寄せ集め 刹那、笛の音が夜闇に響いた。
『退却だ!』
鋭い音が聞こえるや否や、幾人か後方へと飛び出ていく。
敵に勘づかれた。先に侵入した者に何かしら問題が起こってしまったのだろうか。作戦とは違う状況に緊張が走る。忍術学園生徒である浜守一郎もその1人だった。
先程いた場所よりも少し離れた場所で人が来るのを待つ。一人、二人と、守一郎と同じように紫を纏った忍びが向かってくる。
出会い頭に矢羽音を飛ばすも望む答えは返って来ない
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「私が先に潜入する」
忍術学園の中にある4年生長屋で作戦会議の最中、誰が先陣切って向かうのか話をしようとすると、平滝夜叉丸が我先にと立ち上がった。
「なっ、滝夜叉丸!自分が目立ちたいからって勝手に決めるな!」
「目立って何が悪い!私は忍術学園の中で、教科の成績も1番なら、実技の成績も1番!忍たま期待の星!学園のスーパースター、平滝夜叉丸だぞ?」
「まぁた始まった」
どこからか知らないが、煌びやかさを身に纏い薔薇を口に咥えた滝夜叉丸に綾部喜八郎はうんざりといった風に口を歪めた。
「そもそも!なんで私たちが滝夜叉丸なんかと組まなきゃいけないんだ」
「なんかとは何だ、なんかとは!私はい組の中で代表として、別の組の者と組む命が下りたのだ」
「余り者の"寄せ集め"でしょ」
「喜八郎!」
「まあまあ……。それよりも話を進めないと、僕たちだけ学園に置いてかれちゃうよ」
斉藤タカ丸が宥めると、田村三木ヱ門は溜息をつきながらどっかりと座った。その様はどこか、三木ヱ門の所属する"地獄の"会計委員会委員長、潮江文次郎の面影がある。
「滝夜叉丸が一番最初に潜入したい理由は何?」
「それは勿論!私が忍術学園の中で実技の成績が1番であ」
「"離行の術"を使うからだよ」
「離行の術?」
滝夜叉丸の話に喜八郎が割り込む。
「複数の忍者が忍び込む時の方法。同じ場所から忍術の最も巧みな者が1番先に侵入する。それが成功したことを確認してから、2番目に巧みな忍者が侵入する。最後に1番下手な忍者が入る。この中で実技の成績が良いのは自分だから最初に潜入するって言いたいんだよね?滝夜叉丸」
「私の台詞を奪うな喜八郎!」
「なるほど、滝夜叉丸は先に潜入するっと……メモメモ」
タカ丸は先程の説明から、それほど必要のない情報をメモに綴る。
「うん、忍術も考えて使っていかないといけないかもしれないね。僕たち4年生が潜入するには、少し難しいお城みたいだから」
その言葉に先程までの空気が静まった。学園長先生の突然の思いつきで、4年生に何やら不穏な動きがある"ツブカラカサ城"を調査せよとの命が降りた。また、戦の準備をしている疑いが確信したらば火薬庫を破壊せよとのお達しであった。
ツブカラカサ城は十数年前に落城した城だ。小さく古い城ではあるが、敷地内は広く建造物が複数ある。地図もなく敵がどれ程いるのか分からず終いであった。忍びこめる場所は4箇所。北の水路から"い組"、西の塀から"ろ組"、南の木をつたって"は組"が潜入する。滝夜叉丸たちが潜入するのは東の抜け穴。潜入するには最も難しい箇所に位置していた。タカ丸と三木ヱ門が情報を集め、滝夜叉丸と守一郎は忍具と火薬の手配。喜八郎が抜け穴を調べ調節し、あとは潜入するだけなのだが、未だに作戦は纏まっていなかったのだ。ああでもないこうでもないと考え続け、日が暮れる頃にようやっと作戦は纏まった。
「僕が髪結で雑兵を引きつけてから、滝夜叉丸が抜け穴から敷地内へ潜入する。次に喜八郎。戦の準備をしていることが確認できたら、三木ヱ門がサチコちゃんで火薬庫を破壊する。これで大丈夫かな?」
タカ丸が話を纏めると、
「あ、あのさ!」
