Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    hitode_dai_bot

    @hitode_dai_bot

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 61

    hitode_dai_bot

    ☆quiet follow

    武蔵国から陸奥国へ

    ##梟は黄昏に飛ぶ

    退避 このビルには誰も来ない。それがどういう理屈なのか、僕には分らなかった。夜は確かに電気も点けていないけれど人通りは異様に少ない。朝尊は理由を話はしないけれど、朝と夜、外に行くのもこれが理由なのではないかと考えていた。彼が何をしているのか、僕が知るには彼の口から話を聞くしかないけれど、彼は相変わらず僕に対して一切の話をしようとしない。
     だからこそ、突然部屋のドアをノックする音が響いたのは驚いた。朝尊からはドアを開けてはいけないとは言われていない。だが、僕は開けない選択をした。一定の間隔を開けてコンコンコンと金属製のドアが叩かれる。鈍い音が部屋の中に響くのだ。
     僕は簡単に荷物をまとめた。荷物と言っても、すぐに食べられるようなものや水を出して洋箪笥の中に入っていた黒いコートを拝借し風呂敷替わりに包んだ。袖がないタイプのコートだ。朝尊が着ているようなインバネスコート。高そうな布地のものに食べ物を包んで風呂敷替わりに扱うなど本当に持ち主に申し訳ないと思う。ただ、これなら僕の防寒着にもなると判断してのことだった。
     相変わらずドアからは一定の間隔でノックがある。ドアに直接耳をつけるのは少し怖いので、廊下に面している壁に耳を当ててみた。わずかに、固いものが床に当たるような響くような音がする。足音だろうか。今まで聞き耳を立てて足音を聞いたことも無かったから分らない。ただ、朝尊ではないことがはっきりわかった。ここは二階だ。下に降りるにはドアから出て階段をおりなければならない。窓から出るのは自殺行為だと思った。よくカーテンでロープを作ってそれを伝って下に降りるという描写があったりするけれど、それはとても難しいと思った。何よりこの部屋にはカーテンがない。布も誰かの衣服くらいで、人ひとり分の重さに耐えうる強度ではないと思った。
     どうする。彼らはこのドアを開けては来られない。朝尊を待つ方がいいのだろうか。それともやはりどこかから脱出したほうがいいのだろうか。そう思っていると突然外が騒がしくなった。くぐもった声が部屋の中に聞こえてくる。叫び声のようなものも聞こえた気がした。何だというのだろう。そして、沈黙。
     心臓が嫌な音を立て、僕はドアから目を離せなかった。黒いコートを抱いて身を固くすることしかできない。するとほどなくして朝尊が部屋に入ってきた。刀を抜いている。血が付いている。
    「行こう。まだ来るかもしれない」
     朝尊は血を払い、刀を鞘へと納める。流れるような動作だ。そして僕に近づいてきた。
    「怪我をしたの?」
     思った以上にか細い声がした。朝尊を恐れているわけではない。一体何があったのかわからず、僕自身が思った以上に不安を感じていたのだ。ただ、朝尊は僕に伸ばしかけた手を引っ込めた。そしてもう一度「行こう」という。
     僕は頷いて立ち上がった。部屋の外からは鉄のにおいが漂ってきていた。誰かを斬ったのは明白だった。あの化け物は斬っても血など出やしなかったから、あの化け物ではないことは分かる。ビルの階段に数人倒れているのが見えたが、朝尊はすぐに言葉を発する。
    「死んではいないよ。殺すと厄介だからね」
     伏している彼らも刀を持っているようだった。あまり見えないように、コートで僕を多いながら階段を下ろうとしたときだ。
    「せんせい……」
     声が聞こえた。くぐもった声で、ぺた、という湿った音が響く。起き上がろうとしているのだろうか。朝尊は恐ろしいほど冷たく言い放つ。
    「僕は君の先生ではないよ」
     僕と同い年くらいの髪に赤いメッシュが入っている少年の姿が目に入る。その奥に、もう一人、黒い髪の少年も蹲って倒れていた。
    「邪魔をしないでくれたまえ」
     朝尊はそれだけ言って、僕を連れて歩き始めた。表通りは歩かず、建物の隙間を縫うように進んでいく。あの言葉はどういう意味だったのだろう。
