無題「聞いて聞いて!昨日シャーレの先生からモモトークの返信きたの!」
「えっ、凄!超レアじゃん!何話したの?」
「めっちゃ前に可愛いって一目惚れして買ったマグカップ!ほんとだ、可愛いねって返ってきた!」
「えー!すごー!!」
「......。」
授業も終わって居心地が悪いこの空間から早く抜け出そうと中庭を突っ切ったタイミングで"シャーレ"の単語が聞こえてスピードを一気に下げた。
モモトークの返信が来た、という会話で中身を聞く意味もないなと自分を納得させながらまたスピードを早めた。
ボフン。ベッドに沈みながらスマホを取り出す。
モモトークを起動し少ない連絡先の中から先生とのトーク画面を開いた。
真っ白。何も交わされていない会話。
『先生元気?』
「......」
逡巡、そして消去。
『今日寒いね!温かいもの食べたいね!』
「......。」
『トリニティに来る時あったらいつでも案内するから任せて!』
『今お時間大丈夫ですか』
『聞いて聞いて!今日ナギちゃんがね!』
「......。」
また真っ白な入力画面。何度繰り返してるんだろうと一人呆れる。
事件から3か月。
相変わらず先生は忙しそうで見かけるだけでレアな存在。
事件で先生の姿はトリニティでも一気に広まってモモトークの連絡先だって聞かれたらすぐに答えるから多くの生徒が知ってて大量に届いてる、らしい。
そんな先生からモモトークの返信が来るのは超レアで、更には会うだなんてレアなんて話じゃ収まらない。
だからといってそもそも話しかけなければその可能性は0なのだけど。
「......。」
『私の大切なお姫さまに何してるの!!』
あれからまともに顔を見れていない。
それは直接会ってないだけじゃなくて、ニュースに映る先生とかですらも。
さすがに自分の気持ちは自覚していて、だからこそどんな顔で会えばいいのかさっぱり分からない。
事件を起こす前は普通に会話できてたのに今では徐々に記憶も薄れつつある。
会いたいなって思うけど、これまでとは違う感情になっているし、どんな顔して会えばいいのか分からないし、それに、
「...魔女だもんね。」
今日もまた会えない。
***
街中で探して。刺してくる視線に怯えて。聞こえてくる情報に耳をすませて。ニュースに出てくる姿に夢中で。言葉を送ろうとして、やめて。
その繰り返しの毎日で。
──『ミカ、元気?』
「......え。」
新作スイーツのトピックを見てる時、画面上からポップアップが出て、「先生」の文字が出て反射のようにタップした。
モモトークが開き、先生との真っ白なトーク画面だったはずなのに文字が並んだ。
「えっ、えっ!?」
メッセージ送ったら返ってくるのかなと想像したことはあっても、まさか先生から来るなんて考えたことも無くて指先が震える。
(えっ、これすぐ返したら変かな、変に思われるかな、でもすぐ返さないと先生また忙しくて見れなくなるかもだし、)
(『元気だよ!』は、ビックリマークつけるとうるさい感じ出るかな、『急にどうしたの』をつけるとつっけんどんな感じしないかな、と、とりあえずこれで!)
『元気だよ』
シュポン
「...なんかトゲトゲしてる...」
ああぁと頭を抱えたくなりながら画面を凝視する。顔が熱い、心臓がうるさい。
どうしよ、どうしよどうしよ!