1人だけ、名前が上がらなかった守一郎は躊躇いながらも手を挙げた。
「俺はどうすればいい?」
「守一郎は…」
タカ丸は少し困ったような顔をすると、暫し考え込んでから頭を上げた。
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「守一郎」
作戦会議を終え、部屋に戻り布団の準備をしていると、先に布団を敷き終えた三木ヱ門が衝立の先から話しかけた。
「どうしたんだ三木ヱ門」
「悔しいと思わないか?」
その言葉に守一郎は目を瞬かせた。
「悔しい?どうして?」
「今日の作戦についてだ。後方支援はあまり目立たないじゃないか。実践演習でも見るからに守一郎は弱くないだろう?い組に引けを取らないくらいはある。火薬と教科は古いものだからまだしも基礎の知識はあるんだ。もっと前線に出てもいいと、私は思う」
まだ数ヶ月。たった数ヶ月。三木ヱ門は隣で守一郎のことを見ていた。同室として、同じろ組として、仲間として。教科や火薬についてはまだまだだが、実技は強かったのだ。その力を発揮できる機会なのだが、この作戦ではできそうにない。
「……タカ丸さんはちゃんと意図があってそう言ったんじゃないかって思うんだ」
少し間を置いたあと守一郎は天井を見上げて応えた。
「そうか」
ただ一言、三木ヱ門は返した。守一郎が眠ろうと目を閉じるとガサゴソと何かを漁る音がする。身体を起こしたところで衝立がずらされた。
「もしもの為だ」
そう言って手渡された。
「焙烙火矢……?」
「何が起こるかわからないからな。火器が使えなくても1つくらいは護身用に持っておいた方がいい。
まあ、役立つことがなければいいんだがな」
いつもは頼もしげに笑う三木ヱ門が、少し困ったように笑っていた。
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「守一郎!」
「三木ヱ門、タカ丸さん!」
出ようか出まいか、ひとつ上の先輩の様に悩んでいると三木ヱ門とタカ丸が息を切らせながら抜け穴へと滑り込んできた。
「ごめん、罠に引っかかっちゃって戻ってくるの遅くなっちゃった。火薬庫がまだ見つかっていないんだけど、全員退却だって。予想以上に力をつけていたみたい」
「守一郎、他の4年生を見かけたりしてないか?」
いつもより緊迫した雰囲気の2人と未だに見かけていない2人に守一郎は不安感を募らせた。
「わからない。でも、滝夜叉丸と喜八郎が……まだ帰ってきてない」
そう告げた瞬間、すっと、空気が冷えるのを感じた。
「……あんのバカ!」
「三木ヱ門!?」
三木ヱ門の身体がわなわなと震えだしたかと思えば、抜け穴からまた敵地へと向かおうとしていた。咄嗟にタカ丸が忍び口の前に立ち、守一郎が三木ヱ門の身体を抑えこんだ。
「離せ!」
「ダメだ!今行ったら捕まるだけだ!」
「そうだよ、取り残されているのが何人かも分からないし、もしかしたら別の場所にいるのかもしれないよ」
取り押さえること寸刻。諦めたのか、三木ヱ門から身体の力が抜けた。
「……彼奴らが、」
ボソリと聞こえるか否かの声で三木ヱ門は続けて言った。
「彼奴らが直ぐに撤退すると、私は思えない」
その言葉に2人は顔を見合せた。
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刃が弾き合う音に混じり、空を切るような音が聞こえる。
滝夜叉丸と喜八郎は雑兵たちの刃を捌きながら矢羽音で伝え合う。
『まったく、愚かな。敵の簡単な罠に嵌りおって』
『無事に城外へ逃げ出せたみたいだね。後は僕たちが撤退できればいいんだけど』
ちらりと喜八郎は滝夜叉丸の足元を見る。先程、敵に見つかってしまったのであろうは組の1人を助けた時についた傷なのだろうか。滝夜叉丸は何も言わないが、じわりじわりと紫に混じっていく赤に喜八郎は気づいていた。
