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    did_97

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    ホプくんとセボさんの話

    共通のライバル ブラッシータウンの研究所に増設されたホップの私室は、思いの外明るかった。研究者の部屋といえば本棚が密集していて、換気が悪く、足の踏み場もないような息苦しい空間をイメージするが、ここは彼の性格と同じく開放的だ。本棚は存在していても、ホップの頭を超える高さの棚はない。観葉植物の匂いが部屋に心地よく漂っていて、窓からの陽射しも暖かい。広さはマスター道場の練習用コートくらいはあり、彼や彼のポケモンにとって快適な空間となっている。
     天井が高めに作られているため、仲間の中で最も大きいザシアンも窮屈な思いをせずにのびのびと歩けている。さすがに室内では剣は咥えておらず、フォルムチェンジをしていない素の姿でいる。マサルが連れているザマゼンタもそうだが、朽ちた剣と盾がないと巨大な犬ポケモンのように見えた。
     ホップが本棚に書物の種類を見分けるための文字つきテープを貼っている間、セイボリーは閲覧専用のタブレット端末でホップの研究成果を眺めていた。この部屋にはあまり書面の資料やレポートは存在していない。ほぼ全てのデータは電子化してある。
     自分が少年だった時代はパソコンは存在したものの、まだ紙に記録するのが主流だったのに。技術の進歩に思いを馳せつつ、タブレット端末に指先を乗せてスライドする。ダクマの項目には、島で修業していた頃のマサルの写真が載せられていた。そもそもダクマはガラル地方には棲息しておらず、遠い外国の山岳地方が主な住処であったために情報が少なかったようだが、マサルのおかげで随分詳細が分かってきたらしい。
     だからといってこれがレポートの完成形ではない。実際に海の向こうへ渡って現地を調べなければ、データを集め終えたとは言えない。そんな彼の矜持故に、この項の見出しには括弧書きで仮と書かれている。マサル以上に猪突猛進であるかのように見えて、慎重な一面がある。
    「それにしてもセイボリーさんが残ってくれて、助かったぞ!重い荷物もテレキネシスで運んじゃうし!」
     テープを貼り終えたホップが、喜色を浮かべて振り返る。彼の額にはまだ薄らと汗が滲んでいた。
    「いいえ、ワタクシはあくまでサポートをしたまでです。あの者……急ではない仕事とベストフレンドの引っ越しとどちらが大切だと思っているのか……」
     今日の引っ越し作業は本来マサルとセイボリー二人で手伝うはずだった。だが遡ること数時間、唐突に彼のスマホロトムがけたたましく鳴り出し、画面にマクロコスモス社長代理のオリーヴが映し出された。オリーヴは早口でマサルに仕事を依頼すると、彼の返事もきかずに通話を切ろうとした。
    「えっと、それ……どうしても今帰ってやらなきゃいけない?」
     とマサルは縮こまりつつもわずかな抵抗を見せていたが、次の瞬間憤怒の表情をしたオリーヴが液晶画面に現れ、即座に敬礼してシュートシティへ向かってしまったのだ。
     彼曰くオリーヴは母親と同じくらいに恐ろしいらしい。セイボリーの知るマサルの母は快活で温和なイメージであるが、実の息子相手には鬼の形相をするのだろうか。
    「でも、マサルが元気になってくれて良かった。ヨロイ島に行く前までは、こっちが可哀想になるほど凹んでいたからなぁ……」
     ホップは視線をやや上に向ける。おそらくチャンピオンであることに悩み、スランプ状態だった彼を思い返しているのだろう。
    「アイツが元通りになったのは、セイボリーさんのおかげだな。本当に、ありがとう!」
     セイボリーの近くまで来て、背筋を伸ばしたホップは深く頭を下げる。普段マサルやソニア相手にはサンキューと礼を述べている彼が、わざわざありがとうと口にしたということは、彼にとってそれだけ重要な意味があるのだろう。
     ヨロイ島に来たマサルに対して一方的に敵愾心を燃やしていただけのセイボリーは、慌てて椅子から立ち上がりホップに顔をあげるよう奨める。己は彼にここまでされる程のことのをした覚えがない。
    「いや、でも……オレじゃアイツを元気づけることは出来なかったし……」
     ホップは頰を掻きつつ、ヨロイ島に来る以前のマサルについて話す。親友が誰にも言えない悩みを打ち明けてくれた以上は、何としても力になりたいと思った。しかしチャンピオンになったことがないホップは、兄・ダンデの生き様を参考にしつつ、彼に不器用なアドバイスしか出来なかった。同じ目線に立てないことが、彼との間に高い壁を作ってしまっていたのだ。
     一時的にでも気分を変えられればと願い、ヨロイ島に送り出したはいいものの、マサルが元気を取り戻してくれるかどうかは賭けだった。奇跡的にもセイボリーと巡り合い、毎日競い合うことで、沈んでいたマサルは次第に一人のトレーナーとしての姿を思い出していった。
     その当時にホップに送っていた先輩自慢の数々は、未だに彼のスマホロトムに残っている。最初は後ろ向きな感情ばかりをメッセージに込めていたが、日が経つごとに楽しそうに道場生活を語っていく過程が、まるで一つの物語のように記されていた。
    「本音を言うと、ちょっと悔しかった。いくらオレ達が励ましてても響かなかったのに、知らない場所で知らない人に会って、どんどん変わっていくのが……まあ嬉しかったけど、複雑でさ」
     だがホップなそんな想いを抱えながらも、メッセージ上には出さなかった。幼馴染でありながらダンデと違う道を歩んでいるソニアが、彼に言っていたのだ。途中まで同じ道を走っていた同士でも、いつか必ず別の道に進んでいかねばならない時が来ると。
     マサルがホップと違う成長をしているのと同時に、ホップもマサルが知らない形で成長している。実際にポケモンの調査で島を訪れた時、研究者としての知見を披露したホップにマサルは大層驚いていた。
    「ブラザーホップ……あなたは本当に強き者なのですね」
     きっとホップはマサルの変化に戸惑っていたことを、本人の前では言っていないのだろう。彼がライバルかつ親友として支え続けていたからこそ、今のマサルが存在する。そしてマサルのおかげでセイボリーも成長し、ジムリーダーになるという悲願を達成した。全ては繋がっているのだ。
     ホップはセイボリーの言葉の意味をどこまで受け取ったのか不明だが、頬を赤らめて照れ笑いをする。その仕草と表情はマサルに少し似ていた。
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