猫のような貴方ト、トト、ポン
静かな部屋に文字を打つ音とトークアプリの通知音が響き返事を確認する。
また指を動かして返信するとふぁ…と1つ欠伸をして窓の外に視線を移した。
雲ひとつない晴天。
ここ最近暑くなってきたが今日は気温も落ち着きカーテンを揺らす風が心地よく感じる。
グッと体を伸ばし近くに置いていた炭酸を一口、二口と飲んだ後隣に座る恋人に声をかけた。
「桜さん、どこか行きま…す……」
とても良い天気だ。
何処か買い物に行くのもいいし散歩でもいい。
そう思って桜に声を掛けたが桜の様子に自然と声が小さくなった。
こくり…こくり…と眠たそうに船を漕ぎ、瞳は閉じたり開いたりを繰り返していた。
時折頑張って起きようとして手で目を擦る姿は毛繕いをする猫のようだ。
可愛いなぁ…と見ていると眠気で蕩けた桜と目が合った。
「……」
「ふふ…桜さん、眠いですか?」
「…ん」
楡井の問に少し間を置いて返事が返ってくる。
今にも夢の世界へ入ってしまいそうな声でまた可愛い、と心の中で呟く。
布団を敷いてもいいが…ちょっとだけ好奇心というか興味というか願望というかそんな気持ちが湧いてしまった。
「じゃあ…俺の膝枕で少し寝ますか?」
付き合い始めてそれなりに時間が経ったとはいえ未だに抱き締めただけで顔を真っ赤にする桜。
キスでもしようものならキャパオーバーで爆発してしまうんではないかと心配すらする。
そんな桜には膝枕でさえ過度なスキンシップになってしまうだろう。
かくいう楡井も桜との触れ合いは毎度毎度緊張してしまうから似た者同士である。
膝枕も楡井からの提案であるとはいえ正直緊張していた。
桜の体温が重さが自分の膝に乗ると想像しただけで嬉しさやら愛おしさやら緊張やらで鼓動が早くなる。
あぁ、ダメだやっぱり冗談にしようか…そう思っていると桜から
「ん……寝る」
と返事が返ってきた。
へ?と間抜けな声が出てしまったが桜には聞こえてないのか体の向きを変え寝ようとした所で眠そうな顔が少し不服そうに歪んだ。
「足…崩せ……」
くん、と楡井のズボンの裾を引っ張り見上げてくる姿があまりにも可愛くて変な声が出そうになるのを抑えた上、両手で顔を覆い天を仰いだ勢いで背後の壁に後頭部を強打しそうになったのも抑えた事を褒めてほしい。
はいぃ…となんとか捻り出した声で返事をすると立てていた両膝を崩すとゴロンと桜が膝に頭を乗せ、1つ欠伸をするとそのままあっという間に眠ってしまった。
「…綺麗だな」
白いまつ毛に白い髪が風で揺れる度にキラキラと輝く。
純粋で真っ直ぐで強くかっこいい人。
そんな人が自分の恋人だなんて幸せなのにこんな風に甘えてもくれる。
髪や頬を撫でると擽ったそうに身をよじる姿が愛らしくてより幸せを感じた。
暫く撫でていると桜が小さく唸る。
起こしてしまっただろうかと手を止め様子を見ていると桜はゴロンと寝返りを打ち楡井の方を向くと体を丸めまた静かに寝息を立て始めた。
「…猫みたいですね…可愛いなぁ…」
力の抜けた桜の手を握る。
温かな手と微かに感じる鼓動が心地よくて段々と眠気が襲ってくる。
もう少し桜の寝顔を見ていたい、もう少しこの時間を過ごしていたいと思うがどうも睡魔には逆らえないようだ。
壁に背中を預け体の力を抜く。
きっと桜は起きたらびっくりするだろう…飛び起きて顔を真っ赤にさせてな、な、なん…はぁと困惑していそうだ。
想像するだけで自然と口角が上がってしまう。
あぁ、そうだ。少しでも慣れてもらうために抱き締めてキスをしておはよう、と声をかけようか。
ぎこちなくてもいい。
恋人としての桜は楡井しか知らないから2人きりの時ぐらいたっぷり堪能してもバチは当たらないだろう。
「おや、すみなさい……桜、さん…」
薄れていく意識の中、手を握り直してからゆっくりと心地の良い眠りへと身を任せていった。
数時間後、桜が自分を抱き枕にして眠っているという予想を遥かに超えた状況が待ち受けていて桜が起きるまで硬直してしまうという事を楡井は知る由もない。
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