このままでは逃げられない。
『喜八郎、作戦通り離行の術で撤退するぞ。早く行け』
滝夜叉丸は刀を弾き返し急所を拳で突くと喜八郎に顔を向けた。しかし、
『やだ』
思いもよらない返答に滝夜叉丸は敵地であるのに、はぁ?と口を開けた。
『状況を理解していないのか?!』
『なんかここの土、気に入ったんだよね。先に行って』
『こんな時でも落とし穴を掘るか考えているバヤイか!』
滝夜叉丸がツッコミをいれると同時に、喜八郎は視界の端から飛んできた石を背負っていた踏鋤で弾き返すが勢いが強く、後退りする。
「ぐっ……!」
「この……っ!」
滝夜叉丸はすかさず戦輪を飛ばすも影は避ける。
「一体、どこに……」
次いで鉤縄が後方から飛んでくる。滝夜叉丸と喜八郎は反応が遅れ、
後頭部に鈍い音が響くと共に互いの視界は暗転した。
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「やっぱり、戻っていないのは滝夜叉丸と喜八郎だけみたいだな」
城に1番近い地蔵には五色米が置かれていた。米の配置と色を読み取り、三木ヱ門は眉をひそめた。
「新しい情報がある。戦を始めようとしているのは確定だ。雇われたのか、フリーなのかは分からないが…強い忍者がいる」
「ま、まさか……」
「その忍者に滝夜叉丸と喜八郎が捕まってるかもしれないってことか?!」
「守一郎、声が大きいっ」
「わ、悪い……」
慌てて守一郎は口を塞ぐ。タカ丸はどうしようと唸り始め、三木ヱ門はただただ黙って下を向くだけだった。
「……ほかの上級生や先生が来るまで、僕たちは待機するしかないのかな」
沈む空気の中、声を上げたのはタカ丸だった。
「なにか……っなにか、僕たちにできることはないのかな?」
「無理ですよ。タカ丸さんも分かってるでしょう」
この人数で攻め入ったのに火薬庫についての情報は無い。滝夜叉丸と喜八郎も何処にいるのか、はたまた捕らえられているのかすらも分からない。
だが、待っている間にもしかしたら取り返しのつかないことになるやもしれない。正直、助けに行きたいところだがこちらは火器使いと編入生2人。勝ち目は無いに等しい。三木ヱ門はぐっと拳を握り、タカ丸は目を伏せた。
「……三木ヱ門、タカ丸さん」
珍しく守一郎が静かに名前を呼ぶ。
その手には得意武器である南蛮鈎が握られていた。
「俺の作戦を聞いてくれないか?」
その目には強い意志が宿っていた。
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「い、っててて……」
鈍い痛みに滝夜叉丸は目を開けた。カビ臭い。時折水がしたたり落ちる音が聞こえる。音や冷たさでわかる。ここは地下牢だ。ご丁寧にも手を拘束されている。辺りを見渡すと、滝夜叉丸は背後に転がされている喜八郎に気づいた。
「おい、喜八郎、喜八郎……っ!」
軽く揺さぶるも、反応のない喜八郎に滝夜叉丸は小声ながらも強く呼びかけた。
何度目かの揺さぶりに、気だるそうな声と共に綾部は目を開けた。
「…うるさい、滝夜叉丸…。頭、痛い……」
「起きたか。どうやら私たちは捕まってしまったようだ」
「そうみたいだね」
「これからどうするか、また策を練らねば」
痛みのせいか、予測が着いたせいか。喜八郎は顔を顰めた。
「どうして?先生方を待てばいいじゃない。三木ヱ門とタカ丸さん、それに今回は守一郎もいるから報告は必ずいってるはず」
「阿呆。それだと私の面目が立たないだろう。それに、まだ火薬庫を壊していないではないか。このままだとボロボロで帰ってきた私をみて、くノ一たちが悲しんでしまう!!そして先生方もあの滝夜叉丸が失敗とは何事かと心配になり…学園全体が悲しんでしまう…!はぁ…っ!乱太郎、きり丸、しんベヱなんぞ、心配で魂が抜けでてしまうかもしれないな」
