二束のサンビタリア「ん……」
歯の裏側を舌でゆっくりなぞってあげると、スグリがとろんと蕩けた声を出した。
僕の背中に触れて上着を握り締めてる指先に、だんだん力が込められていく。言葉以上にその想いを語ってくれる仕草のひとつひとつがすごく愛しい。
ソファに座ったまま、抱き合った体をもっと寄せて密着させる。スグリの匂いがする。それと、さっきまで一緒に飲んでたホットチョコレートの匂い。スグリのぶんのマグカップにはたっぷり入れておいた甘いミツの味が、スグリの舌の上にまだ濃く残ってる。
テレビで見てた映画のキスシーンに合わせて僕から仕掛けたキスだけど、こうしてるともっともっとスグリに触っていたくて離れがたくなってくる。スグリも同じ気持ちみたいで、「ハルト、」って熱っぽい声で、キスの合間に僕の名前を呼んでくれた。
開いたまま待ってる唇に誘われてもう一度舌を差し込む。甘くて熱い舌が絡みついてきて、お互いを深く愛撫し合う。
家の中だから人目は気にしなくて大丈夫。だけどまだ昼間だし、体の快感を呼び起こす動きはひかえめにしてじゃれ合いを楽しむだけ。
もう映画の内容そっちのけで、どちらからともなくささやき合うみたいに幸せな笑い声が漏れた。映画の主人公とヒロインがお互いの愛を確かめ合うシーンのいい感じの音楽もテレビから流れてきてて、すごくいい雰囲気。
「ん……、ふふ」
スグリの指が僕の左耳を撫で上げて、髪の毛に触れてさらりと音をたてた。あったかい手のひらで頭の後ろ側を包んでくる。その温度が心地いい。
僕も同じように、スグリの頭のほうに片手を移動させていく。髪留め代わりの黄色いヘアバンドを抜き取ると、結構伸びてきてる長めの髪がスグリの首へすとんと落ちてきた。それからちょっと遅れて、嗅ぎ慣れたシャンプーのいい匂い。あとで結び直してあげるから、今はもう少しこの髪の毛の感触を楽しませてね。
「……んぅ、ん……」
ぽってりしててかわいい唇を僕の口で揉んで吸うと、スグリは甘えた声を出しながらもっと唇を押し当ててくる。もっとかわいがって、っておねだりするみたいに舌を差し出して、僕の下唇をくすぐってきた。
まだ昼間だけど、もう少しだけ――そう思って目を閉じて、ふたりでキスに夢中になっていると。
「はにゃお」
「!!」
ねこポケモンって、歩くときにほとんど足音がしない。いつの間にかソファの下までやって来ていたニャオハのひと声に、僕たちふたりとも揃ってびっくりして唇が離れる。
特にびくっとソファの座面から跳ね上がったスグリは慌てて僕から距離をとって、「なに、どうしたの」ってぎこちない笑顔を浮かべながらニャオハに優しく話しかけた。でも動揺しすぎて声がひっくり返っちゃってるし、髪の隙間から見えてる首や耳の先まで熟したりんごみたいに真っ赤っかだ。キスしてるところ、ばっちり見られちゃったね。
この子――ニャオハは先月、僕たちが外でピクニックをしてるときにいつの間にかバスケットに入ってたタマゴから生まれた子だ。ちょっと珍しい、女の子のニャオハ。スグリとふたりで相談して、スグリのポケモンとして育てていくことに決めた。
女の子のポケモンを育てるのははじめてだって言ってたスグリはニャオハのことをすごくかわいがってて、大切に育ててくれてる。だからニャオハのほうもスグリに懐いて、今じゃもう毎日べったりだ。
トレーナーとポケモンが仲良くなるのは大事なことだし、いいこと、なんだけど。……この子、このままマスカーニャに進化したらどうなっちゃうんだろう。
僕の手持ちのマスカーニャはニャオハの姿だった頃から、僕に甘えるよりも『お兄ちゃん』としてほかの子たちのお世話をすることのほうにやり甲斐を感じてる様子だったけど。マスカーニャって本来、自分のトレーナーへの執着心が強くて、ほかのポケモンを構ってると機嫌を損ねちゃうことも多いって言われてるポケモンだ。
この女の子のニャオハがもし将来、そういう気質の強いマスカーニャになったら……スグリのこと取られっぱなしになっちゃいそうだなって少しだけ心配してる。スグリが育てるなら、この子もすごく強く育つだろうし……手強い相手になりそう。
ニャオハはスグリの膝の上に飛び乗って、頭を撫でられてうれしそうに喉を鳴らしてる。「私だけをずっと見つめていて」って、映画の中のヒロインがなんだか絶妙なタイミングで主人公に向けて情熱的なセリフを放った。
スグリが女の子にモテるのは昔からだし、納得なんだけど。やっとの思いでゲットさせてもらえたのに、前途多難だなぁ……。
口には出さずに、心の中だけでこっそり苦笑いする。手元に残ったヘアバンドを手慰みに弄って、その持ち主に触り足りないぶんを補給しながら、キスしてるところをニャオハに見られて照れちゃってるスグリをあとでどうやってフォローしようか、僕は今のうちに作戦を考えておくことにした。