自分の宝物…の段! ぽかぽかと暖かな日差しと爽やかな風が舞い込む教室は心地よく、更に教科書をめくる音は眠気を誘う。
「このことから、忍者は情報を探るときには山伏や商人などの諸国を巡る人々の格好で情報を探るのである。次に、情報を探る時の……」
カーンカーンと鐘の音が空に響いた。キリの良いところで授業が終わり、ウトウトとしていた子どもたちは目を覚ます。
「本日の授業はここまで!」
「「ありがとうございました!!」」
授業の終わりの言葉と共に子どもたちの明るい声が一年は組の教室に響いた。
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「今日も心地よくてつい寝ちゃったよ」
「土井先生も半ば諦めて授業してたよね」
福富しんべヱは涎を拭きながら笑い、猪名寺乱太郎は眉を八の字にして笑った。
「どうもこんなに心地よくっちゃ、仕方がないよな」
摂津のきり丸はうんっと背伸びをしながら立ち上がる。
無理もない。実技の授業が教科の授業の前にあると、疲れて教科書の文字を追うことも難しいのだ。
(実技の授業がなくても難しいというのに。)
一年は組の頭脳と言われる黒木庄左ヱ門ですらもこっくり、こっくりと頭が揺れていたのを隣に座っていた二郭伊助と夢前三治郎に指摘され、参ったなと言うように笑っていた。
「午後の授業も終わったことだし、何して遊ぼうか?」
「そうだなぁ」
乱太郎の声にきり丸としんベヱはどんな遊びをしようか思案する。
「御飯の時間まで、お昼寝するのは?」
「思いきって走るのもいいよね!追いかけっことか!」
「それは乱太郎が好きな事だろ?しんベヱもさっき寝たのにまた寝るのかよ」
乱太郎もしんベヱも自分の好きな事をしたい様子できり丸は苦笑する。
「じゃあ、きり丸は何して遊びたいの?」
「え、オレはやっぱり…銭勘定かな!うひゃひゃっ」
「もう、それはきりちゃんの好きな事じゃない」
すっかり目が銭に変わったきり丸を見て今度は乱太郎としんベヱが苦笑する。
と、そんな穏やかな空気をドタバタと走る足音と乾いた音が一変させる。
「宿題を出すのを忘れていた!!」
スパンッと教室の戸を開くと同時に声をあげた土井半助に一年は組の生徒はずっこけた。
「ど、土井せんせぇ…宿題はもう明日発表したらいいじゃないですかぁ?」
「それがそういう訳にもいかないんだ」
きり丸の言葉に土井は応える。
「この宿題は1年生全員が行うものなんだ。うかうかしていると遅れを取って、また、補習に……う、考えるだけで胃が……」
みぞおち辺りに手を当てさする。今日も彼の胃は絶不調のようだ。
「それで、その宿題とはどの様なものなのですか?」
「相変わらず」
「庄ちゃんは」
「冷静ね」
冷静に聞く庄左ヱ門に加藤団蔵、佐竹虎若、皆本金吾がお決まりの言葉を続けた。
「先程も言った通り、今回の宿題は1年生全員が行うもので『上級生の宝物を探れ』というものだ」
「上級生の宝物???」
「そうだ。但し、1度応えた上級生にはもう聞くことができないので"早い者勝ち"という事だ」
「「え〜?!!」」
一年は組の教室は先程の穏やかなざわめきとは打って変わってしまったのであった。
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「あーーーんもう、やっぱり伏木蔵に先を越された〜」
乱太郎は同じ委員会である1年ろ組の鶴町伏木蔵がvサインをする顔を思い浮かべながら、なくなく廊下を歩いていた。宿題を聞いたあとの一年は組は早かった。各々自分の所属する委員会の先輩や普段お世話になっている先輩の元へと我先にと言わんばかりに駆け出したのだ。
乱太郎も"風雲小僧"といわれるだけあって駆け出す足は誰よりも速かったのだが、
道中4年生の綾部喜八郎の作った落とし穴に落ち、
通りがかった6年生の食満留三郎に助けてもらい、ついでに宿題を聞こうとすると笹山兵太夫のカラクリに引っ掛かり引き離され、やっとの思いで乱太郎の所属する保健委員会の委員長である善法寺伊作の元に辿り着いたのだが
"伊作先輩!角角鹿鹿……で宝物についてお聞かせください!"