「あっそ」
ぐだぐだと述べる滝夜叉丸を余所目に喜八郎は全体を見渡す。持っていた踏鋤と滝夜叉丸の戦輪は牢の外側に置いてある。しころは取り出せない。かと言って縄抜けの術は出来そうにもないほど硬く結ばれている。
詰みだ。
「無理だね。諦めて救助を待とう」
「なに?!」
喜八郎が再び目を閉じようとすると滝夜叉丸がわっと声を上げた。
「無理では無い!足は動かせるのだから、なにか1つくらいは出来ることがあるはずだ。第一、お前が早く逃げなかったから2人で捕まったんだろう」
「はぁ?」
じろりと滝夜叉丸を見る。
「よく足に傷をつけてそんなこと言えたね。あの場の状況で先に逃げるべきは滝夜叉丸だったよ」
「な、なにぃ!?こんなものかすり傷だ。気にするほどでは無い!」
「ふーん、かすり傷とは思えなかったけど?」
「なにを……っ……」
かつん、と石畳を踏む音がした。喜八郎と滝夜叉丸は言い合いを止め、耳を傾けた。誰かがこちらに向かってくる。3人…いや4人か。
下りてきたその人物に2人は目を丸くしたのであった。
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敷地内は静まり返っていた。一刻程前まであんなに騒いでいたのに、もう警戒を解いたのだろうか。たまごと言えど、忍びが何人も侵入していたというのに。
三木ヱ門はなにか違和感を覚えながらも、暗がりの中から危険がないか感覚を研ぎ澄ます。
『いる』
先導を切っていた守一郎から矢羽音が飛んできた。
確かに雑兵の格好をした男が立っている。
『作戦通りに』
頷き合い、武器を構える。
夜闇に紛れ守一郎は背を低くし駆けた。その後ろをタカ丸が続く。
「なっ、なんだお前は…!ぐっ、」
「ちょきちょきちょき〜…!」
寸刻。間の抜けた声と共に地に倒れ伏した音が聞こえ、三木ヱ門は苦無を構えたままゆっくりと近づいた。目に入ってきた光景に一息を着く。
『うまくいったな』
守一郎の南蛮鉤が雑兵の腕を地面に捕らえていた。
『すごいね守一郎。作戦通りだよ』
タカ丸はハサミと櫛を手に満足そうにしていた。
守一郎が提案した作戦は有効的だった。
守一郎・タカ丸・三木ヱ門の順で敷地内に再び潜入し、敵を見つけたら守一郎が南蛮鉤で捕らえ、タカ丸が得意の髪結で戦意を削ぐ。後方からの危険がないか三木ヱ門が構え、火薬庫が見つかり次第破壊する。一人ひとり確実に戦力を削ぎ、力を奪う作戦だった。
「危険すぎる」
当初こそ三木ヱ門は反対していた。敵の意表をついて攻撃する奇兵など、警戒されているのに出来るわけがないと考えていた。ましてや転入生2人が突撃を担うなど。作戦を聞いたタカ丸も不安そうな顔をしていた。
しかし、
「もし作戦が通じなかったら、俺を置いて逃げてくれていい。でも、何もしないより俺にできることをしたい……!」
こうして作戦は実行されたのだが、今のところ綻びは無い。闇夜は暗く、明かりもないのでよく見えないが倒れているのを確認する限り、タカ丸の髪結も成功しているのだろう。これより先は松明の光が強い。確実に奇兵を仕掛けることが難しくなる。
『……今だ』
先ずは1人でいる兵に目をつけ、先程と同じように背後から突撃する。どさりと地面に倒れた敵兵の灯りに照らされた顔を見て3人は驚愕したのであった。
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「ご機嫌いかがかな?忍術学園、4年い組のお二人さん」
何度も聞いたその声に喜八郎と滝夜叉丸は驚きの声を上げた。
「お、おまえは…!」
「稗田八方斎!!」
