なぁ、ずっと一緒にいようぜ?────
恋人が隣でとろりと無防備に微睡む。形容しがたい幸せな心地がして、レオナはビスケット色の髪を愛しさに任せて撫でていた。ラギーは目を瞑ったまま、『もっと』とねだるようにレオナの手に頭を押し付け、へにゃりと口元を緩める。
さて、この時間が永遠に続くよう、一体何から準備を始めようか──少し成長したハイエナが、変わらず懐っこい笑顔を浮かべて王宮で働く……そんな姿を頭の中に思い描く。
レオナの口角は自然と上がった。
「あーあ、ずっと一緒にいれたらいーのに。」
そんな折に聞こえてきた独り言のような小さな呟きに、ピクンと手が止まる。
仮定法過去──未来に起きる可能性がかなり低い、現実になりそうにないことをあくまで仮の話としてする時に使う。今まさに眠りに落ちようとしていた男が発した言葉は、確かにその用法を用いていた。レオナには、その選択が不服だった。
「……あ?」
レオナが低く凄んだ声を出せば、ラギーはゆっくりとうっすら目を開いた。
「え、あれ……やだ〜声に出てたッスか?ハハ、忘れて?」
青灰をとろりとさせたまま、ラギーはバツが悪そうにくすくすと小さく笑う。無意識だったのであれば深層心理が漏れ出たというわけで、よりタチが悪い。レオナは何を笑っているのだと無言でラギーを睨んだ。
「も〜ぉ…戯れ言言って申し訳なかったッスよ。んな怖い顔しなくったって良いじゃないッスか。ほら、オレなんかが王子様に何言ったって、冗談にしか聞こえないでしょ?」
呟きの内容が気に入らなかったのではない。見通しの確度が気に食わなかったのだ。レオナがそれをどう伝えようかと考えあぐねている間に、大きな耳の間で硬まっていた手が寝落ちる寸前だった温い手に捕まった。骨ばった指がレオナのそれに絡まり、引き寄せられたかと思えば薬指の付け根にふわりと唇が寄せられた。
「ここ、いつか誰かとお揃いの指輪嵌めんでしょ?卒業までにはちゃぁんと心の準備するから、今だけ。夢心地のピロートークくらい適当に付き合って相槌打ってくださいよ。」
側にいたいという願いは同じであるのに、準備の方向がこうも真逆を向くものなのか。レオナは気が遠くなる思いがしたが、そんな準備を始めさせてやる気など毛頭ないので、呆然としている場合ではなかった。とにかく、否定せねばならない。
「……適当な相槌なんざ打たねぇよ。」
「そーッスかそーッスか、一国の王子様は間違ってもそんな軽いこと言いませんよね。ハイハイ、失礼しました〜。」
ラギーは悪戯が失敗した子供のように口を尖らせて拗ねた後、話はおしまいと穏やかに目を閉じた。
(は?何勝手に完結してんだコイツ。)
レオナは腹にもやもやとした黒い感情が沸いてきたので、腹イセに必要以上にうんと甘い声で囁いてやった。
「なぁ、ずっと一緒にいようぜ?」
先ほど口付けされた指の付け根を今度はレオナから甘噛みし返し、確かに手繰り寄せるつもりの未来形のプロポーズを贈る。意思の強さが伝わるよう、唇が触れた箇所にひたむきに念じながら。
「もーぉ今更良いッスよ。オヤスミナサイ。」
嗜める口調で軽く言い捨てるのは、ラギー個人のせいなのか身分差が色濃く残る母国のせいなのか……どちらにしても到底許せるものではない。苛立ちに任せ、レオナは捕まえた手をガジッと強く齧った。
「ぃったぁ!?何すんの!?」
「ハッ、目ぇ覚めたか?オラ、次は覚醒した頭でちゃんと聞けよ?請われて渋々返す相槌なんかじゃねぇんだ。」
「!?……っ!?!?」
痛みに目を見開いたラギーの頬が、レオナの言葉を反芻するにつれ赤く染まっていく。レオナはその変化を満足げにクッと笑い、唖然とした表情を見据えて畳み掛ける。
「ハナから諦めてんなよ。何度だって誘い続けてやるからな。」
「は?ま、待って!?脳内処理が追いつかないんで!ちょっと待っ……」
同じ確度で同じ未来を信じられるようになるまで、この先何度でもと意思を込め──狼狽える恋人に甘く繰り返す。
「なぁ、ずっと一緒にいようぜ?」