明けの三日月政「午前五時十四分、ご臨終です。」月「そうか。」主はとても可愛い人だった。素直で、良い子で、可愛らしい、初心な幼子。審「みかづきは私が守る!」月「ははは。それは頼もしいなあ。しかし、じじいの世話を一人でできるのか?」審「私はもうお姉さんだもん!子供扱いしないで!」月「ははは。すまんすまん可愛くてついなあ。」審「もー!」いつの記憶だったろうか、一千年も生きてきたためだろうか。主の思い出が薄れるくらいなら、昨日の夕飯の献立を忘れる方が余程マシだ。政「…夜が、明けますね。」月「そうだな。」夜空に瞬いていた星は知らぬ間に眠り始めていた。月「…。」政「…どうされましたか?」月「いや、何でもない。」俺は隣で眠る主の顔を見て言った。月「守ってやれなくて、すまないな…。」
月「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ。」審「わあっ……。」月「…?どうかしたか?」審「あっ!ごめんなさい!えっと、私がこの本丸のさにわです!よろしくお願いします!」月「ははは。こいつはたまげた。ここの審神者はとても元気で可愛らしいのだな。」審「〜〜〜〜っ……!!!」この世界には様々な審神者がいるとは聞いていたが、まさか俺の新しい主が幼女だとは思わなかったな。とても幼く、素直で、なんと愛おしいのだろうか。これからの成長が楽しみだ。広「その辺にしておけ、あまり主をいじめてやるな。」審「まんばちゃん〜…。」月「ははは、これから楽しめそうだ。」
広「三日月、少し良いか。」月「ん〜?」広「お前に話しておくべき事がある。」俺が顕現して数ヶ月が経った頃、山姥切が珍しく俺の元を尋ねてきた。月「こいつは驚いた、山姥切がこうして俺の元に来るなんてな。じじいの世話でもしに来てくれたのか?」広「……。」月「ああ、すまんすまん、帰ろうとしないでくれ。」広「全くお前というやつは…。」改めて彼から聞かされた内容というものは主の余命についてだった。簡潔に言えば、主は自身の持つ霊力の大きさに身体が対応しきれていないのだという。生まれつき身体が弱かったというのもあるらしく、それに加えてまだ幼い自身の小さな身体に見合わないほどの霊力を持ち合わせているが故に、並の人よりも長くは生きられないと政府から忠告されているとのこと。思い返せば心当たりがあった。俺が顕現した翌朝、主は熱を出して一日部屋にこもっていた。俺は、まだ幼い主のことだから体調の変化が起こりやすいのだろうと思っていた。しかし、鶴丸があまりにも主の不調でよく泣いていたので妙だとは思っていたが、そんな事情があったとは。現在は定期的に政府の方で身体検査を行なっているそうで、その度に主は駄々をこねてよく泣いているとのこと。時折主の目と鼻が赤くなっているのはそういうことだったのか。「審「あ!みかづきとまんばちゃん!何のお話してるの?」広「気にするな、ただの雑談だ。」審「まんばちゃんもおじいちゃんになっちゃったの…?」広「ち、違う!!!というか誰にそんなこと教わったんだ……!!」月「ははは。」審「きゃっきゃ」広「全く…。」
貞「流石鶴さん!これなら主も驚いてくれそうだ!」鶴「へへ、そうだろう!」貞「あ、俺さっき主から飴もらってたんだ!鶴さんの分もあるぜ、はい!」鶴「やったーっ!」月「おーこれはこれは。とても賑やかだな、何をしているんだ?」貞「もうすぐ主の誕生日だから飾り付けを一緒に考えてたんだ!」鶴「み、三日月も一緒に考えるか…?」月「ふぅん……それは楽しそうだな。このじじいも交ぜてもらうとするか。」鶴「……っ!」貞「やったな鶴さん!」鶴「おう!」この日は結局日が沈むまで話し合った。太鼓鐘と鶴丸が飾り付けをし、俺は主のプレゼントは何が良いだろうかと考えていた。そして翌朝になり、本丸の皆で主の誕生日を祝った。たくさんの祝いの言葉とプレゼントにはしゃぐ主は、満開の花のような笑顔を見せていた。月「ふむ、そうだな…主。」審「みかづき!どうしたの?」月「今夜、少し良いか?」鶴「夜ふかしは駄目だぞ。」月「心配ない、寝る時間までには戻るさ。」審「わかった!ご飯食べ終わったら一緒に行こ〜。」清「ほんと純粋だよね。」広「それ以上言うな。」清「まだ何も言ってないんだけど!?」
