ってお前のことを紹介したい。…もし、寛見が良かったら…」
「受け入れてくれるだろうか」
「俺がきちんと説明する」
少し変わった俺たちの関係が将来的にどうなるかは分からない。パートナー制度は疎か法律は味方しないだろうと考える。ただ悠仁と二人で脹相を守り幸せにしてやりたいという気持ちだけ、これで何処まで通用するか。
そうこうしているうちに悠仁が戻ってきた。戻って来がてら俺にしきりに礼を述べるものだから、脹相と二人して首を傾げた。
「マジ、日車タイミング良くて助かったわ!俺大学でさ、彼氏居る発言したんだけど、会わせろってしつこくて~脹相だって言う訳にはいかないからさ、丁度いいとこに居た日車が彼氏ってことにさせてもらったから!」
悠仁は可愛らしく眉を下げ顔の前で両手を合わせて見せた。悠仁からしたら俺も脹相の同伴者には違いなく、彼氏には近いかもしれないが、そんな事より…
「構わんが…いいのか、悠仁とは一回り以上も離れているぞ?」
「おん?年齢関係ないっしょ。まあちょっと老け専だねって言われたけど…あ、因みに日車ネコだから」
これには流石の脹相も吹き出した。顔を反らして肩を震わせている。珍しい。可愛い。ではなく。
「待て、待ってくれ悠仁」
「もう言っちゃたもん」
「…ひ、寛見…夕飯がまだなら、一緒に…ふっ…」
「ダメだ脹相ツボってら」
「そんな可笑しいか、俺がネコが」
「だっ!…もう笑わせないでくれ…ふふ…」
「脹相ツボるとしばらくこうだから」
「そうなのか…」
「かわいいっしょ」
「まあ…可愛い…とは思う…」
恋人の以外な一面を見られて嬉しい反面、複雑だ…俺が…ネコ…?いや、問題はそこでもない気がするが…。
二人に夕飯に誘われたが、悠仁が帰って作ると言うので、疲れているだろうからデパ地下で何か買って行こうという話になった。
三人で惣菜を選んでいる間も脹相は時折笑い出していたので、後で具体的に何がおかしかったのか問い詰めねばならぬと決意した。
脹相の家は小さいながらも立派な一軒家だった。あまり古くも感じない。
「親父からぶんどってやった家だ」
しげしげと家を眺めている俺に、脹相が自慢気に呟いた。蒸発したと聞いている親の話なのだろう。歳若い彼が法や権利を駆使して弟達を守りこの家を手に入れたのだと想像すると、心底立派な長兄だと感じた。反動で病んだが、それが無ければ自分は彼に出会えていなかった。人生とは何がどう繋がるかなんて分からないものだ。
家に上げてもらうと悠仁が少し浮かれた様子で笑った。
「日車がウチに居るの変な感じ!」
「寛見のマンションの部屋より雑多で申し訳ないな」
「いや、実家みたいで落ち着く」
「日車の実家ってどこ?」
「盛岡だ」
「岩手?俺昔仙台に居たよ」
「昔?」
「脹相とは片親が違うからさ、小さい頃はじいちゃんと一緒だったんだ」
「そうだったのか、近い場所に居たんだな」
リビングに通され、大きめのローテーブルに麦茶を出される。本当に実家のようだ。悠仁と話している間、脹相がキッチンで買ってきた惣菜を温めている。悠仁はキッチンとリビングを行ったり来たりして取り皿や箸やらを運んでいたが、どこかのタイミングで脹相が現れた。
「慌ただしくてすまんな」
「気を遣わないでくれ、こういうのも好きだ」
「そうか」
脹相は破顔したあと、す、と近くに寄ってきて俺の手を撫でた。今日は珍しいものがたくさん見られる日だ。酒が入ってないのに彼が甘えてくるなんて。
「酒、飲むか?明日は休みだろう?泊まって行ってもいい、着替えはある」
「え?」
明日の予定や持ち帰った仕事の具合を鑑み、しばし考え込んでいると悠仁が脹相の背後から抱き着くようにして寄りかかった。
そして見せつけるように脹相の項に口付ける。
「…ッ悠仁…!」
「脹相3Pシたいんだよ、な?」
「…そうか、久しくしてないな」
「脹相、ちゃんと言わないと」
悠仁が急かすように首筋を噛むと、ぞくりと体を震わせた脹相が俺の手をキュッと握った。
「…二人に、可愛がって欲しい…」