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    subaba_haka

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    subaba_haka

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    ハニトラ(ぽいなにか)

    彼女は中華風マーメイドラインのドレスに身を包み、静かに壁の花と徹していた。話しかけようとしようとすると者もいれば、ただ眺めるだけの者。だが彼女は手に持っていたグラスを眺め、時にはくるくると回したりしていた。しかし、それにも飽きたのかグラスを近場へのテーブルに置くと会場を後にした。髪に刺した蝶の簪が鱗粉を振り撒きながら羽ばたくように。



    「いたっ……」
    会場を出て予約している部屋に向かう途中、ふみやの足に鈍い痛みが走った。その痛みが走った方の足を見ると血が滲んでいるのが分かった。履き慣れていないヒールのせいか、靴擦れを起こしている。仕方なしに靴を脱ぎ、裸足で部屋に戻ろうとした。
    「大丈夫ですか?」
    すると背後からか声をかけられ、その方向を見るとそこにはウェーブのかかった赤みの強い紫の髪、そして空の様な瞳を持った男性が居た。まだパーティは終わって居ないので誰も通るはずがなく、ふみやはただただ驚いていた。
    「どこか怪我でもされましたか?」
    そう聞かれ、ふみやは戸惑う。初対面の、しかも男性。ここには自分とその男性の二人のみ。何があってもふみやにとっては不利な状況である。
    「すみません…急に声をかけられて驚きましたよね。僕はこういうものです」
    と内ポケットから名刺入れを出し、そこから一枚取り出すとふみやに渡すとそれを素直にそれを受け取った。
    「てん…どう?」
    「はい、天堂天彦と申します。」
    男性の名は天堂天彦。どうやら今回のパーティへは仕事の関係できたそうだ。
    「伊藤ふみや」
    ふみやはそれに対し、淡々と自分の名を答えた。
    「ふみやさん、足の状態を確認してもいいでしょうか?」
    それにふみやは静かに頷いた。そっとしゃがみ失礼しますと言うと、ゆっくりと靴を脱がされ、自らの太腿の上にふみやの足を乗せた。
    「よかったら僕の肩に手を置いてください。そのままじゃきついでしょうから」
    ふみやはすこしお辞儀をすると肩を借りた。それを確認すると天彦は微笑み、そして目線を足下へと戻し状態を確認し始めた。
    「靴擦れを起こしたみたいですね…。歩けそうですか?」
    ふみやはそう言われると歩く分には大丈夫だったため素直に頷いた。
    「では、フロントに行ってスリッパを借りて来ます。この近くに休憩所があります。移動できますか?」
    天彦の提案はふみやにとっては願ったり叶ったりだった。
    「大丈夫、そこまでなら」
    天彦は微笑むとふみやに手を差し出した。どうやらエスコートをしてくれるそうだ。その手を取ると、ふみやのスピードに合わせて歩き始める。そして休憩所に設置されてる椅子へ座らせるとフロントへと向かっていった。ふみやは天彦が戻ってくるまでの間どうすべきか考えた。このまま天彦が戻るまでこの場所で待っていてもいいが、足の痛みは治ることはない。すると無性に喉の渇きを感じた。そうなると考えることは一つ。立ち上がり一歩、また一歩と足を踏み出していく。しかし、無理に歩いたのが災いしたのかバランスを崩してしまう。背後には階段。落ちる…そう思った時、背中に何かがぶつかる感触。そして支えられる肩。そっと振り返ると天彦が居たのだ。
    「ふみやさん大丈夫ですか?!怪我は!何処か痛い所は?!」
    突然の事に驚いたが、ふみやはなんて事ないという風にただ頷いた。そんなふみやの様子を見た天彦は少ししゃがむと
    「失礼しますね…」
    そう言うと天彦はふみやを抱き上げた。所謂、お姫様抱っこと言われるもの。ふみやはされるがままだった。
    「部屋はどちらですか?」
    「206…」
    ふみやの部屋番号を聞くとその方向に向けて天彦は歩き始める。片手に借りてきたであろうスリッパを持ちながら。部屋に着くまでの間、二人は終始無言だった。




