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    ##梟は黄昏に飛ぶ

    出会い あの日はよく晴れていた。太陽のまわりに虹色の輪がかかっていて、クラスメイトは鼻をぐずぐずさせたり目がかゆいという話をしていた。僕は無縁だったけれど、花粉症というやつだ。そんなクラスメイトたちを尻目に、僕は早々に教室を出る。騒ぐ同級生も直ぐにやってくる部活勧誘も煩わしさしかない。
    「あやる、もう帰んの?」
     足早に去ろうとする僕の背に、女子生徒のハスキーな声が掛かる。足を止めて振り返った。着崩した制服の幼馴染が立っている。
    「もう帰るよ、用事もないし」
    「フーンそっか。んじゃ、またね」
     彼女はニカッと笑うと僕に手を振る。声はかけるが必要以上に引き止めてこない。お互いに距離の取り方はよく分かっていた。だから僕も手を振ってそのまま玄関へと向かい、広い校庭に出る。大きな高校だが、この近隣には高校はここしかない。田舎だからというよりは、人も少ないのだろう。街の中心こそ栄えているが、そこから少し外れると家が極端に少なくなる。
     広大な敷地を堀と塀が囲むような日本屋敷も見えるくらいだ。僕の家はそんな街の中心から離れた位置にある。祖父母の代にこの土地に移住したそうで、その頃はまだこの辺りは普通の家屋が立ち並んでいた。今ではその名残りとして道沿いに店や民宿があり、住宅もまばらにある程度だ。
     すれ違う人と会釈をして、僕は自分の家の鍵を開けて中に入る。この家を建てた祖父は五年前に亡くなり、祖母は昨年から施設に入った。祖父は僕に一本の刀を残してくれた。両親は仕事で日が暮れてから帰ってくる。僕にとってそれが昔から普通で日常だ。けれど、その刀のある仏間に行くと、どうしてか寂しい気持ちがまぎれるのだ。誰かがいる気がする、昔から思っていた。
     縁側から小さな庭を見ると、その向こうに白い漆喰の塀が見える。
     それは日本屋敷の塀であり、僕の家とは隣り合っていた。あの屋敷ができたのは祖父が亡くなる一年前だったか。着物を着た女性が弟らしき人物と共に菓子折りを持って挨拶にきた。弟らしき人物は白い布を頭からかぶっていたから、まじまじと見てしまったのを覚えている。
     時折見掛けはするが、直接話をすることはそれ以来無かった。塀の向こうから話し声が聞こえることすら稀で、あんな大きな屋敷で何をしているのか不思議でならなかった。僕はカバンを自室に放り投げて、ベッドで横になる。晩御飯の準備しなきゃな、なんて考えているうちに、まぶたが重くなってしまった。

     ――はっと目を覚ました。
     居眠りから飛び起きたばかりだというのに、とても目がさえている。何故なら、異様な雰囲気を感じ取って目を覚ましたからだ。時計を見た。さっき寝てから三十分も経っていないくらいだ。外は嫌に静かで、何かざわざわと胸騒ぎがする。部屋から出て、縁側から庭を見た。白い漆喰の塀、あの向こうから何か嫌な感じがする。
     何がどう嫌なのかと問われても分からないのだが。
     どれくらい見つめていただろう。地震のような揺れとも違う、何かが歪むような感覚。思わずしゃがみ込んだ。そして、耳の閉塞感。気圧が急激に変わった時のような、そんな感覚を覚えた瞬間、轟音が鳴り響いた。
     目の前の白い漆喰の壁、その向こうから黒煙が上がる。何か爆発したのか、もしそうなら大変だ。近くにもし他にも爆発物があるのだとしたら、引火してもっとひどい爆発を起こすかもしれない。こういう時は消防?警察?救急か?早く呼ばなければと思っているのに、僕はなぜか金縛りになったようにその場から動けなかった。
     そして、頭上からドンという音がする。屋根の上にまるで何かが乗ったかのような音だ。ガチャガチャと何か硬質なものがぶつかるような音もする。
     僕から二メートルも離れていないその音が響いている天井を情けなくもおびえながら見ているしかできなかった。
     そして、それは天井をバキバキバキという音と共にぶち破り家の中に侵入してきた。
    ――鬼だ。
     とっさにそう思った。巨大な刀を持っている。角があって、どす黒い何か空気のようなものが纏わりついている。そいつは僕を見ていた。殺される。そいつはゆっくり、刀を振り上げた。その長さなら、動かなくても僕を斬れる。
     仏間から突然リーンと大きな音が鳴った。鈴が鳴った音だ。僕は弾かれたようにその場から走り出す。躓きながらも必死に仏間に走った。あの鬼が僕をゆっくり追う音が聞こえる。
     仏間の襖を開け、ぴしゃりと閉じた。そんなことしたって、あのデカブツは遠慮なく踏み入ってくるだろうに。
     鈴はひっくり返っていた。鈴棒は刀掛けのところまで転がっている。震える手で、鞘に納められている刀を手に取った。絶対に人に向けるなと祖父に言われていた刀だ。先祖の恩人が残した刀だと聞いている。足音はどんどん近づき、僕は震えながら柄に手を掛けた。抜き方なんて知らない。でもあの鬼にむざむざ殺されるのだけは嫌だった。
     一瞬の沈黙。刹那、襖は吹き飛ばされた。鬼が薙いだ刀によって襖は真っ二つになり、部屋の中に転がり込んでくる。鬼の背後にまだ何かがいるのが見えた。
     普段、一人で好き勝手やっているというのに、こんな時に誰かに助けを求めるなんて言うのは自分でもどうかと思う。だが、無意識のうちにかすれた声で言っていたのだ。
    「助けて、誰か」
     ひらり、ひとひらの薄紅色の花びらが僕の目の前を舞う。震える手に誰かの手が重なった。
    「その持ち方では、左手の平を斬ってしまうね」
     僕の背後に、いつの間にか誰かが居た。視界の端に緩く波を打つような黒髪が映る。目の前の鬼がたじろくような素振りを見せた。
    「刀の持ち方はこうだ。よく見ていたまえ」
     鞘を持つ手にも背後の人物の手が添えられ、勢いよく引き抜かれた。僕の手から刀が離れていき、まるで舞うかのようにその人物は目の前の鬼の首を断ち、流れるような動作で鬼の仲間のようなものたちもすべて斬り伏せていく。
     目の前から恐ろしい化け物が居なくなった。そう思ったとたんに、外から怒号、悲鳴、鳴り響く金属音が耳に飛び込んでくる。目の前の人物は、その音の方を見た。ほんの少し何かを思うような表情を浮かべたが、すぐに刀を鞘に納め僕に振り返る。
    「僕は南海太郎朝尊。長いなら……“朝尊”とでも呼びたまえ」
     彼はそう言うと、目を細めて微笑んだ。再び、ひらりと桜の花びらが舞った。
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