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    梟は黄昏に飛ぶ

    朝尊の回想

    ##梟は黄昏に飛ぶ

    悔恨 梟が飛んだ。僕は先ほどまで戦っていたものが叫び、彼を掴もうとしたのを見た。ぐらりと視界が歪み、僕は倒れる。感覚がない。ああ、彼はどうなっただろう。

     ――呼び声が聞こえた。
     僕は振り返り声の主を見る。そこには僕よりも幼い師、水心子正秀がいた。五月の暖かい日差しの中、立ち止まって彼を待った。
    「聞いたぞ、単騎で遠征だと」
    「おや、そうかね。難しいものではないし、心配には及ばないと思うのだが」
     僕に追いついてきたのを見届け、僕は再び歩き始める。いつも行くような遠征場所だ。無論手を抜こうとは思わない。しかし殆どは戦闘もなく穏やかに終わる。僕が行くところは江戸の寛政の世だ。
    「貴方の親友も単騎で遠征なのはご存じかな?」
    「ああ、知っている。主には僕から進言したのだが……」
     彼はため息をついた。僕はその様子を見ながらも遠征に出るための門へと向かう。本丸の敷地内の端の方にある門の前には、すでに源清麿が立っていた。彼は一文字則宗と何やら話をしているようだった。ふたりは僕たちに気付くと、朗らかに笑う。
    「清麿!」
    「どうしたの、水心子?」
     一人で行かせるのはおかしいと、お師匠は言う。してはいけない理由はない。条件を満たしているのだから、条件を満たさなければそもそも遠征に出ることは出来ない。だが、やけに彼は僕たちを引き留めた。
    「則宗さんと本丸の留守を頼んだよ、水心子」
    「長義も肥前も忘れてやるな。もうじき、古今と地蔵も戻るしなあ」
     一文字則宗は源清麿とあろうことか僕の頭も撫でて、頑張れよ、と送り出す。すぐに戻れると、僕もそう思っていた。だから、主ともろくに顔を合わせず、親しかった陸奥守君や、政府からの付き合いである肥前君に挨拶をしなかったことを、僕はずっと悔いている。