審「ふぁ…。」月「ははは、眠そうだな。」審「お腹いっぱいだから〜…。」月「主が寝てしまう前に済ませなければな。一緒に来てくれるか?見せたいものがあってな。」審「うん〜…。」あまりにも眠そうに眠気眼を擦るので、俺は主を抱き抱えて行くことにした。眠気から、主の体温はとても温かくなっており、思わずこちらも眠気を誘われる。月「さ、着いたぞ。」審「う〜ん…縁側…?」月「そうだ。主、空を見てごらん。」審「わあっ…満月だ!」正確には今日は十五夜ではないので満月とは言い切れないのだが、せっかく今日一日快晴だったため、主と綺麗に見える月を共に見たいと思ったのだ。審「いつもよりすごく光ってる…すごいね、みかづき、すごいね!みかづき、ありがとう!」本当に素直な方だ。眠い時に眠いと言う、嬉しい時に嬉しいと言う。その気持ち、忘れずにこれからも生きて欲しいと思った。月「満月はとても大きなパワーを持っていると聞いた。」審「ほんと?」月「願い事をしてみたら、もしかしたら叶えてくれるかもしれないな。」審「………っ!」主は目を閉じて手を合わせ、月に向かって祈り始めた。その姿は月明かりに照らされてか、いつもの姿と違って淡く幻想的で、触れたら消えてしまいそうなほどに美しく見えた。それは普段の幼子の姿とはかけ離れ、一人の審神者としての立派な姿に俺は鼓動が高鳴るのを感じた。審「お願い…叶うかな…?」月「あ、ああ。叶うさ。…きっと、きっとな。」
あの日以降、月が出る夜は毎晩寝る前に縁側に行き、二人で月の話をした。話を終える頃には主は眠ってしまっているので、俺が主の部屋まで抱き抱えて戻っている。幼子の成長というのはとても早いもので、初めは綿のように軽かった主も、数ヶ月経った頃にはすでに少し重く感じるようになった。こんなことを主に言えばきっと二度と抱かせてもらえないと思うだろうから、これは心の中に秘めている。
審「明けの三日月…?」月「そうだ。」初めて主と共に月を眺めた日から一年が過ぎた頃、俺はいつものように主と月の話をしていた。月「月は満ちては欠ける、という話を前にしただろう?」審「えっと…一ヶ月の最初から満月になっていって、また見えなくなっていっちゃう…やつ…?」月「そんな感じだ。」審「三日月って三日に出てる月でしょ、みかづきの戦闘服みたいな!」月「ははは、そうだな。」審「でもその三日月と何か違うの?」月「普通、月は夜に見えるだろう?しかし、明けの三日月というのはな、夜明け前に少しの間だけ出る三日月のことを言うんだ。」審「初めて知った!」月「出る頃は主はまだ寝ているからな。」審「この間誕生日だったからもうお姉さんになったんだよ!もう早起きできるもん!次見えるのはいつ?」月「運が良いな、ちょうど明日だ。」審「じゃあ明日、夜になったら朝まで一緒に起きてよう!みかづき寝ちゃ駄目だよ?約束ね?」月「あいわかった。」審「ふぁ…。」月「もう寝ることにしようか。ほら、肩に手を。」審「うん〜…。」月「では、部屋に行くぞ。」寝ぼける主のでこにおやすみのキスをして、俺は主を部屋に運んだ。
翌日、定期身体検査のために主は早くに本丸を出た。そして太陽が天辺に昇った頃、政府から知らせが来たと山姥切が尋ねてきた。渡された紙には、至急近侍の呼び出しについて記されていた。月「主に、何かあったのか…?」広「分からん。だが、政府から収集が来るということはそういうことだろう。」月「すぐに行こう。」広「主を、頼んだぞ。」月「うむ。」