    ふみやは天彦に部屋まで送ってもらい、その後静かにベッドに座っていた。そして考えた。このまま迎えを呼んでもよいが、折角のホテルである。それに、ここのスイーツビュッフェは絶品だと聞いていたのだ。だからこのパーティに参加したと言っても過言ではなかった。しかし、手当するにも思った以上に靴擦れが酷かったため、手持ちで足りるかどうか。いつもなら何処からか嗅ぎつけてきたのか、少し怪我をしただけでも手当てをしに来る者がいる。さてどうしたものか…、そう考えているとドアを叩く音がした。
    「ふみやさん、天彦です」
    先程別れたばかりの天彦だ。ふみやはゆっくりとドアへと向かい、チェーンロックをかけたまま開いた。
    「すみません…。多分これが必要かと思って。あと…」
    そう言うと手には救急箱。そして、先程休憩所に置いてきたヒールの靴。するとふみやは一度ドアを閉めるとチェーンロックを解除して再び扉を開けた。
    「入ったら」
    天彦は驚いた様子であったがふみやは何が問題なのか分からないというか表情である。
    「入らないの?」
    まるで早く入れと言わんばかりの眼差しだ。
    天彦は内心頭を抱えた。
    「………失礼します」
    「ん」
    ふみやは天彦が部屋に入るのを確認するとそのまま鍵を閉めた。
    「適当に座って」
    そう言うとふみやはベッドに腰を下ろした。天彦も流石にベッドに腰掛けるのは気が引けたためサイドテーブル横の椅子に座ろうとした。
    「隣に座らないの?」
    突然のふみやの発言に天彦は頭を抱えた。
    「ふみやさん、貴方は女性です。幾ら天彦を信頼して下さってるとは言え危機感がなさすぎてす」
    「でも天彦はそんな事しないだろ?」
    天彦は更に頭を抱える。"こんなにも危機感がないのはどうしたものか"と。しかし、ふみやは本当に気にしていない様だった。仕方なくひと一人分くらい離れて座る事に。するとふみやはその距離を詰めた。
    「やって天彦」
    突然の事に何をと思ったが、すぐに理解する。全くこの人は……、そう思いながらも天彦はふみやの前に跪いた。ストッキングは既に脱がれており、素足のふみやの足。そっと触ると靴擦れの部分の手当てをしていく。その間、二人は無言だった。ふみやは天彦の手つきを眺めていた。その事に天彦は気付いていたが、敢えて気付かないフリをしていた。
    「できましたよ」
    そう言うと天彦はふみやの足の甲へと口付けをした。突然の事にびっくりしたふみやだか、天彦は気にする事なくそのまま舐めた。
    「…っん」
    あまり感じた事の感覚につい声が出てしまうふみや。すると天彦はそのままふみやの太腿に触れると押し倒した。
    「だから言いましたよね?もう少し危機感を持つべきだと」
    天彦はふみやの髪を一房とるとそこにキスを送った。ふみやはただただそれを眺めるのみ。
    「これってハニートラップ…ってやつ?」
    ふみやは押し倒された事も気にする事なく淡々と問いかけた。
    「さぁ、どうでしょう」
    天彦は笑顔でそう言うと頬を撫でる。あと数ミリで唇が合わさってしまうという寸前。
    「ふーん。なるほど、勉強になったよ」
    すると急に体が動かなくなり、天彦はそのまま横に倒れ込んでしまった。
    何が起こったのか冷静に状況を確認していると
    「やっと"効いた"。改良の余地有りって伝えなきゃな…」
    そんな言葉が聞こえたのだ。
    そして気付く。
    "最初から騙されていたのは此方側だった。"
    「いつから……」
    その言葉にふみやはうーん、と考える仕草をした。
    「いつからだろうな」
    ふみやはなんて事ないような様子で答えた。天彦は考えた。しかし、タイミングがあるとすればするとあの時くらしいか思いつかなかったのだ。するとふみやはどのタイミングだったか気付いていない様子の天彦に、答え合わせをするように肩を人差し指で突いた。
    「でも、必要だったらそうするだろ?お前も」
    確かに"仕事"には予測不可能な事態もある。普段からそうならないように最善を尽くし、常にシミュレーションを欠かさない。勿論、最悪の事態の場合のシミュレーションも。だが、現に今その最悪の事態に陥っていた。
    「僕をどうしますか」
    天彦は問いかけつつも事態を脱却する手立てを考える。
    「まぁ、でも今回は少し助けてもらったから」
    すると、ふみやは髪に挿していた簪を抜いた。ハラハラと髪が落ち、幻想的に見えた。
    「本当はお前もだけど、今回は貸しにしとくよ」
    すると待っていた簪の蝶の部分に口をつけた。そして、そっと天彦の胸元のポケットへと差し込んだのだ。
    それを最後に天彦の意識は遠のいた。
    「ばいちゃー」
    そんな言葉が聞こえたか聞こえなかったかを知る術はすでに無くなった。





    「っ!」
    気付いた時には外は明るくなっていた。
    どうやらあれは睡眠効果のあるものだったらしい。どこか他に異常がないか確認するも特に無さそうで安心する。
    天彦は思う。今までこの"仕事"で失敗した事がなかったが、自分より歳下であろう女性にいっぱい喰らわされたのだ。しかも、"同業者"とは見抜けなかった。
    天彦のターゲットもまたふみやだった。しかし、容姿と名前以外の情報がなく、天彦の持つ手練手管が通用するかは定かではなかった。そのためふみやが会場に入った時、否、入る前から常に観察をしていた。好み、行動パターンなど把握する為に。しかし、彼女もまた演技をしていたのだ。もしくは演技ではなく、素でそれをやってのけた可能性も十分に有り得た。それくらい自然だったのだ。
    天彦はふみやが去り際に胸ポケットに挿した簪を取り出すとそっと口をつけた。まるで上書きをするかのように。
    「また、お会いできる事を楽しみにしてます。ふみやさん」

    "その時はきっちりとお礼をさせて頂きます。"
    そう心のうちに思いながら。


    この後、ふみやがこのホテルで食べたであろうスイーツビュッフェの請求書が届くであろうとは、この時の天彦は思ってはいなかった。
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