     帰れなくなった、それに気づいたのは既定の時間を過ぎても一切本丸からの連絡がなかったからだ。状況が分からない。何故、いったい何が起こったのだと、僕は焦った。連絡もつかず、本丸所属の管狐からも音沙汰さえなかった。一日、二日、それくらいなら何かの不具合だと自分を納得させた。だが、一週間、十日、僕は任務の場所から離れた。不審に思われないように見えてはいるはずだが、遠征であっても長期に同じ時代、同じ場所に留まり続けることは危険だと思ったからに他ならない。人が多い江戸からは離れるべきだ。もし、万が一、検非違使や遡行軍と戦闘になりでもしたら、多くの人々を巻き込むことになる。
     何故帰れないのか、という疑問が、疑念に変わるのは時間の問題だった。本丸は、あの審神者は僕を裏切ったのだろうか、とひとりになって考える。共に遠征に出た源清麿はどうだ。帰ることが出来ただろうか。僕の心境を映すかのように、審神者、僕の主に対して不信を抱いたその日は、雨が降りしきっていたことを覚えている。
     行くあてがない。人里はなるべく離れたほうがいい。しかし、僕は一体、何のためにこんなことをしているのだろうと、疑問を抱くにさえ至った。
     もし、僕を切り捨てたとして、水心子正秀と一文字則宗がそれを良しとするのだろうか。審神者よりも付き合いが長かった彼らに対して、僕は信頼をしていた。だからこそ、審神者が僕を裏切ったのではなく、やはり何か、問題が起こったのだと考えるに至った。
     浮浪者のように見えたかもしれない。宿もなくふらふらと彷徨っていた僕を気に掛ける男がいた。身なりはそれなりによく、僕に「大丈夫ですか」と声を掛けてくる。どこか、見覚えがあった。そんな気がした。
     彼の家はこの近くにあるといい、僕を家に連れて行った。いわゆる農民、それなりに裕福なようだ。僕を気に掛けた理由を尋ねたが、彼は少しだけ考えて僕に耳打ちをした。
    「珍しい服装をなさっているので、野盗に襲われでもしたら大変だと思いまして」
     他の身内のものは僕の姿に言及しない。だが彼は『僕の姿が正しく見えている』のだ。数日、僕は世話になった。その恩は返さなければと思っていたが、僕には渡せるものが無い。代わりに仕事を手伝うと申し出ても、彼はそれを断った。よそ者を匿っている、と噂が立つと面倒だからと理由をつけて。
     油断をしていたのは否めない。血相を変えて村の男が家に駆けこんできた。鬼が出たと男は言う。僕はその言葉を聞くや弾かれたように家を飛び出した。まずい、懸念していたことが本当になったのではないか。僕が駆け付けた時、畑は踏み荒らされ、人が数人倒れている。パアン、と高い音がする。火縄銃だ。それを放っているのはあの家の彼だった。
    「さがれ、皆さがれ!」
     火縄銃は連射が出来ない。敵の短刀が彼を襲う。僕はとっさに刀を抜き、真っ二つに叩ききった。彼は驚いて僕を見ていた。検非違使ではなかったのは不幸中の幸いか。だが、多勢に無勢。僕は必死に刀を振るった。ただ、本丸とのつながりが立たれていた僕にとって、それは僕の活動時間を縮める行為に他ならなかった。
     なんとか敵を斬り伏せ、僕を助けた彼は守り切ることが出来た。いや、彼の援護がなければ、難しかったかもしれない。火縄銃で彼は刀を打ち抜き、的確に倒した。
    「あんた、透けて」
     指先から向こうの景色が見える。夕暮れの時。そのとき、僕は彼をどこで見たことがあったのか、思い出す。本丸の裏にある民家。目の前の男に似ている少年がいた。あの家の苗字は『南海』だった。南海、珍しくはない苗字だと思っていた。
    「……僕はじきに消える。けれど、頼みたいことがある」
     これがどういうことなのか、僕は理解しているつもりだった。彼らを利用する。戻れないなら、僕が朽ちて消えないように、その時まで守ってもらわなくてはならない。賭けだ。本丸で何があったのか、僕はそれを知りたい。何故帰れなくなったのか、何故連絡もつかないのか。それが裏切りによるものだとしたら。僕の中でなにかどす黒い感情が湧き上がった気がした。
    「今になって名乗る無礼を許していただけるかな。僕は南海太郎朝尊、という」
     彼の目を見て、僕は僕の本体を彼に渡した。
    「この刀を、どうか末代まで伝えてくれないだろうか。どうか売らずに、君の家において欲しい。その代わり、僕は君の家を守ると約束しよう」
     都合のいいことを言っている自覚はあった。自分が帰るために、人間の善意を利用する。罰は必ず受けることになるだろう。その代償がどのようになるのか、見当もつかなかった。
     彼は僕に問いかけようとしたけれど、僕はその問いに答えることも叶わず、人の身が解けるように消えていった。それからしばらく、僕の意識は途切れている。