"乱太郎……実はさっき、伏木蔵に聞かれて答えたばかりなんだ"
「うぅ……なんて、不運……」
"不運小僧"の名も伊達ではない。
教室の窓から校庭を見下ろすと、井桁模様と丸模様の浅葱色が深緑や群青、紫と共にいるのがちらほら見える。
乱太郎も決して宛が無いわけではないのだが、殆どの先輩方は既に聞かれているだろうし、
校舎の奥の方で一人、ポーズの練習をしている4年生の平滝夜叉丸を見つけたはいいものの
「滝夜叉丸先輩はお話すると長いからなぁ」
ぐだぐだ〜ぐだぐだ〜と話をする滝夜叉丸を想像する。それはそうと滝夜叉丸先輩の宝物はなんだろうか。自信満々に
"宝物?私に決まってる!スターとはどんな時でも輝くもの…つまり!忍術学園の中で、教科の成績も1番なら、実技の成績も1番!忍たま期待の星!学園のスーパースター、平滝夜叉丸。そう、私こそが宝なのだー!"
と答えそうなものなのだが、意外と別のものだったりするのだろうか。乱太郎が想像上にいる滝夜叉丸にげんなりしていると
「乱太郎」
「あれ、きり丸」
きり丸が教室に入ってきたのだ。窓まで来ると乱太郎と同じように外を眺めだした。風がサラリと2人の髪を撫でる。
「きり丸は宿題終わった?」
「いんや。終わってない」
当然と言うようにきり丸は言った。
「中在家先輩は怪士丸が先に聞いてて、雷蔵先輩は古書の買い出しに外出中だってさ。だから待っていようと思って」
きり丸の所属している図書委員会の上級生は5年ろ組の不破雷蔵先輩と委員長の中在家長次の2人だ。1年生はろ組のニノ坪怪士丸ときり丸の2人なので宿題に困ることもないだろうと乱太郎は思っていたが、必ずしも学園にいる訳では無いのだ。上級生ならば尚更、実習や忍務のために外出することも多くなる。
「聞くだけなら簡単だって思ったのにぃ」
「乱太郎は伊作先輩の宝物が何か聞いた?」
「え?うん。宿題としては提出できないけど教えてくれたよ」
「オレも中在家先輩に聞いたんだけど」
きり丸は自分の掌を乱太郎に見せた。
「手?」
「いや、多分違うだろうけど『そのうち分かる。もそ…』って言われたんだ」
「うーん……手、掌…なんだろう……?」
きり丸は掌を次に自分に向けた。自分の掌を中在家先輩の大きな掌と重ねて見る。
「中在家先輩の掌にはマメやタコがいっぱいあったんだ」
鍛錬や武器の練習で出来たものなのだろう。一体どれほどの努力がマメやタコに宿っているのだろうか。きり丸には分からなかったが、掌からの熱や厚さから確かに感じとれるものはあったのだ。
「豆と蛸?」
「しんベヱ」
ジュルリと涎を啜る音に振り返るとしんベヱが立っていた。
「豆と蛸じゃなくて、マメやタコね」
「違うの?」
「掌にできるマメとタコのことを言ってんの」
「あはは勘違い、勘違い」
乱太郎が説明するも、こてんと首を傾げたしんベヱにきり丸が次いで説明するとしんベヱは頭をかいた。
「それより、御飯食べに食堂へ行こうよ。僕もうお腹すいちゃった」
窓の外ではいつの間にか陽が傾き、青い空は赤く染まり始めていた。カァカァと遠くから鴉の帰ろうという声も聞こえる。
「そうだね。きり丸、雷蔵先輩も直に帰ってくるだろうから先に御飯食べに行こう」
「そうだな」
「今日のメニュー、なんだろう〜」
乱太郎、きり丸、しんベヱが夕食を食べ、お風呂に入った頃には宿題のことなど忘れ眠りにつくことは想像にも容易いだろう。
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乱太郎ときり丸が宿題のことを思い出したのは
「あー!忘れてたー!」
「やっぱり…」
次の日、教科の授業が開始してから数分後のことだった。
「昨日は外出していた上級生も何人かいたようだし、仕方がないか。2人には別の宿題を用意してあるから、明後日には提出するように」
土井はやれやれと言ったように生徒から集めた宿題を整えた。乱太郎ときり丸はその言葉に目をぱちくりさせた。
「土井先生、今」
「2人って言いましたか?」
「ん?そうだ。猪名寺乱太郎、摂津のきり丸。宿題を出していないのはお前たちだけだ」
2人は双方からしんベヱを見つめた。
