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    梟は黄昏に飛ぶ
    則宗視点

    ##梟は黄昏に飛ぶ

    任務『救援を、頼む』
     その連絡を受け取り、救援信号が発されている場所まで急行する。嫌な予感がしていた。こちらとしては少年だけではなく、南海太郎朝尊の保護も目的としていた。ただ、その動きがおかしいと思っていたのだ。自らの本丸が燃え盛っているにもかかわらず、政府に民間人の少年を預けようともせず、一振りだけその戦いから遠ざかっていた。人目につかないような経路、監視カメラにさえ、はっきりと姿が映っていない。目を凝らすとようやく二人分の何かが動いているのがわかる。
     水心子正秀と肥前忠弘を任務に向かわせるよう、指示があった。僕は正直、逆効果ではないかと思っていた。ここまで隠そうとするということは、何かある。恐らく、その少年を時の政府に見つけて欲しくはない。となると理由は限られてくる。歴史修正主義者か審神者の才のある一般人か。歴史修正主義者である可能性は限りなく低いだろう。
     任務に向かうこととなった水心子は、僕の部下であり、術式に関して知識が深い。時の政府の技術の研究、開発をになう部門にいたことがあるからだ。そして、事前に知らせがあった。彼らが潜伏しているビルの周囲、そこに刀剣男士や遡行軍のみに反応する罠が張り巡らされていると。何振りか斬られた形跡がある。遡行軍も刀剣男士も見境なく。ただ、刀剣男士の方に関しては、破壊には至らず重傷という傷だと。そこに行くにも罠を解除しなければ同じ轍を踏むことになるから、慎重に行く。その連絡から三日ほど経ってからの救援の連絡だ。
     水心子は事前に僕に罠を解除した道筋知らせてくれていた。そして、ビルにたどり着く。階段を上がり、上を見ると血がしたたり落ちて来ていた。重傷だ。
     二階まで登りきり、僕は眉を顰めた。肥前は右腕を斬り落とされており、水心子は背から尻に掛けて斜めに斬られ、突きまで食らっているようだった。
    「一度戻るぞ。鍵を使う。水心子は立てないだろう。肥前、お前さんは立てるか?」
     僕の問いかけに血の気のない顔で冷や汗もかいている肥前は頷いた。僕は応急処置として肥前忠弘の止血をし、水心子を抱える。鍵はドアであればどれでもいい。潜んでいたという一室のドアを使い、政府施設の座標を入力する。
    「あのひと、あんな表情するんだな」
     肥前は呟いた。それに反応するように、僕の背で水心子が口を開く。
    「鬼の形相、とはあのようなことをいうのだろう」
     事情を詳しく聞くのは後だと、僕はふたりを伴い帰還した。
     政府施設で、同僚の山姥切長義にも手を貸してもらえないかと頼むことにした。彼は一度本丸に所属をしたことがある刀剣だ。その後、本丸の崩壊に伴って政府へと戻ってきた。だから、人に肩入れをする刀剣男士に対して、何か理解があるのではないかという判断だった。当時の資料を並べ、どういう経緯であの南海太郎朝尊があの家に取り残された少年を助けるに至ったのか、それを見るために長義とともに記録を漁る。
    「時系列がおかしいんじゃないか、これ」
     彼は言う。本丸への襲撃一時間前に遠征に出ている。どの時代に出たのか、こちらでの時間にして三時間の遠征。呼び戻しをしたような形跡はなく、当時から見ても帰還したようには見えない。同時期に遠征に出ていたもう一振りも同じように帰還したという履歴すらない。襲撃の三十分前に、鎌倉の時代へと遠征していた部隊が帰還しているのが最後だ。
     だが、突如として、本丸付近にその本丸所属の南海太郎朝尊が現れている。
    「これは、もしかして」
    「……取り残された時代からこの時代まで過ごした、か」
     そうであると話が変わってくる。長義は渋い顔をしていた。
    「もし、もしだ。本当にそうだとして、完全に俺たちを敵とみなしている可能性があるね」
     南海太郎朝尊が現れた家、そこに住んでいた家族の姓は『南海』だ。寛政に取り残され、戻る手段を失った南海太郎朝尊が取った行動。それはその時代の人間の手を借りて、自身を後世に伝えてもらうことだ。だが、この時代に本来、南海太郎朝尊という刀工はまだ生まれていない。
    「彼が歴史に組み込まれるのは初めから決まっていたことなのかもしれない。どこがはじまりとか、そういうことはないんだろう。改変に至っていない、この『南海』の家は順当に過ごした結果がこうだ。寛政の時からずっと南海と名乗っていたようだけれど、明治の始まり、その時に姓を正式に『南海』としている」
     長義は古い記録を漁り、その経緯を調べている。それより以前は『真野』だったようだが、歴史の改変があったようなやはり何処にも認められなかった。
    「一文字則宗、貴方はまだ本丸に行ったことがないから分らないだろうけれどね。たった数年過ごしただけでも、思い入れが強くなるものだよ。ましてや、本当に江戸から今の時代まで一緒にいたとするなら、ものすごい肩入れをしてしまうのではないかな。俺ならそうなってしまうかもしれない」
    「ただ、それだけなら良いんだがな」
     僕はそれだけではないように思えて仕方がなかった。思い過ごしで在れとここまで願ったことはない。
     肥前と水心子が復帰し、長義も含めて四振りで追跡を再開した。経路とその行先を見て僕は自然と眉間にしわが寄るのが分かった。神社だ。そしてそこからの足取りが途絶えている。この神社はとても古い神を祀っている。そして、門客神としてでも各地にその社がある。一体元々何の神であったのかも分からない、そこに居る存在。その助けを求めた、何を代償にしてだ?