「如何にも」
八宝菜は牢の前に立ちはだかった。
「私は ドクタケ忍者隊首領 稗田八方斎であーる!」
「知ってます」
その言葉に、ほか3人のドクタケ忍者がサングラス越しにぎろりと睨むのだが喜八郎はお構い無しと言った様子だ。
「綾部喜八郎。これはお約束と言うやつなのだ。読者諸君にも分かりやすいようにと自己紹介をしているのだ。この作者の描く物語で、なんだかんだワシが遂に!初登場したのだー!ハーッハッハッハ!!おっとととと…」
胸を反らし高らかに笑ったもので、八宝斎は石畳に大きな頭をぶつけそうになった。流石ドクタケ忍者隊。手馴れた様子で八宝斎の頭を支えた。
「どうしてドクタケ忍者隊が?」
滝夜叉丸がそう疑問に思うことを聞くと、八宝斎はニヤリと口角を上げた。
「よくぞ聞いてくれた平滝夜叉丸。何故、我らがドクタケ忍者隊がツブカラカサ城にいるのかというと……"かもふらぁじゅ"の為である」
「鴨?」
「振ら獣?」
「鴨ではない!振ら獣ってなんだ…ケモノがフラダンスでもしているのか?…こほん、…言うなれば隠行の術である。我々ドクタケ忍者隊は領地を広げるべく、敢えて!全く関係のなかったツブカラカサ城を乗っ取り隠れ、戦の準備をしていたのだ!」
「否、そうではなく」
一通り説明をした八宝斎の言葉を折ったのは滝夜叉丸だった。否、とされた八宝斎はだはぁっと声を上げながら倒れ、起き上がった。これもまたお約束なのである。
「そうではない、とはどういうことだ?」
「私が聞きたいのは、ドクタケ忍者隊がどうして私たちを捕らえることができたのかを聞きたいのです」
滝夜叉丸の目には探究心の光が宿っている。
「私が、簡単にドクタケ忍者なんぞに捕まってしまったなど!恥ずかしくて忍術学園に帰れない!」
別の心が宿っていたようだ。
「失礼な奴だな…」
「まあまあ、仮にも忍者のたまご。忍術学園の良い子にドクタケ忍者隊がどのような素晴らしい策を練ったのか、教えてやろうじゃないか」
ドクタケ忍者が眉根を寄せてぼやくも、気を良くした八宝斎は宥めた。
「その、策とは…?」
「くくく…その策とはずばり…」
滝夜叉丸と喜八郎が固唾を呑むと、八宝斎はようやく口を開いたのだった。
「ドクタケ忍者隊センチュリーシリーズ助っ人作戦だ」
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髪の1本1本が小花にされた頭。
顔には見覚えのあるサングラス。
3人は顔を見合わせた。なぜこんな所にドクタケ忍者が?これまで暗闇で奇兵をかけた相手もドクタケ忍者だったのか?なぜタカ丸さんは髪の1本1本を小花に?
謎は止まらないが、時も止まらない。
3人は何度か奇兵を仕掛けながらも、城内へと潜入する。その何人かも全てがドクタケ忍者だった。
「忍者ってドクタケ忍者…!?」
かつて客間であったろう一室に着くと、守一郎を筆頭に小声で堰を切ったように話し始めた。
「なんでドクタケ忍者隊がここに……?!」
「ツブカラカサ城って十数年も前に落城したんでしょう?何か関わりがあったのかな……?」
「……落城して誰も近寄らないツブカラカサ城で身を隠し、戦の準備をするつもりなのかもしれない」
ドクタケ城は戦好きの悪い城。様々な城に戦を仕掛けたり、2つの城を戦わせたりするなど、領土を奪い取っていくのだ。4年生も幾度か戦う機会もあったのだがドクタケに捕まる事は殆どない。ならば
「もしかしたら、強力な協力者がいるのかもしれない」
「んくっ……っ」
「だめだよ、守一郎。我慢して」
三木ヱ門の言葉に守一郎は身体を震わせ、タカ丸はそんな守一郎の口を手で抑えた。
「とにかく、今は2人を取り戻すことが最優先。謎の協力者にも気をつけながら、先へ進もう」
