ついの棲家③轟轟と音を立てて家が燃える。熱い。ああもう消火も無理だ。兄たちはちゃんと避難しただろうか。
兄は、
兄は、そうだ今は脹相しか居なかった。脹相は、何処に。
悠仁は燃える家に近付こうとする。
熱い。
脹相!
炎の中に人影が見えた。背格好から言って脹相に違いない。
脹相!
人影は悠仁の呼び掛けに振り向くと手を振った。
さよならを言うかのように。
脹相!駄目だ!行くな!戻ってこい!脹相!
悠仁が汗だくで目覚めたのは朝5時。外ではもうセミが鳴き出している。一階に下りて風呂場へ向かう。今日は登校日だから一旦シャワーを浴びたかった。
悠仁が脱衣場から出ると脹相が起き出して顔を洗おうとこちらに向かってくる所だった。
「おはよ」
「おはよう、早いな」
「汗かいたからシャワーしたくて」
「二階は暑そうだな」
「最近夜も暑いよな」
「悠仁の部屋にもエアコンを付けるか」
「これから業者に頼むんじゃ夏終わるんじゃね?」
「むむ……確かに」
それが数日前の会話。
学校は夏休みに入り悠仁は本格的に試験勉強を始めて、リビングに友人を呼んでは共に勉強に励むなどしていた。
脹相と二人、夕飯を食べつつテレビを見ていると今夜も熱帯夜になりそうなので熱中症に注意を、とキャスターが話している。
「悠仁、お兄ちゃんの部屋で一緒に寝るか」
「ん、うえ」
「布団は運んでおいたから、寝たくなったら俺に構わず寝に来たらいい。二階じゃ心配だ」
「あ、リビングのソファーでもいいけど……」
「毎日ソファーじゃ体を痛めるぞ。ちゃんと布団で寝なさい」
加茂家のリビングは普通の家庭のリビングとは違い、昔ながらの洋室、応接室といった体で革張りのソファーを始めペルシャ絨毯が敷かれてあって、エアコンはあるが布団を敷ける空間は無いのだ。
確かに最近暑さのせいか悪夢を見るし、あの何処でも眠れる悠仁が不眠気味でもある。
脹相と……一緒に……。
悠仁は疲れたよく働かない頭で考える。
「じゃあ、まあ、そうしようかな」
脹相の部屋は8帖の広間を二つ使っていた。1つは仕事用で、本棚や仕事机にパソコンがある部屋。もうひとつが寝室でベッドや箪笥がある。エアコンはパソコンの熱対策で設置したもので仕事部屋の方に取り付けてあった。その為、悠仁がスマホの充電器だけ持って訪れた時は襖を開けて二間を繋げた形で寝室の床に悠仁用の布団が敷いてあった。
「涼しっ」
「二階の暑さに気付いてやれなくてすまないな」
「寝ちゃえば気にならねえんだけど、最近は流石にな」
あんな夢を見たし、脹相で一回抜いてしまったけれど、自分の体質的に眠ってしまえば同部屋でも朝まで気にならないはずだ。悠仁はそう考えて布団に入る。そして丑三つ時に脹相に起こされるまでは良かった。
「……悠仁、おい、大丈夫か?悠仁!」
「……っん、う、え?」
脹相に起こされ、飛び起きると、エアコンが稼働していたのにも関わらず汗だくだった。
「魘されていたぞ?変な夢でも見たのか」
「え?……なんも覚えてないや。俺なんか言ってた?」
「「脹相、ごめん」と……」
「それだけ?」
「……こんなことしたくない、お前が悪い、あと……いや、聞き取れなかったな…………悠仁、本当に大丈夫か?何も覚えてないのか?」
「うえ、何そのセリフ……なんも思い出せねえな……煩くてごめんな?」
「そんな事気にするな……悠仁……」
「ん?」
脹相は思い詰めたような顔で悠仁の頬を撫でていたかと思うと、幼い頃そうしたように額同士をくっつけて来た。悠仁の眼前に整った顔がいっぱになる。脹相は目を閉じてしばらくそうしていた。
「大丈夫、大丈夫だ……悠仁は、大丈夫だから」
悠仁は胸の高鳴りを宥めつつ、悲痛な顔を眺めていた。鼻の傷から、泣くようにたらりと血が流れた。