こんなに幸せでいいの?「桜さん、これここでいいっすかね?」
「分かんね…楡井の好きな場所でいい」
段ボールを運びながら難しい顔をする桜にそんな難しく考えなくても…と苦笑いを返す楡井。
大きく開けられた窓からはまだ少し冷たい風が入ってくるが日差しは暖かく少しづつ春に近付いている。
風鈴の正面にある桜並木は今年も美しく咲き誇り新入生を出迎えている頃だろう。
そんな日に2人は晴れて同棲が決まり、新居にて暮らしの準備をしていた。
長かった…と楡井は語る。
告白と同じぐらい脈打つ心臓を落ち着かせながら卒業したら一緒に暮らさないかと告げた日、桜は驚いた顔をして待ってくれと言ったっきりずっと思い詰めた顔していた。
嫌なら、と言えば違うと返ってきて何故?と聞けば待てと言われる。
そんな問答を繰り返して漸く返事を貰えたのは伝えた日から1ヶ月が過ぎた頃だった。
見慣れた部屋の中で2人して正座で重い空気の中辿たどしく話す桜。
迷惑をかけるかもしれない。離れたくなるかもしれない。それでも構わない、それまでは一緒にいたい。
桜の過去を全て知っている訳では無い。けれど時折見せる寂しく苦しそうに歪められる表情を少しでも和らげたくて楡井も含め仲間全員で大切だと大好きだと伝えてきた。
そのおかげか1年の頃よりは笑顔を見せてくれる事も増え、頼ってくれることも増えた。
けれどまだ心の奥底にある深い深い傷は癒えないのだろう。
目の前で拳を握り締めながら微かに震えている桜の拳を両手で包み、桜の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「迷惑だなんて思いません。何かあればいつでもなんでも言ってください。離れたいなんてないです。絶対ないです。俺は桜さんと一緒に居たいんです。」
そう伝えた時桜は戸惑い目を見開いていた。
でも少しづつ力が抜けていって最後は消えそうな声で俺も、と返してくれた。
それからは周りの協力もあって意外とトントン拍子で事が決まっていった。
まだ不安そうだった桜を蘇枋を初めとしたクラスメイトや先輩達も大丈夫だと背中を押してくれて少しは吹っ切れたように思える。
「よいしょ…これは…寝室かな」
荷物を抱え寝室のドアを開けると隅にダンボールを置く。
ぐーっと体を伸ばし振り返ると目に入ったのは大きめのベッド。
これは二人で相談…というかほぼ楡井の希望で買った物だ。
最初同じ布団で寝ると言った時は顔を真っ赤にさせて首を横に振られたが泊まりの時と変わらないと伝えれば渋々ながら納得してくれた…ような気がする。
「……少しぐらい…いいっすよね」
片付けの疲れからベッドの甘い誘惑に耐えられずぼふん!と横になる。
寝具はこだわって色々調べて買い揃えたものだから柔らかくも優しく体を包んでくれるような感覚だ。
流石は蘇枋と桐生のおすすめだ…と感心していると桜がひょっこりと顔を出した。
「おい、何サボってんだ」
「すいません。でも寝心地最高っすよ!」
ベッド近くまで来た桜の手を引いてベッドへダイブさせる。
お前な!と文句を言いたげな桜だがマットレスや布団の心地良さに気付いたのだろうおぉ!と目を輝かせていた。
「ね?気持ちいいっすよね!」
「すっげぇな…」
2人して触り心地や感触を楽しんでいるとぱちりと目が合った。
にへ、と笑うと桜も少し頬を赤くしながらも笑う。
「改めて。桜さん今日から宜しくお願いします」
「ん、楡井宜しくな」
引き寄せられるように触れるだけのキスをすると気恥しくなったのか続きやるぞ!とベッドから出ていってしまった桜の後を追いかけて片付けの続きを再開した。
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「ふぅ…やっと終わりましたね…」
「案外掛かったな。」
ソファにドサッと座ると深い深い息を吐く。
外を見れば高かった日も大分落ちて夕日がさしていた。
ゆっくりと部屋の中を見渡すと二人で選んだ家具やお祝いで貰ったものなどで彩られていて本当に今日から桜と新しい生活が始まるんだとじわじわと実感し始めた。
「楡井、なんか食べに…は!?何泣いてんだよ!?」
「へ…ぇ?あ、あれ?ホントだ…」
桜の驚いた声にびっくりして咄嗟に頬を触れば指先に雫が付き指を滑っていく。
泣いていることを自覚すると次から次へと涙が溢れていき視界が歪んでしまう。
「うぅ、ひっく…」
「っ…なんだよ…やっぱ嫌だっ「違うに決まってるじゃないっすかッ!」
顔は見えずとも戸惑っているのは手に取るように分かる。そして泣いている理由がやはり一緒に住むなんて嫌だったんじゃないかって勘違いしている事も。
袖で乱暴に拭うとオロオロとしている桜の肩を掴みしっかりと目を合わせた。
「嬉しいからですよッ桜さんとこれから毎日一緒に居られるなんて、夢みたいで…っ!