正直、ドクタケ忍者と戦うのもやっとのタカ丸にとって、それ以上の力を持つ協力者は恐ろしい。再びハサミを落とさぬようにとしっかり持ち直した。
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「ドクタケ忍者隊センチュリーシリーズ…」
「また厄介なものが居たもんだね」
八宝斎の言う策とは、「普段は城主に仕えるエリート忍者、「ドクタケ忍者隊センチュリーシリーズ」の一員に協力してもらう」と言った策だった。ただ、追っ払うだけのつもりだったのと、ギャラを払えそうになかったので寸刻だけ……滝夜叉丸と喜八郎を捕え牢に放り込んだところで帰ってしまったようだ。以前5年生と6年生から戦ったと聞いてはいたが、まさかこんな所で相見えるとは。詳しいことをもっと聞き出したかったが、
八宝斎が「こんな所で喋ってるばやいでは無かった。忍術学園の者が潜入したとなれば、早く戦の準備をしなければ」と言い出しスタコラサッサと効果音を残して行ってしまった。
「気配に気づいていたか?喜八郎」
「ぜーんぜん。飛んできた石を踏子ちゃんで受け止めるまで気づかなかった」
「一瞬だったな。……実は情けないことに、私も気づかなかった」
その言葉に喜八郎は滝夜叉丸に目を向けた。彼が自分に対して"情けない"など吐くのは珍しいことだった。
「足に傷を負ったのは分かっていたのだが、いつ付けられたかのか分からなかった。もしこの傷が、ドクタケのエリート忍者に付けられたものだとしたら、あの時よりずっと前から後を着けられていたのかもしれない。気づくことが出来なかった自分が情けない」
目を伏せる。もっと早く気づいていれば、何か変わったのかもしれない。捕まることも無く、無事に忍術学園へと5人で帰ることが出来たのかもしれない。
「じゃあ、もっと強くなれるね」
喜八郎が静かにそう言うと、滝夜叉丸は顔を上げた。
「僕の同室は美しさのためなら幾らでも努力する。そういう奴だ」
「……もちろんだ。私は忍術学園一のスターであるからな!」
「その声、もしかして滝夜叉丸?」
突如発せられた3人目の声に2人はギョッとする。が、その声は暖かく落ち着くものだった。
「「タカ丸さん…っ!」」
「良かった〜。2人とも、怪我してない?今開けるね」
牢の外にタカ丸は降り立つと錣(しころ)を取り出し、いそいそと鍵を壊しにかかった。
「滝夜叉丸が足を怪我してる。血は止まってるけど応急処置はしておいた方がいいかもね」
「私はそんなにヤワな男では無い」
「それはそうと、タカ丸さん何故おひとりで?」
「僕一人じゃないよ」
牢が開くと次いで錣を使い2人の縄を切っていく。
「守一郎と三木ヱ門。2人ともこっちに敵が来ないか見張っててくれてるんだ」
「え?それじゃあつまり、先生方に誰も報告してないって事ですか?」
「おやまぁ」
「あはは、そういうことになるね。帰ってこないから先生方も気づいてそうだけど」
縄から解放され、2人は牢を出た。自分の武器である踏鋤と戦輪を手にする。僅かに見える灯りと出入口から守一郎と三木ヱ門の背中が見える。
ようやっと、また5人揃うことが出来たのだった。
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「よし。2人とも無事見つけることが出来たから忍術学園に帰ろう。滝夜叉丸は足を怪我してるから無理しないこと。4人でできるだけサポートして、」
「待ってくださいタカ丸さん」
静止したのは滝夜叉丸だった。
「どうした、滝夜叉丸。また牢に入りたいのか?」
「私は優秀ない組だからもう牢に入ることは無い。そして、優秀だからこそ、火薬庫を壊すことを忘れていないのだ」
「なんだとっ……!?私も忘れていない。何のためにサチコを連れてきたと思ってるんだっ」