「しんベヱ、宿題やったの!?」
「一体誰に聞いたんだ!」
「え?立花先輩だよ」
驚く2人に対してしんベヱは不思議そうな顔で応えた。
「最初は4年生の浜守一郎先輩に聞こうと思ったんだけど、外出してて……困ってたら喜三太が、立花先輩はどう?って言うから一緒に聞きに行ったら教えてくれたの」
どこか嬉しそうに言うしんベヱに横から喜三太が「ねー」と相槌を打ってきた。
斯くして、一年は組の宿題は乱太郎ときり丸以外は全員提出したのであった。
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「まさかしんベヱが宿題をしていたなんてな」
「びっくりしたよね。てっきり私たちと一緒に忘れたと思ってた」
乱太郎ときり丸は別の宿題を受け取り、土井の部屋を出ると顔を見合せた。
別の宿題とは作文であった。
「自分の宝物について、作文しなさい」
という内容だった。
なんだ、こんなものかといざ筆を取ってみると、何を書けばいいのか分からなくなってしまった。
きり丸なら銭のことを書くんだろうなと横目で見ると同じように、きり丸も机の上の作文用紙を目の前にうんうんと唸っていたのだ。
あのきり丸が宝物についての作文に銭のことを書いていないだなんて!と思い、ちらりときり丸の用紙を見ると内容の横に小さく
「※銭のことは書かないように」
と書かれていた。
「うわっ、なんだよ乱太郎。自分の宿題は終わったのかよ」
「ああえっと、私も何書けばいいのか分からなくって盗み見るつもりは…!」
怪訝そうな顔を向けるきり丸に乱太郎は慌てて言い訳をした。さすが土井先生。きり丸のことをよく分かってらっしゃる。
「宝物っていざ聞かれると何答えていいのか分からないね。思い返すと1個に決められなくて」
「例えば?」
「うーん、初めて委員会で綺麗に巻けた包帯とか、初めて貰った押し花の栞とか、とーちゃんとかーちゃんからの手紙とか」
乱太郎はたくさんあるうちの一つを決められなかった。あれもこれもと考えているうちに、どれも大切なものだと気づいていく。大切なものが沢山あって、一つひとつが大事な宝物なのだ。
「銭以外の宝物か……」
きり丸がポツリと声を漏らす。その目には何が映っているのだろう。
乱太郎は暫くきり丸を見つめてから、よしっと声をあげ立ち上がると筆を片付け始めた。
「乱太郎?宿題どうするんだよ」
「ふふふ…ねぇ、きりちゃん」
乱太郎はくるりと身体ごときり丸の方を向くと、いつもの笑顔を向けた。
「一緒にお出かけしない?」
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町はいつも通り賑やかな様子だった。ここのところ戦もなく平和な日々が続いているのもその理由だろう。その平和の裏で様々な人や物事が起きているのも知らずに。
「それで?どうして乱太郎は急に町に来たがったんだよ」
「えー?きり丸は私とただのお出かけするのは嫌だった?」
「タダァ?!あっへぇあっへぇ」
「きりちゃんったら……」
"単なる"という意味で使った言葉だったのだがきり丸は"無料の"という意味で受け取ってしまったらしい。まあそういう意味で捉えてもらってもいいのだが。
乱太郎は歩きながらチラリときり丸の様子を見る。別段、一緒に出かけるのは初めてのことでもない。いつもはアルバイトの為やお使いの為、美味しいものを食べに行く為等、なにかしら理由があって町に出向くことはあったのだが、ふらっと2人きりで出掛けるのは久しぶりだった。
「お、初めて見るメニューだ。帰ったらしんベヱ達に教えてやろっと」
食べ物屋を通る度に、きり丸は用具委員の活動で不在のしんベヱを思い出すようだ。
乱太郎もキョロキョロと町を見渡すと
「布は、布は要らんかねー」
新しく来たのだろうか。商人が呼び込みをしている。
「きり丸、新しいお店見ていかない?」
「お、ほんとだ。見に行こう!」
2人はパッと新しくできたお店へと駆け出した。
色とりどりの布が店頭に並んでおり、それは丁寧に編み込まれている様だった。中でも1等綺麗な布は目を惹かれた。南蛮で作られたものだろうか。何やら花の模様が糸で細かく縫われている。