    「大丈夫かな。彼」
     僕はぽつりとつぶやいた。
    「先ほども言ったけれどね、殺してはいない」
     ただの時間稼ぎだ、という。朝尊は行き先が定まっているかのように迷わず進んでいく。刀を右手に持っていて、左手で僕の腕を掴んでいた。
    「朝尊は怪我していないの」
     僕の問いかけに朝尊は大丈夫さ、と小さく答える。怪我の有無は答えなかった。しばらく進んでいくと、民家のようなところへと出る。朝尊はぼうぼうと多い茂った草をかき分けて庭を進んだ。空き家らしい。窓という窓には板が張り付けてあり、中には入れそうにない。朝尊も中に入ろうとしているわけではなく、その横にある小さな物置に用事があるようだった。
    「これはここに捨てていこう」
     血にまみれたインバネスコートをさっと脱ぐ。そうして、物置の中にやや雑に放り投げた。
    「それだと、すぐばれてしまうんじゃない?」
     まるで共犯のようなことを僕は口にした。こういったものはもう少し厳重に隠した方がいいんじゃないかという進言だったが、朝尊は大丈夫だといった。
    「ここには中々たどり着けないだろうからね」
     どういう意味なのか僕にはやはり分からなかったが、何かしらの根拠があって言っているようだった。いつの間にか朝尊は刀をどこかへとやっている。物置をちらと見たけれど、刀も捨てたような気配はない。そもそもそんなに大きな音すら立たなかった。すると、朝尊がおいでという。僕は着いて行った。今度は表通りを通るらしく、人々はやはり朝尊に見向きもしない。
     不思議な感覚だ。行先は駅だった。電車で移動するらしい。
    「僕お金持っていないよ」
    「気にする必要はないとも」
     朝尊は切符を素早く買って僕にも渡す。やや足早に改札をくぐると来た電車に乗り込んだ。ローカル線とでもいうべきだろうか。昼間の電車は空いていて、どこの座席も座れるような状態だった。どこまで行くのだろう。朝尊は深く考え事をしているようで、難しい顔で立っていた。
     そして朝尊は僕に対して突然謝った。
    「すまない。僕がもっと巡回をしていれば」
     まさか、僕の罠を掻い潜るとは、と小さく呟いて口を閉ざす。僕は深くは突っ込まなかった。きっと聞かれるのは嫌だろうと思ったからだ。ただ、誤解は解いた方がいいと思い、僕は口下手ながらも彼に告げる。
    「あのね、朝尊のことを怖いと思ったことは一度もないよ」
     取り繕って言っているわけではない。それが伝わればと思い僕は朝尊を見た。彼はほんのわずかに驚いた面持ちで僕を見ていた。朝尊の動揺を僕が見透かしたことに驚いているのかもしれない。
    「外に誰が居るか分からなくて、あの化け物だったらと不安だったんだ」
     ガタン、ガタン、と一定のリズムで電車は音を立てる。朝尊は僕から目を逸らして床をじっと見つめたと思うと、そうかね、とだけ絞り出すように声を出した。今度は彼の声の方がか細くなる番だったようだ。
    「君に何一つ話さず、こうして行先も告げずにいる僕を恐ろしいと思わないと?」
    「うん。貴方が助けてくれなかったら、僕は死んでいたから」
     不思議と恐ろしさを感じず、どこか懐かしさがあったのだと朝尊に初めて話した。
    「はじめて会ったとき、仏間の線香と同じ香りがしたんだよ」
     僕の言葉に朝尊は口の端をわずかに上げ、眉尻を下げて微笑んだ。困ったような笑い方だと僕は思った。
    「そうかい。僕はそんな匂いになっていたのか」
    「うん。自分の匂いって自分じゃわからないと言うしね」
     朝尊はふふ、と笑った。そして息を深く吸ってゆっくりと吐く。僕はその様子をしばらく見ていた。彼の中にも何かしらの葛藤があって、誰かに話したいけれど側にいる僕には話すことは出来ない状態だと思われた。彼が何処から来て、何故僕を助けようとするのか、僕なりに考えてはいた。ただ、今のところそんなことがあるわけがないという結論にしか行きつかない。
     朝尊は僕に次の駅で降りると告げた。僕は頷く。電車は国の境を越えて、陸奥国へと進んでいった
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏😭👏👏💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works