「いつもの散歩かと思っていた」
「このっ、滝夜叉丸…!」
「ま、まあまあ…三木ヱ門落ち着いて」
始まろうとしていたお馴染みの光景にほっとしつつ苦笑いしながら守一郎は止めた。
「確かにドクタケが戦を始めようとしてるなら止めた方がいいけど、……出来るのかな、火薬庫も見つかってないし」
戦の準備をしようとしているのは確実なのだが、肝心の火薬庫は未だに見つかっていなかったのだ。そもそも火薬は運ばれているのかすら疑問になっていた。火薬はいつか運ばれる。その間この城は都合の良い隠れ蓑としてドクタケが好きに使われてしまう。この城にも確かに歴史が、思い出が残されているのだ。しかし今、侵略され跡形もなく消えようとしている。それがどんなに怒りを覚えることか、どんなに悲しいことか。守一郎はよく知っている。それは同室となった三木ヱ門にも伝わっていた。
「なにを弱音を吐いている暇がある」
目を瞬かせる。
「私を誰だと思ってる?教科も優秀ながら、過激な火器にかけては忍術学園ナンバーワン!学園のアイドル!田村三木ヱ門だ」
そう言って、三木ヱ門はサチコを胸の前に掲げた。
「ドクタケの策略なんか、この私がサチコで撃ち抜いてやる」
━━━━━━━━━━━━━━━
「おおい!なんだこれはどういうことだァ?」
「起きろ、大丈夫か!?なんっだその髪!」
城内では倒れているドクタケ忍者に気づいたのかまたひと騒ぎが起きている。そんな中暗闇をつたい、5人はそれぞれの道を北西へと駆け抜けていく。
「火薬庫がわからないのに、どう破壊するつもりなの?」
喜八郎の声に三木ヱ門はサチコを持ち直し撃つふりをする。
「ドクタケ忍者を無力化するために、兵糧などを置いている倉を……撃つ……!」
「ま、待って、好きに戦うとお城が崩れちゃうかもしれないよ。それに三木ヱ門の負担が大きいと思うんだ」
タカ丸は1度その作戦を止める。考え込んでいる間に滝夜叉丸が矢羽音越しに三木ヱ門に突っかかり、三木ヱ門がそれに乗っかってしまっているが、今は考えなくてはと集中させる。どこかで似たような状況を聞いたような……
「……守一郎、」
「はい」
おろおろと喧嘩を止めようとしていた守一郎だったが行き場のない手をそのままにタカ丸の方へと顔を向けた
「守一郎なら知ってるかなって。敵がお城から居なくなる…お城に住むことが出来なくなる方法」
タカ丸は少し視線を下げて、申し訳なさそうに言った。なんとなく、自分に聞きづらいことをタカ丸さんは意を決して言ったんだと、守一郎は感じ取ったのだった。
「……井戸を破壊するんです」
蘇るのは数ヶ月前。忍術学園に入るよりも前のこと。
「ホドホド城は井戸が壊れて、籠城出来なくなったんです」
兵糧が伝えられた情報よりも先にホドホド城から運び出された。早くに籠城戦が終わってしまい、巻き込んでしまった忍術学園の生徒や教師に別れを告げるべく城から撤退した。
「水の手が絶たれれば、無力化したのも同然だ」
城外からでも井戸が壊れたと分かるほど、水が飛び出ているのが見えたあの日のことは忘れられない。
「…教えてくれてありがとう、守一郎」
「井戸なら北西で見たよ」
話を聞いていたのか喜八郎が話に割り込む。
「抜け穴が崩れないようにって調査してたら偶然井戸のところまで掘っちゃったんだよね」
「それだ!」
その話に次は滝夜叉丸が割り込んだ。いつの間にか三木ヱ門もサチコを手に真剣な顔を向けていた。
「滝夜叉丸、それってどれのこと?」
「フフフ…よくぞ聞いてくれましたタカ丸さん。それとは…」
井戸より少し遠いところで喜八郎は追手を振り切りながら、罠を仕掛け続けた。井戸に近づかれないよう木と木、時に自分でほった穴を伝い仕掛け続けた。
守一郎も同様、井戸によりは近いところで仕掛け罠を施していた。70年程前のマツホド忍者の知識を使っての罠は草木を使うものが多く気づかれにくい。
