転生オメガバゆちょ10赤子の鳴き声がする。父親が懸命にあやしてはいるがなかなか泣き止まない。彼は少し困った顔をしてリビングのソファーで仮眠をとっている母親の元へ赤子を連れてきた。
「なあ、脹相…ごめんな、腹減ってるみたいなんだ」
「ん…」
脹相は赤子の鳴き声に重たい瞼を開ける。夜泣きの寝不足で酷くなったクマが、元より婀娜っぽい目元を更に妖しくさせているが、悠仁からするとなんとかもっと寝かせてやりたいと思うほどに彼を愛していたのだ。
脹相はソファーに腰掛け、悠仁から赤子を貰い受けると豊満な胸元を出して赤子に乳首を咥えさせる。赤子は泣き止み、必死にお乳を吸っていた。悠仁はそんな様子を脹相の隣に腰掛け静かに見守っている。
「脹相のおっぱいって胸筋がすげえのかと思ってたけど、母親としての機能?がちゃんと詰まってるんだな」
「ふ、人間の体は不思議だな…」
先日産まれたばかりの二人の第一子はすくすくと健やかに成長している。産褥の中で、男の子だと聞いた脹相はとても嬉しそうで、「お兄ちゃんだな」と、まだ二番目も分からないのに喜んでいた。
リビングには彼が産まれた知らせを聞いた、悠仁の叔父が海外から送ってよこしたベビー用品で溢れている。中には乳飲み子にはまだ早いようなおもちゃもあった。子供が検査でα性だと聞いた叔父は初めて、脹相に対しよくやったと電話越しに声を掛けていた。
悠仁は少し俯瞰して息子を抱く脹相を眺めている。彼は今にも眠ってしまいそうな穏やかな顔で小さな子供の顔を撫でている。乳児特有の甘い柔らかい匂いがリビングを包んでいて、最近春めいてきた陽射しがキラキラとホコリを反射させていた。
悠仁は思ったことを素直にそのまま口にする。
「やだ俺なんか泣きそう」
「などうした悠仁、どこか痛いのか?」
「違うくて、胸がいっぱいで…」
お乳を飲み終えくうくう寝息をたてる息子を片腕に抱き、脹相は空いた腕で目頭を抑え高ぶる熱を吐き出す悠仁の頭を抱き寄せた。悠仁は脹相の肩に頭を預けされるがまま撫でられている。
「育休取ったけど、あんま役に立てんね」
「そんなことない、飯も作ってくれるし掃除も洗濯もしてくれてるじゃないか」
「でも脹相のこともうちょい休ませてやりたいのに」
「母体などこんなものだろう、悠仁は悠仁の出来ることを精一杯やってくれている」
「う〜ん…」
腕疲れるだろ、と今度は悠仁が息子を抱いて脹相が寝不足の頭をその肩に凭れさせる番だった。
「寝たら何しても起きんの、俺に似たな」
「悠仁に似て大きな男になるぞ」
脹相は気だるげに腕を擡げ悠仁の腕の中の息子の頬をつつく。
「脹相、俺に家族をありがとう。絶対幸せに守っていってやるから。俺、お前たち二人を見てるとずーっと欲しかったのってこれだったんだって分かってさ。脹相に会えて良かった」
「悠仁…俺も家族が欲しかったと言っただろう、悠仁が居ないと手に入れられなかった…お前が居て本当に良かった…」
悠仁はちゅっと愛しい伴侶に口付ける。脹相はそれを微笑んで受け止め、鼻同士を擦り合わせて囁いた。
「授乳が終わればヒートが来る。そしたらこの子をお兄ちゃんにしてやるんだ」
「本当に10人産むん?」
悠仁は出産に立ち会った記憶を思い出し心做しか青ざめる。
「出来る限りそうしたい」
「お前がそうしたいんならいいけど、あんまり無理はして欲しくないな」
さあもう一回寝たらと、悠仁がソファーに横たわる脹相にブランケットを掛けてやる。夕飯作る時にバトンタッチするから、と息子を抱えてリビングを後にした。
脹相は眠りに落ちる寸前に昔の母親を思った。あの人の初産の時よりも、確実に自分は歳を取っている。その分いくらαとΩだからと言っても着床率は下がっていくだろう。出産するまで兄弟に拘っていた脹相だが、いざ母親になると、あの母親ばかりを思うようになった。自分の上の子は死産だったと聞いた。次に魂を持ってできた自分も取り上げられた。もし今の脹相も同じようにされたらと考えると胸の奥が押し潰されそうだった。息子が腹に居たとき、あの感覚だけが彼女と脹相を繋ぐもの。確かに俺はあの母親に愛されていたと、今になってそう感じることが出来たのだ。