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    宵の本丸 梟は黄昏に飛ぶ の朝尊の話

    ##梟は黄昏に飛ぶ

    夢枕 りいん、と涼やかな音が耳に届いた。ただ寒い風が室内に入り込んできている。目を開けると板張りの天井があり、明かりもなく暗い。風はわずかに開いた障子の向こうから入り込んでいる。しっかりと閉めたはずだ、と寝ぼけながら僕は身を起こし立ち上がった。そして障子に手を掛けたところで、ふと、違和感を覚える。何だったか、何か違う気がしているのは分かるのに、何が違うのか分からない。隙間から部屋の外が見える。一つ部屋の向こうに縁側があり、そこに誰かが座っていた。
    「……あ」
     思わず部屋から出た。上着も羽織らずに。彼はあの子ではない。だが、どうして。混乱する頭で、一歩一歩と進むと足音に気付いた彼が振り向いた。
    「……ああ、貴方ですか。良い夜ですね、秋の済んだ空気で月がよく見えますよ」
     穏やかな笑顔を浮かべる。月明かりによる逆光で顔に影が掛かっていても分かるほど、彼からは敵意も何も感じない。まるで、今までのことがすべて夢だったと言われているかのようだ。
    「どうぞ、そこにおかけになってください」
     隣に座るように促してくる。僕は動揺していた。じいっとあの子と同じ目の色で見据えられる。あの子よりも見透かしてくるような、そういう雰囲気すら感じた。梟のようだ。
    「……どうしました、朝尊さん」
     はっと気づく。彼は僕の名前を知らない。名乗ったのは別れ際だ。

    ――これは夢だ。

     そう思うと、わずかばかりに落ち着いた。今までのことがすべて夢だったと言われる方が僕にとっては堪える。過ごした時間は胡蝶の夢などと評されるような美しいものではなかったが、それでも。僕が黙りこくっていると、彼は僕に問いかける。
    「最近のお加減は如何ですか」
     彼は庭から見える月を見上げていた。どこかから、ほうほう、という鳥の鳴き声が聞こえてくる。夜風で彼の髪がなびいた。これは夢だが、黙ってばかりいるのも悪いと僕は口を開き答える。
    「ええ、お陰様で」
     嘘ではなかった。最も、ほぼ本丸にいて遠征や出陣からは遠ざかっている。あの子は僕に無理をさせようとはしなかった。頼りなく見えるのかもしれないと、やや不安に思うこともある。
     僕は少し視線を落として、庭石をただ眺めていた。
    「……無理は禁物ですよ」
     僕に対して優しい物言いをする。彼は僕に初めて会った時からそうだった。この目の前の彼は僕が勝手に見ているだけのもの、だというのに、どこか現実味があった。
    「貴方はひとりでお抱えになることが多いですから、どうぞ頼ってください」
     わずかに彼の方に視線を向ける。目が合った。柔和な笑みを浮かべて裏もなく僕に言う。目を逸らして、どう答えたものか考える。そうしていると、次の言葉に僕は耳を疑った。
    「それとも、私の家の末代は……頼り甲斐のないものでしょうか」
    「い、いや……、そんなことは」
     夢なのか本当に、僕は言葉に詰まる。僕が見せている都合のいい夢にしては、相手が僕の予想だにしない事ばかり言う。それとも、そう思っていて欲しいと、僕が思っているのだろうか。
    「まだ若いですから、そんなものでしょう。意地の悪いことをお伺い致しましたね」
     彼は相変わらず笑みを浮かべていた。にこやかに僕を見ている。夢だというのに動悸がする。違う、これは、目の前にいるのは僕が勝手に見ている偶像ではないのではないか。もしかしたら、今になって聞かなかったことを後悔していることを聞くことが出来るのではないか。
     そんな希望をもって、僕から尋ねた。
    「貴方は、何処まで気付いていたのです」
     僕からの質問に彼は少し考える素振りをする。まくしたてないように、それでも間違っても答えを聞く前に起きてしまわないように、僕は質問を重ねる。
    「貴方は刀を撃ち抜く、刀を破壊することであれらを殺せることを知っていた。なら、僕のことも、本当は気付いて……」
     と言ったところで、彼は僕を遮る。
    「死人に口なし、という言葉をご存じですか」
     僕は再び言葉に詰まった。対話する、それを当時放棄してしまったのは僕の方だ。
    「いえね、仮に私の最後の問いに、あの時貴方が答える時間があったならば、今ここで貴方の疑問に答えることも許されましょうや。ですが、現実には違いました。私は問えず、貴方は去った。そういうことです」
     何も言えなかった。彼は僕の問いには答えないと言っているのだ。小さくうなずきながら僕はそうだね、と同意する。存外かすれて弱々しい声で、言いようのない後悔が湧き上がってくるようだった。
    「貴方は私に言いましたね、末代まで伝えて欲しい、と。ええ、それはもちろん、私の家が続く限りそうしましょう。本家が潰えても、分家が伝えましょう。それすら危うくなったとしても、血縁の者が必ずや伝えましょう。貴方は貴方の思うままに此処にいれば宜しい」
     問いに答えることもせず、僕が残したことは呪いのような言葉だった。彼はそれを実行している。あの子は僕が生き残ったことを間違いではないと言ってくれたが、これでは。
     視線を感じる。彼が僕を見ている。どんな顔をしているのか、恐ろしくて顔を上げられない。
    「朝尊さん、いいですか。私はね、貴方を疎ましく思ったことはありません。子孫も同じでしょう。それだけは言えます。もし、貴方を手放したいと思ったなら、その代の者がとっくに手放したでしょうから。でもそうではなかった。でもね、貴方が離れたいと思えば、その代の者にどうぞお伝えください。それですっぱり、後腐れなくおしまいに出来ます」
     ぽん、と肩に手が置かれた。そして、何も言わずに、僕の背を優しく撫でた。僕が咳き込んでいる時にあの子がやる動作と全く同じだ。おそるおそる顔を上げる。彼は微笑んでいた。
    「私の家は、その時まであなたと共にありましょう」
     彼は僕から少し離れて、会釈のように頭を下げた。あの縁側の風景が白む。りいん、と涼やかな虫の声が聞こえた気がした。
     目が覚めた。
     起き上がり、あたりを見まわす。あの子の、南海あやるの本丸にある僕の私室だ。まだ外は薄暗い。あれは夢だった。だが、ただの夢ではなかった。様子を見に来たのだろうか。彼には心配を掛け通しだった。僕が何をしたいのかも伝えなかったにも関わらず、彼はそれに無償で応え続けた。今も。恐らくはこれから先も。時計を見る。もうじきあの子が起きだす頃だろう。あの子に聞かなければならないこと、そして、行かなければならない場所が出来た。
     きっと彼はそんなことのために夢に出てきたわけではないだろうに、それでも僕自身の気もおさまらない。

    ――僕は彼の名すら知らないのだから。


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