政府の元へ辿り着いた俺はすぐさま主の顔を見せろと頼み、疲れて眠っている主の顔を確認してひとまず落ち着いた。政「近侍の三日月宗近ですね。」月「うむ。このじじいに何の用だ。」政「落ち着いて聞いてください。」そう言うと政府は、変わらぬ声色で主の余命について話した。主の持つ霊力が体内で暴発し、生命維持の機能が前回の検診から異常な数値で低下していたことが発覚したこと。よって、この三日のうちに、早くて今夜が山場だということ。ふと、外を見ると太陽は既に沈んでおり、星々が目を覚ました頃だった。月「そいつは困ったな。俺は主と約束があるんだが。」政「しかし、審神者は既に昏睡状態です。こればかりは審神者の体質の問題ですので…。」月「主を悪く言う言い方は感心しないなあ。」政「いえ、そういうつもりでは…。」月「もうよい。すまないが後にしてくれないか。今は主と二人になりたいのだが。」政「かしこまりました、伝えなければいけないこともございますので、後ほどもう一度伺います。」月「うむ。」俺は眠っている主の頭をそっと撫でた。こんなにも穏やかな顔で寝息をたてているというのに、この一瞬でさえ身体の中では暴発した霊力が主の命を奪っていっているとは、到底信じ難い。本当にもう目を覚ましてくれないのか?俺と約束したではないか。俺は今夜、主に伝えたかったことがあったのだ。頼むから、もう一度、目を開けてはくれないか?俺は主にずっと言えなかったことがある。あの日、初めて主と月を見た日、あの日俺は主のことが好きになったんだ。今までは、幼く元気で素直な、可愛く愛らしい孫のように思っていた。だがあの日は、あの日だけはまるで別人に見えたのだ。俺の心が確かに高鳴ったのが聞こえた。惚れたのだと気付いた。しかし、それを伝えても主は俺の本当の気持ちには気付いてくれないだろうと、躊躇してしまったのだ。笑ってしまうだろう?それでも天下五剣かと。愚かな俺を愚弄してくれ。伝えるのが遅くなって本当にすまない。月「主、聞こえているか?」審「……。」月「好きだ…愛しているよ。だから…。」涙が俺の頬を伝って主の頬に落ちた。月「だから…俺から離れないでくれ…そばに…いてくれ…。」そのまま俺は主の手を握ったまま寝落ちてしまった。俺がああ言った後、答えるように軽く手を握られたような気がした。気のせいでも良い。俺の声が届いたなら、それで良い。そう思った。
目が覚めて時計を見ると、もうじき日の入りの時刻になろうとしていた。ちょうどそのタイミングで政府の人が再び、部屋を訪ねてきた。先ほど伝えられなかった事項や、今後の本丸の方針についてをまとめた書類などを持って。話を一通り聞き終えると、主に繋がれた呼吸心拍監視装置からピーという音が聞こえた。心臓が止まったのだ。先ほど流したばかりで、もう涙など出なかった。政「午前五時十四分、ご臨終です。」月「…そうか。」主の顔は変わらずとても穏やかな表情をしており、俺の手も握ったままだった。月「ははは、本当に甘えん坊だなあ。笑い事ではないか…。」もう出ないと思っていた涙が、もう一度、俺の頬を伝った。顔を上げて外を見ると、そこにあった星は眠り始めており、それと同時に見えたものがあった。政「…夜が、明けますね。」月「そうだな。」月「…。」政「…どうされましたか?」月「いや、何でもない。主、見てごらん、あれが明けの三日月だ。見えるか?」俺は隣で眠る主の顔を見て言った。月「約束、守ってやれなくて、すまないな…。」
後日、本丸は解体されることになり、主の遺骨もそこに埋めることにした。本丸の皆で、小さくなった主にお別れをした後、政府によって刀解作業が行われた。本丸が解体された後、主の埋まった地からはとても美しい桜が咲いた。そしてこれは噂だが、明け方にこの桜の木の下に行くと、何かを探すように空を見上げる少女が現れるそうな。