きり丸は売り物の布にも目もくれず、商人に「アルバイトはいかアっすかァ?」と擦り寄っている。そろそろ商人の困り眉がくっつきそうなくらいになってきた頃、
「あぁ!」
「へへっ頂きぃ」
盗人であろう男が、いくつかの布とあの綺麗な布を奪って行ったのだ。
商人が声を上げたものの時すでに遅し。男は走ってどんどん遠くへ逃げていく。
「乱太郎」
「うん」
商人が何か言っているのも気にもとめず、乱太郎ときり丸は後を追いかけた。
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「くくく…あんな場所に置いてあるなんて、盗ってくれと言っているようなものだ」
盗人は店主が子どもに困っている様子を見て今だ!と商品を引っ掴んだのだった。こんなに楽に盗ることができるとは。俺も成長したもんだと何故か得意げになっていると
「おじさん」
自分よ目線より下から声がする。見ると眼鏡の小僧がこちらを見上げていた。
「その布お店のですよね。ちゃんとお金払ってくれなきゃ困るんですけど…」
「なにを小僧…言い掛かりはよしてくれや」
乱太郎の言い分は最もだったのだが、盗人はそれに腹を立て顔を近づけた。
「きりちゃん!」
「あらよっと」
突如しゃがみ込んだ小僧に気を取られた盗人は飛んでくる石に気が付かなかった。
「あだーっ!!」
石は先程まで乱太郎が立っていた頭のところ、すなわち盗人の顔面にぶち当たったのだった。
「よおっし!不運作戦、成功!」
「その作戦名はやめてよ…」
不運作戦とは不運小僧と呼ばれる乱太郎と一年は組のお約束である、打ったもの、投げたものが味方に当たるというお約束を有効活用した素晴らしい作戦なのである。
盗人が目を回している隙に乱太郎ときり丸は盗られた布をせっせと拾い始めた。
最後の1枚…と乱太郎があの綺麗な布を拾おうとしゃがみこんだその時、
「小僧、舐めやがって……!」
背後から声が聞こえ反射的に顔を上げると盗人が起き上がり刃を乱太郎に向けて振りかざした。
ヒュッと切り裂く音と突き飛ばされる感覚が同時に乱太郎の感覚を巡った。乱太郎を突き飛ばしたのは他でもない、きり丸だった。
「走れ!」
そう、きり丸が体制を整え叫ぶと乱太郎も同じように布をしっかりと抱え走った。
「待てえぇえ」
盗人は追いかけてくる。一目散に2人は走る。
「ま、まってぇえぇ…」
が、その声は追ってきているはずなのにどんど小さくなっていく。
それもそのはず。盗人は足がものすごく遅かったのだ。対して子どもとはいえ忍びのタマゴ。
「ひー…っ、ひぃ…も、むりぃ…」
盗人が必死に追いかけるも、2人の子どもは瞬く間に町の賑わいの中に消えていったのであった。
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暫く走っていても盗人に追いつかれる様子もない。
というより、あのおっさん走るの遅くねーか?ときり丸はいつの間にか自分の手を取って走っていた乱太郎に声をかけた。
「おーい、乱太郎。もう追ってきてないし、大丈夫そうだから歩こうぜ」
「……」
「乱太郎?」
聞こえているのか聞こえていないのか。乱太郎はくるりと横を向き、町の賑やかな場所ではなく路地の裏へと足を向け、外からは見えないところでようやく止まった。
「はーー、びっくりした。あのおっさん、威勢がいい割には足が遅くて拍子抜けだったな。大したことなくて良かったな、らん」
「……も、……ない……」
「え?」
「良くない……っ、何も、良くないよ!」
背けていた顔をようやっと見せてくれたかと思えばその顔は涙や鼻水でぐしゃっとしていた。きり丸は突然のことに呆けた。今までだって盗賊に襲われたり、敵の忍びに襲われたり、なんなら誘拐や捕虜されたことだってあったというのに何故か涙を流す乱太郎を前にきり丸は慌てふためいた。
「え、え?乱太郎?」
「首、首の傷みせて。早く」
「わ、ちょ、ちょっと乱太郎!」
「ごめん、ごめんきり丸っ、わた…私のせいで…痛かったよね、首、どうしようっ……本当にごめん……っ」