    「長義、調べて欲しいんだが、南海太郎朝尊が所属していた本丸の審神者、その出身は何処だ」
     僕の問いかけに数十秒ほどで長義は答える。「花巻だ」と。丁度、その土地には、同じ神を祀り、かつ御神体の磐座がある社がある。僕たちはタガノキでの調査を打ち切り、花巻へと向かった。水心子はいう。このあたりの罠は精度が低いし範囲が狭い。そして地図上で中心地にあたりをつける。一軒の民家がそれにあたった。
     僕たちが訪れたころには家の中には誰もいなかった。が、つい先ほどまでは滞在していたようだった。時刻を見る。始発に乗るつもりか。電車であれば不特定多数が乗り込み、割り出しが難しい。そしてこちらの都合で止めることもほぼ不可能だ。
     ここから先は分かれて行動をすることにした。僕と長義は異なる線の電車を調べるため、駅に向かう。肥前と水心子は二輪車両で町を捜索する。
     僕は何とか始発に間に合い、最後尾に飛び乗った。人はまばら、たとえ認識阻害の術式を掛けていたとしても、刀剣男士同士であれば至近距離なら視認できる。僕は動く電車の中、一両一両を見ていった。泥酔して寝ているもの、仕事に向かいような格好のもの、次の車両に行こうとして僕は立ち止まる。声が聞こえる。車両のドアから見えないようやや横に身をずらした。
    「僕はね、何度でも貴方から離れる機会はあったんだよ」
     立ち入ることをためらった。このまま立ち去ったほうがいいのではないかとも思った。だが、そうはいかない。肥前と水心子を斬られて、南海太郎朝尊に何の罰も与えないことなどありえないことだった。落とし前は付けてもらわなくてはいけない。たとえ、生きていたとしてもだ。僕は自分を叱責し、その車両に立ち入る。その時、南海太郎朝尊と目が合った。少年の手を掴むと問答無用で開いているドアから駅に降りていった。
     僕は間に合わずそのまま電車は走り出す。窓から少年を見た。少年は僕を見ていた。なるほど、やはり審神者としての才はあるようだ。僕は他の者に連絡をした。長義はすでに町の中にいるということだった。肥前と水心子、ふたりと連絡を取って探すように連絡する。長義であればうまく話せるか、と希望を持ったのも打ち破られた。長義は大やけどを負い、あまつさえ火災に見せかけて南海太郎朝尊は逃走した。
    「すまない、則宗。俺はこのままでも行ける。追おう」
     警戒を解きたくてね、と長義はバツが悪そうにつぶやいた。

     そして、僕は南海太郎朝尊と対峙した。罠を解除するのにも時間はかかったが、あっさりと出てきた。自分の行いがどういうものか分かっているのかと僕は尋ねた。奴は答えず、刀を抜き殺しにかかってきた。風を切る音が耳の側でする。髪が少し切れた。僕は不用意に振らず、見定めて突きを繰り出す。それが弾かれて、ガキンと重い音を立てた。
    「自分が何をしているのか理解しているんだろうな」
    「……何度も同じことを聞いてくるとは、随分耄碌としているようだ」
     嘲るような言葉を吐きかける。捻くれたような響きを南海太郎朝尊という存在から聞くことになるとは思いもよらなかった。
    「僕は理解した上で行動をしている。貴方にも、その部下たちにも一切関係がない。もう追うなと言っても追うのだろう。ならばここで終わらせるだけだ」
     正面から剣を交え、ぎりぎりと鍔迫り合いになる。力任せに押し切ろうとしてくる南海太郎朝尊を、横から斬ろうと肥前が割り込み、その切っ先が一撃入る。だが、蹴り飛ばされ、肥前は吹っ飛んだ。肥前が転がった先の床が突然崩れる。
    「肥前!」
     敵を前にして思わず背を向けてしまった。下に落ち、もうもうと立ち上る塵でどうなったのか見えない。僕は目の前の南海太郎朝尊の姿をしたモノを睨みつける。下から「肥前は大丈夫だ」と声が聞こえた。水心子ががれきから助け出そうとしているようだ。