     次に僕の意識が浮かび上がったのは森の中でのことだった。酷く冷えて澄み切った空気が刀の僕にも伝わってくる。ざり、ざり、と氷を踏みしめるような音がしていた。僕を腰に差し、猟銃を手に持った男が雪の降りしきる山を歩いている。足取りは重く、震えが僕にも伝わってきた。
     先ほどから何処へ向かおうとしているのかわからない。迷っているのか、僕は思った。僕を持つ男は、刀を預けたあの青年によく似ていた。彼とは別人、だがその血縁に当たる人物なのだろう。しばらく歩いたようだったが、とうとう木の根元に座り込んで、刀を抱きかかえる。
     僕は遠くまで見通すことは出来ない。ここは何処だ。あの土地ではない、もっと北に来ているのだろうか。そう考え、思い至る。ここは蝦夷地なのではないか、と。
    「帰らなきゃならないのに、なんだってこんなことに」
     奥歯の鳴る音に紛れて、男は呟いた。このままだと凍死するのではないか。雪は降っているが、積もるほどではない。まだ真冬ではないのか、蝦夷地でもそこまで雪の積もらぬ地域なのか。ただ、この軽装備で夜を明かせるとは思えなかった。
     それは彼も同じことを考えているようで、突然、鞘から引き抜かれる。切腹、それが僕の頭を過る。ぱしっ、と乾いた音がして、僕は彼の手を掴んで止めていた。
    「何をしているのかな」
     怒りが滲む。こんなところで死なれては困る。ぎり、と腕を掴む僕の手に力が込められていく。きりきりと、万力のように絞められて、男は痛いと声を出した。彼はいう。迷ってしまったと。羆に生きたまま食われたり、凍死をするよりは、家宝によって死にたいと。
    「あんたは、いったいどこからきて」
     僕は答えなかった。男を立たせ、肩を貸して歩かせる。男は話した。自分は次男だから、家督は長兄が継いだ。居場所がなく、一縷の望みをもって北海道に来た。ただ、家督はやるからどうか家宝の刀をよこして欲しいと頭を下げて、何とか持ち出すことが出来たと。
     何故こんなに軽装備で来たのか、と問うたら、すぐに戻る予定だったからなどと男は泣いた。猟銃を持っているから、おそらくは狩猟でもしていて迷ったのだろう。全くあきれる。僕を引き抜き、顕現させるほどことから才はあるのかもしれないが。
     夜通し歩き続けた。死なれては困る。ここで僕を持つものが死ぬことは許さない。そんな理由で僕は男を助けた。感激したのか、何なのか、僕に対して色々と話をしてくる。冷静だった先祖から見て軽率で浅はかな男だと思った。
    「羆とかち合わないように、話すのが良いんだと」
    「……それは春から秋にかけての話ではないのかね?」
     僕の言葉に気を悪くする様子もなく、男はそうだったかもしれないという。僕の苛立ちなど気付いていないのだろう。さっさと人里にまで連れて行って休みたいものだ。
     しばらく歩くと、滑り落ちたような痕跡が見つかる。なるほど、暗がりで足を取られて滑落をしたのだろう。そして、のぼることも出来ずにどうしようもなく歩いていたと。
     とはいえ、かなり滑りやすくなっていて、僕であっても人を担いだ状態では難しいと感じた。
     その時、ほほーと笛のような鳴き声が聞こえてきた。鳴き声の方へと目を向けると、金色の目が二つ、木の上から僕たちを見ている。
     じっとお互いに見ていた気がする。梟は翼を広げ、ばさばさと羽ばたく素振りを見せてから僕に背を向ける。僕が観察していると梟は首だけまわし僕を見てきた。そして前を向くと飛び立ち、少し離れた位置で止まった。そして、ほー、と鳴く。
    「ついて来いと?」
     男は口数が減っているが死んではいない。というより、梟の不可思議な行動をまじまじと見ていた。僕は梟についていくことにした。梟は少し飛んで止まり、僕たちを呼ぶように鳴いて再び飛ぶ、を繰り返している。
    「聞いたことがあるんだ。梟は神様なんだって」
     僕はそれには反応せず、歩き続けた。次第に、東の空が赤く染まり始める。日の出が近い。深い木々の間を縫うように、梟は東へと僕たちを連れていく。森が開け、草原に出た。さわさわ、と風でなびく音がする。梟は、ぽつんと立っている木の枝にとまり、僕たちを見ていた。山々の間から、日は昇り朝が来る。梟が一段と大きな声で鳴き、羽ばたいた。朝日と共に、梟は空に舞う。朝日を背に受けて、まだ夜が残る森の中へと帰っていく。
    「神様、か」
     人の手がはいらない、神と呼ばれる存在。偶然導いたように見えたのか、それとも本当に導かれたのか。僕にはわからない。ただ、あの金色の目と灰と黒の翼が目に焼き付いていた。
     しばらく歩くと、藁で作られた小屋が寄せ集まっている集落が眼下に見えた。男は自然と僕の手を離れる。帰れたと喜びを僕に伝えようと振り返った。だが、彼が僕から離れた時点で、僕の人の身はすでになかった。