『元気ならよかった』
『さっきナギサに会ってね、ミカが元気なさそうに見えたって聞いたんだ』
「ナギちゃん...!!」
心の中で大きく感謝をしながら急いで返信を考える。ここで終わらせたくない、せめてもうちょっと話したい。疑問形で返せばいいんだっけ。
『心配してくれてありがとう!』
『先生の言葉で元気になった!』
『先生こそ元気?忙しくない?』
「......。」
あざとい、かな。いやでも事実だし...。
『元気だよ』
『今日の仕事はちょうど終わったところ』
『ミカは今空いてたりする?どっか行かない?』
「えっ?」
すっと体温が下がっていく感覚。
現実なのか一瞬疑うような。
...それはだってダメだ。
先生からのメッセージは嬉しくて、すごく嬉しいけど会うのはダメだよ。
『会えないよ』
とだけ送った。指が動かなかった。どうせ無駄なのに。
『どうして?』
ほら、先生はちゃんと理由を聞こうとしてくる。
『私、先生にいっぱい迷惑かけちゃったし』
『気にしてないよ』
『傷つけようとしたし』
『今は元気だから何も問題ないよ』
『私魔女だから』
『私はミカのこと魔女だと思ってないよ』
「......。」
(『他の人誘ってあげてよ』)
(これだけは、言えないかも。)
『分かった。先生今どこ?すぐに行くね』
***
...先生は優しい。
久しぶりに会った先生はやっぱり少し眠たそうで、私に会う時間なんて無くして寝ればいいのにって思った。
その癖、ちゃんと寝れてる?なんて聞くんだから大人はずるい。
どこに行きたい?と聞かれてもどこでもって答えちゃう可愛げのない私に対してショッピングモールとか?水族館、それかカフェ?とかすぐに提案してくれる先生。
そこでようやく、魔女と2人であってる先生を想像して、迷惑かけちゃう未来を想像してしまってうまく頷けなかった。
たったこれだけの事なのに先生はすぐに見抜いて、プラネタリウムはどうかな。あんまり人も多くないし騒がしくもないと思うよ。って。
久々に会って。5分も経たない会話だけでこれまで以上に気持ちが膨らんで。
顔赤くないかな、見られたくないなってずっと思いながら先生とプラネタリウムを楽しんで。プラネタリウムを楽しむ余裕はずっと無かった。
「すっかり暗くなっちゃったね。家まで送るよ。」
「いいよいいよ!ここから近いし大丈夫!それより先生は疲れてるんだからまっすぐ帰ってしっかり寝て!」
「...うーん。ほんとに近いなら。夜道を1人で歩かせたくないんだけど。」
「っ、大丈夫だよ!先生こそ、」
「ねえ、ミカ。今日、時々辛そうな表情をしているよ。なにか辛いことあった?力になれないかな?」
......気丈に振る舞おうとしてもすぐ見抜く。この人の前では何も隠し事ができない、そう思わされるように。
「......言っても先生を困らせるだけだから。」
「困ったとしてもなんとかしてミカの力になれるように頑張るよ」
「......これから会ってくれなくなると、思う。」
「それだけは無いよ。絶対。」
「......。」
言いたくなる。言って困ったような表情を浮かべる先生が見たくない気持ちと、もしかしたら照れてはにかむ先生が見れるかもしれないって気持ちが混ざってしまう。
「......その、ね。私の事助けてくれて。いっぱい迷惑かけて色んな人に嫌われても先生だけはずっと味方でいてくれて、ずっとお礼言いたかったんだけど、私、その。そういう意味、で先生の事見ちゃってるから。だ、ダメなんだよ。」
...言ってしまった。やっぱり怖い。先生から嫌われるかもという気持ちが一気に大きくなる。ちょっとしたこの時間が死刑宣告のような気持ちになる。
どっちなんだろう、困らせるのか、それとも。
「......そっか。とても嬉しいよ、ありがとうミカ。その気持ちには応えられないけれど、私はずっとミカの味方だから。これからも仲良くしてくれると嬉しいかな。」
と、笑顔の先生。
「......。」
どちらでもなかった。困る顔でも照れる顔でもなく。"いつも通り"の笑顔の先生。すぐに理解した。この対応、1回目じゃない。慣れてる対応。私以外にも想いを寄せられ続けている対応。
「...そっかぁ。うん!分かった!じゃあこれからもよろしくね先生!」
笑顔を浮かべた。宣戦布告のようなもの。ウジウジしてたのが馬鹿らしく思えた。遠慮する必要なんてなかった。ライバルがいっぱいいるんだ。魔女だろうが裏切り者だろうがなんでもいい。先生は味方だから気にせず突き進めばいいんだ。
絶対いつか。