    「なるほど、廃墟の強度を懸念して威力を低くしていたが、裏目に出たようだ。さすが政府所属の刀剣男士。しぶといものだね」
     冷ややかな声色だ。面倒だから、という理由で生かされたと水心子が話していたが、おそらく真実だろう。こいつは何も思っていない。
    「南海太郎朝尊、政府が折れと言っても僕は折るつもりはなかったのだが」
    「おや、そうかね。初めから折る気で来ていると思ったが」
     よくもまあぬけぬけと言えたものだ。折る気でいたのはそちらが先だろうに。僕の疑念は確信に変わろうとしていた。この目の前の存在は、明確に利用したのだ人間を。自分が元の時代に戻るただそれだけのために。その執着の先が少年に代わったというだけだ。やつの本懐、それが本丸への報復だったとして、何があったのかその真実を目の当たりにしたときに、行先を失った感情の先があの少年に向いてしまった。ふと視線を感じ、僕は階段を見る。少年がいた。不安げに僕たちを見ている。すると、やつは踏み込んできた。疲労が見える。随分と大振りをしてきた。それをいなし、僕は斜めにやつを斬り上げた。よろめき、踏みとどまった時に右胸を突く。あえてだ。情報を吐かせる必要がある。決着はついた。
    「自分が、何をしているのか分かっているのか」

     僕は少年に呼びかけ、これがどういう存在なのかを話す。こいつが生きているのは間違いだ、折れているべきだったと。うなだれ、やつは黙り込んでいる。話す様子はないが、何か行動を起こすかもしれない。僕は切っ先をやつに向けた。
    「ここまで生きたのが間違いだったって、それは貴方がそういう神様ってことですか?」
     僕は思わず「何?」と口走る。
    「ほら、運命を決めたり、人の寿命を定めたりとか、そういうことが出来る存在なんですか?」
     少年の話の意図が掴めず、僕はわずかに動揺し、理解した。弁解より先に少年が口を開く。
    「朝尊が生きていることが間違っているなら、僕が生きていることも間違いですよ。僕の先祖は朝尊に刀を譲り受けて姓を『南海』と定めた。朝尊の刀をずっと守り続けていたことが間違いだったというのなら、僕の家はそもそも成り立ちから間違っている」
     そういうことを言いたかったわけではない。だが、ぞわりとおぞましい気配がした。視線を少年の横に移す。もう、目の前のものはいよいよ刀剣男士という枠から外れようとしていると感じた。今斬れば間に合うか、と柄を握る。しかし、少年の「朝尊」という呼びかけで、それがわずかに収まる。ひそひそ、と少年は何かを語り掛け、顔を上げ僕を見た。まっすぐとした瞳で僕を見据えている。
    「もし、朝尊が生きていてはいけないなら、共に誤った道を進み続けた南海の家もここで終わりにします。僕が末代ですから。でも、生きていることが正しいかもしれない。それを、僕は今から確かめて見せるから」
     確かめる、何を、どうやって、僕は少年を見ることしかできなかった。恭しく刀を鞘に納め、少年はそれを大事そうに腕に抱き、一歩下がった。
    「僕と、南海理と約束してください一文字則宗。ふたりとも生き残っても、片方だけ生き残っても、殺さないで。確かめて生かされたのだから、貴方にその生を間違いと終わらせる権利はない」
     ふわ、と風が入ってきた。西日を受け少年は逆光の中、微笑みを浮かべている。何をしようとしているのか、僕は理解し、駆け出した。
    「やめなさい!」
     迷いなく床を蹴るその背を何とか掴もうと手を伸ばす。わずかに振れただけで、少年は落ちていった。崖下の木々に当たったのだろう。バキバキバキ、と音が静寂を破る。そして沈黙した。
    『則宗、いま、今、あの子が…』
     通信機から水心子の絶望した声が聞こえてくる。間に合わなかった。
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