     それからは、時折音が聞こえたり様子が見えたりする程度で、干渉することなく過ごしていた。僕を鉄として溶かすことも無ければ、炎で焼かれることも無かった。ただ、ずっと北海道に残ることも無く、何代かその地に住んだ後、とある時代の終わりに僕は再びあの地へと戻った。それからどれくらいたったころだろう。見覚えのある家に建て替えられ、そこに一人の息子が生まれた。赤ん坊の時から様子を見るのは初めてだ。年を食った男が、その赤ん坊を抱えて仏間の僕に見せる。赤ん坊は僕を見た気がした。あうあう、と声を上げて僕の方に小さい手を伸ばす。男からすれば何もない空間に赤ん坊が笑いながら手を伸ばしているように見えるのだろう。僕は触れないことを承知で手を伸ばし、触る素振りをした。
     それから、僕は仏間という制約はあったもののずっとその姿を見ていた。日に日に大きくなっていく。時に大きく泣き叫び、大きく笑い、成長していった。年を食った男は枯れるようにどんどん老け、腰が曲がり、それでも子供にものを教えた。刀の手入れも、先祖からの謂れも。少年は僕の姿など見えていないだろうに、一人でも僕に話しかけ続けた。今日あったこと、嬉しかったこと、何処で何を見たのかも。一生懸命に話す姿がほほえましく感じる。
    「あやる、この刀は、今は俺のものだが、俺が死んだらお前のものだ」
     息子は刀に興味がなかったから、お前が興味を持ってくれて嬉しい、と。少年の背丈が大きくなって、時代が時代なら元服する年頃だろう。そして、それからほどなくして老人は死んだ。この家の裏には、見覚えのある日本屋敷が建っている。答えを僕はもうすぐ知ることが出来る。この家からも立ち去れるだろう。だというのに。
     南海あやる、中学の二年目あたりで彼は何処か諦めたような表情をするようになった。ため息をつき、つまらなさそうに過ごす。高校に上がってもそれは同じだった。

     ――ああ、あの日もそうだった。君はつまらなさそうに帰ってきて、昔のように僕に話しかけることなどなく、部屋にこもって無為に時間を過ごしている。
     異変に気付いた。ほどなくして彼も気付いた。僕から彼の様子は見えなかったが、轟音と目の前のものに怯んで動けないでいるのではないか、と。少しでもいい、鈴棒をとっさに掴みそれを鈴に投げつけた。僕は顕現もしていないのにものに触れたことに驚きつつも、幸運と取った。彼は仏間に走ってきた。そして、僕本体の柄に手を掛け、僕を引き抜く。
     裏切りなどではなかった。遡行軍から襲撃を受けていたのだから。だが、そうだ。僕は本丸へと助けに戻らず、目の前の力のない少年を助けようと思った。僕が巻き込んだ。初めからそうなることが決定づけられていたとしても。僕は赦されざることをしたのだ。一切の争いから遠ざけて、どこか遠いところで寿命まで生きてくれればいい。そのためなら何処までも逃がそう。僕が僕ではなくなったとしてもいい。僕はそれを望むのだから。
     僕は本来の在り方から大きく外れてしまっている。言われなくとも分かっていた。それは永い年月を経てほんのわずかのずれが大きな歪みになっているかのようだった。もう戻ることは出来ない。

    ――朝尊。

     呼び声が聞こえる。なんだい、と答えようとしたが無理だった。僕の意識は、そこで途切れた。
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