「わかった、わかった。首、みせるから」
仕切りに謝る乱太郎にきり丸は困惑したが、自分の首元がよく見えるよういつも首元に巻いている布を外した。
「……あ、あれ…?」
「……何だよ」
自分が気付かぬほどなのでどんな軽い怪我かと思い片目を開けて乱太郎の様子を見る。
ぽかーんと言う擬音が似合うほど口をぽっかり開けていた。
「怪我……してない」
「だハッ!……なんだ、乱太郎の勘違いじゃねーか」
傷がないと知り、きり丸はズッコケる。内心毒でも盛られたのではないかとヒヤヒヤしていたのだ。
「でも、確かに斬られた音が聞こえたんだ!だから、きり丸が怪我をしたかもしれないって、兎に角遠いところに逃げなくちゃって、早く手当しなくちゃって思って…」
「斬られた音?」
乱太郎が不安そうに言い、きり丸は怪訝な顔をする。斬られた音と言っても自分は斬られていないし傷一つもないのだ。服も無事だし、この頚巻だって…
「あ、……あぁ〜!!!オレの頚巻がぁ…」
ざっくり、と斬られていたのは毎度の如くきり丸が首元に着けていた頚巻だった。
「あんの、盗人め……弁償代払ってもらわなきゃ、っわ、」
きり丸が先程の盗人にぶつくさ文句を垂れていると、乱太郎がキュッと身体を抱きしめてきた。
「怪我……っなくて、良かった……!」
震え啜り泣く乱太郎を目の前に、きり丸はなんと言えば分からず抱きしめ返す事しか出来なかった。
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乱太郎が落ち着いてから路地裏を出て、
あの新しくできたお店まで向かうと商人がウロウロと歩いていた。心配そうな眼差しに乱太郎ときり丸の姿が映ると商人は駆け寄った。
「あぁ!君たち……!心配したんだよ。盗人を追いかけていくもんだから」
「おじさん。急にいなくなってごめんなさい」
「僕たち、布を取り返してきました!」
乱太郎ときり丸が、盗られた布を商人に見せると、商人は花のような笑顔を見せた。
「ああ!君たち取り返してくれたのかい?ありがとう。足るか分からないが、取り返してくれたお礼に」
商人は布を受け取ると引き換えに小銭を2人の掌の上に幾つか載せた。途端、きり丸の目が銭になり、小銭ゲット〜!と喜んでいる。
「本当に君たちには感謝しているよ。本当にありがとう」
「いえ!もしまた何かあれば僕にお伝えください。アルバイターとして駆けつけますのでぇ」
「もう、きりちゃんったら」
こうして新しく、きり丸のアルバイト先が増えたのであった。
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「失礼しました」
カラカラと戸を閉め、乱太郎ときり丸は顔を見合せ、
「無事」
「宿題」
「「提出!!」」
2人はハイタッチを交わした。
「なんとか終わって良かったね〜!」
「これでめいっぱい遊べるしアルバイトもできる!」
あの町での出来事の後、忍術学園に帰ってきた乱太郎ときり丸は宿題を終わらせたのだ。次の日の休み時間に終わらせ、たった今提出できたのだ。2人して、黙々と作文していたので内容は互いに知らないのだが、書き終わった後、お互いとても誇らしげな顔をしていた。
「……ねぇ、きりちゃん」
「んー?」
「ほんとに良かったの?新しいもの買わなくて」
乱太郎はきり丸の頚巻を撫でた。きり丸もまた自分の頚巻を少し引っ張ると
「いいの。縫い直したからまた使えるし。それに、」
真新しい縫い目を指でなぞった。
「この縫い目だって、"思い出"だろ」
━終━
(蛇足)
一年は組の宿題
・猪名寺乱太郎→未提出「宝物→友達」
・摂津のきり丸→未提出「宝物→思い出」
・福富しんべヱ→立花仙蔵
・黒木庄左ヱ門→尾浜勘右衛門
・二郭伊助→久々知兵助
・山村喜三太→綾部喜八郎
・皆本金吾→七松小平太
・加藤団蔵→斉藤タカ丸
・佐竹虎若→田村三木ヱ門
・笹山兵太夫→食満留三郎
・夢前三治郎→竹谷八左ヱ門
※滝夜叉丸先輩はポーズの練習をしていた訳ではなく、
一年生が聞きに来るのを美しく舞(待)っていただけである。