それに前に言ったでしょ?離れたいだなんて絶対に思わないって!だって今こんなにも幸せで先のことを考えるともっともっと幸せなんです。だから嫌だなんてぜーーーったいにないっす!」
掴んだ桜の肩を揺するぐらいの勢いで必死に気持ちを伝える。これぐらい…いやもっともっと伝えていかないとまた不安に思ってしまうだろう。
それならば伝わるまで言い続けるし一緒に居るのが当然って思ってくれるまで言うまでだ。
ズビズビと鼻を啜っていると布で顔を雑に拭われる。少し乱暴で自分で拭うよりも少し痛い。恐らく桜が袖で拭ってくれているのだろう。
クリアになった視界に広がったのは赤い顔で目を潤ませて優しく微笑んでいる桜の姿。
「っ…、…うるせぇよ、ばか…」
「…桜さんに伝わるまで、言い続けますよ。」
「…伝わってる。疑って悪かった…」
ぽすん、と楡井の胸に桜が倒れ込む。
遠慮がちに腰へと回された腕に応えるように抱き締める。体と体の間が埋まるぐらいギュウギュウに抱きしめると笑いながら苦しいと文句が1つ。
すいません、と謝りつつも抱き締める力は緩めない。
「さーくらさん」
「…んだよ」
「行ってらっしゃいとおかえりなさいのキス、ルールにしましょうか。」
「……はぁ!?」
「いいじゃないっすか!同棲らしくて!」
「っ!!か、勝手にしろっ!!」
桜なりの返事に嬉しくて頬にキスをする。
きっと桜から見れば締まりのない緩んだ顔をしているのだろう。
しかし初日からこんなにも幸せでいいのだろうか…罰でも当たらないか…?と心配になる。
「……かよ…」
「ん?なんですか?桜さん?」
「こ、ここで…いいのかよ…」
ここ、と指でさしたのは桜自身の頬。
たった今キスをした所。
ここでいいのか?という事はここ以外がいいということで…?
……え?本当にこんなに幸せでいいの????
「っ!!ここにもしたいっす…!して、いいっすか?」
桜の唇を触れば桜は楡井から目線を逸らして小さく頷く。
付き合いたてでもないのになんだったらキスは愚か肌だって何度重ねた事か!
なのにまだまだ初心な桜が見れるなんて本当に幸せ者だと楡井は強く思った。
重ねた唇は熱くて柔らかい。何度味わっても飽きない感触だ。
唇が離れてもおでこ同士をくっつけるとほぼ同時に笑った。
「桜さん、大好きです。これからも宜しくお願いします!」
「お、れも…好き…だ。宜しく、な」
目に涙を浮かべながら嬉しそうに笑う桜にもう一度触れるだけのキスをする。
何時までもこの幸せが続きますようにと願いを込めて。
そしていずれは行ってらっしゃいとおかえりなさいだけでなくお休みとおはようのキスも勝ち取ろうと心に誓った楡井であった。
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