滝夜叉丸、タカ丸はサチコを持った三木ヱ門を先導するように、遅れて井戸へと向かっていた。ドクタケ忍者は数が多い。居場所を報告される前にと一人、また一人と狩っていく。
しかし、敵はドクタケ忍者多数。数では勝てないのだ。
「うわっ、!」
「タカ丸さんっ」
ハサミが弾かれタカ丸が体勢を崩す。すかさず滝夜叉丸が戦輪を投げる。戦輪の美しい軌道と威力にドクタケ忍者は翻弄されるが、2人で捌くには厳しいものがあった。
せめて、せめて三木ヱ門から注意を反らせればと覚悟を決めたその時、
「伏せろ!!」
聞きなれた声が聞こえるや否や、共に地に伏せると爆薬が空に舞った。
「今当たるところだったぞ?!」
「タカ丸さん、大丈夫ですか?」
「ありがとう、三木ヱ門。たすかったよ」
「私の心配は?!」
手持ちの焙烙火矢でかなりの人数を無力化することは出来たが爆音に騒ぎが強まる。目配せをしまた夜闇を走った。夜明けが来る前に破壊しなければ。
少ない焙烙火矢を使いながら、なんとか井戸へと近づくことが出来た。
その印に地面に枝の刺さった落ち葉があった。
ひょいと飛び越えると、後ろから追ってきていたドクタケ忍者たちが雄叫びを上げながら穴の中へと落ちていった。
「だぁいせいこ〜」
木の上から気の抜けるような声を出しているのは落とし穴を掘った喜八郎だった。あの寸刻で深い穴を掘ることができるとは”穴掘り小僧”と呼ばれるだけある。
別の方角からもなにやら叫び声が聞こえるがこれは守一郎が仕掛けた罠によるものなのだろう。彼の作る仕掛け罠は古き知識ではあるが竹や石などを使うため、見つけづらい。数多の罠に翻弄されるドクタケ忍者隊にタカ丸は気の毒に感じていた。
『井戸だ!』
滝夜叉丸の矢羽音にハッと三木ヱ門は敵から前方へと集中を向けた。ぐっと手にしているサチコを構えた。
焙烙火矢が発射する迄時間を要する。サチコを設置する三木ヱ門を護る体制に入る。罠を突破するドクタケ忍者が近づく度に滝夜叉丸が輪子を舞わせる。タカ丸と守一郎が応戦し、喜八郎は踏子を武器として用いた。
しかしもう十分かと思う時間が経っても発射されない。
ちらりと喜八郎が三木ヱ門の方へと目を向けると理由は直ぐにわかった。
「くそ……!どうして…」
焙烙火矢が不発となっている。それでも何とかしようと三木ヱ門は奮闘していたが、焦りにより手が上手くいかない様子だった。焙烙火矢が本当に不発弾なのだとしたら、新しい物が必要だ。
『守一郎!焙烙火矢!』
喜八郎の矢羽音に守一郎は懐に忍ばせていた焙烙火矢を喜八郎に投げた。投げられた焙烙火矢を喜八郎は踏子で三木ヱ門目掛けて打った。
焙烙火矢が弧を描いて飛んでいく。何人かのドクタケ忍者が気づき慌ただしく「焙烙火矢だ!!」と喚きながらあちこちへと散っていく。
「三木ヱ門!」
それに気づいた滝夜叉丸が咄嗟に名前を呼ぶと、丁度三木ヱ門の手に焙烙火矢が収まったところだった。
素早く焙烙火矢を木砲のサチコに入れ、火薬に火をつける。
「ファイヤーッ!!!」
ドンッと
空気が揺れた。
瞬間、轟音と共に井戸が崩れた。
━━━━━━━━━━━━━━━
「忍務……成功だな!」
「当然。私がいるからには成功しなくてはな」
塀の上に座り、誇らしげな顔を5人は浮かべた。いつもは滝夜叉丸の小言に反応する三木ヱ門だったが実習を成功したのがよほど嬉しいようだ。
「守一郎の作戦のおかげだね」
「ありがとうございます!」
タカ丸がそう言うと、守一郎ははにかんだ。
塀の上から降りると木の枝に暗号が吊るされていた。実技担当教師のものだろう。
暗号をみんなで確認すると忍術学園へと足を向けた。
「残念だったなぁ」
ふと喜八郎が呟いた。
「本当に気に入ってたのにな。あの城の土」