猫な君と!「荼毘が猫になった!?」
「……猫になったというか、半猫化したという方が近いか。」
任務の報告の為、山荘に立ち寄ったホークス。
翼に付けていたカメラをスケプティックに渡していると、スケプティックから荼毘が猫になったという事を聞かされた。
「なんでそんな事に?個性事故で?」
「ぬぅ……事故というか……故意、というか。」
「故意?じゃあ犯人はどこに?」
「戦士のひとりが荼毘を猫にしたそうだ。だがそいつは少々特殊でな……荼毘が完全に戻るまでは接触させる事は出来ない。」
珍しく歯切れ悪く答えるスケプティックにますますホークスの脳内は疑問で埋め尽くされる。
「そっすか、大変ですね。」
「大変になるのは貴様だがな。」
「ンン?」
「荼毘の面倒は貴様に任せる事にした。」
「……エッ!?ちょっと待ってください、連合の人達は?」
「奴等は今丁度全員が任務でここを離れている。必然的に荼毘の面倒を見れるのは貴様しかいないのだ。大丈夫だ、完全に意識が猫だという訳では無いから知能はある。」
「え〜……」
ホークスが眉を顰める。
あの気難しい荼毘の面倒を見るなんて一筋縄でいかないことは明白だ。しかし、ここで断ろうにもそうはいかない。スケプティックが追い打ちをかけるように「貴様に予定が無いことは分かっている。」と彼お得意の情報戦術でホークスの暇がバレてしまっている。
「はぁ……分かりましたよ。それで、荼毘は今どこに?」
「あぁ、そこのクローゼットの中に居る。」
「クローゼットぉ?」
「見るのは構わないが気をつけろよ。」
振り返ると部屋の隅に隙間が少し開いたクローゼットがあった。ホークスはギィィ……と木の軋む音を立てながらクローゼットの扉を開く。
すると、そこには何故か裸の荼毘がいた。狭いクローゼットの中で縮こまっており、小さく丸まっている。音に気づいたのか、いつもは眠たげに伏せられている瞳をまんまるにさせてこちらを爛々とした瞳で見ている。彼のツンツンした黒髪の間からは猫の耳がふたつ生えていた。
「荼毘〜?大丈夫?」
「……」
「荼毘?」
「……」
「いやいやホークスさんいけませんよぉ〜ネコチャンは怖がりなんですから、その背中の大きな翼はしまってあげないと。」
途端背後から聞こえた見知らぬ声に振り返る。
スケプティックは慌てたようにその男を指さしていた。
「あ、貴様!何故ここにいる!?」
「そりゃ勿論、荼毘様のお世話をしに♡」
「えっ、と……?」
「あぁどうも、申し遅れました。僕は猫部(ねこべ)と申します。以後お見知り置きを。」
猫部と自己紹介した男はホークスの手を取り握手をした。その手は何故か両手を縛られている。
「面倒な事になるからアイツには近付くなと言ったはずだが?」
「嫌ですよ、スケプティック様。せっかくあんなに可愛い黒猫チャンがいるのに!……あぁ、荼毘様、やはり僕の思っていた通り!貴方は理想通りしなやかで美しい黒猫ですね!さっきお風呂に入れてあげたから更に耳の毛艶も良くなって……っ!!」
「はぁ……?」
「ふしゃーーーッ!!」
三者三様の反応である。
しかしホークスは閃いた。この猫に詳しそうな男に荼毘の世話を頼めば良いのでは?と。
「スケプティックさん、せっかくですからこの方猫に詳しそうですし、荼毘のお世話をしてもらったらどうですか?」
「良いのかヒーロー?この男がまさに荼毘を猫にした犯人だぞ。」
「まぁでも故意といっても別に傷つけるつもりとかは無いのでしょう?なら問題無いのでは?」
「……こいつは好みの相手を半猫化させて襲う変態だ。」
ホークスは「はっ?」と声に出して固まった。
「ちなみに、こいつが全裸なのは猫部が荼毘を洗っている途中に脱走してきたからだ。」
「……わーぉ。」
「全裸の猫化した荼毘と、後ろから追ってくるエレクトした状態の全裸の男……流石の俺もこいつを不憫に思った。」
「変態だぁ!」
「失礼ですね。僕はちゃんと猫様の同意をきちんと取ってから行為に及んでますよ。」
「人間としての意識が無いのに、猫への同意を取ったから合意などと卑劣極まりないな、貴様。」
スケプティックがゴミを見るような目で猫部を見る。
「なんですか!?ちゃんと猫様はOKサインを出してくれたので僕はそうしたまでです!すっごく可愛いんですよ〜?甘えた声で鳴きながら腰上げて強請ってくるんですから……♡荼毘様はどんな声で鳴くのですかねぇ……黒猫チャンは甘えん坊の子が多いですし、荼毘様は雄猫ですから、雄猫で黒猫の掛け合わせなんて案外物凄い甘えたなのかもしれませんね♡」
「……」
「うわぁ……」
荼毘を見ながらうっとりとそう言う猫部。
そんな猫部に荼毘は猫耳を横に向けて立派なイカ耳にして、先程から唸っていた。ぼわっぼわに膨れ上がった尻尾なんかは、猫を通り越して最早狸並である。
「分かったか、ヒーロー。こいつと荼毘を二人きりにさせていては荼毘の貞操が危うい。荼毘の貞操はどうでも良いが、今連合と軋轢を生むような事象は避けねばならない。」
「そっすね。俺もちょっと本気で警察に突き出そうかな、と思ってたところです。」
「荼毘様ぁ♡可愛い鳴き声を聞かせてください♡でも、決して簡単に媚びないその姿勢……孤高で気高い野良猫チャンのようでそれもそれで可愛いですね……♡」
「ふしゃ、シャーッッッ!!」
怒りすぎて荼毘の身がぶるぶると震える。どういう理屈なのか頭の毛を更に逆立てて、静電気が出ている時のように頭の毛も尻尾と同様にぼわっぼわになってしまっている。
ホークスはとりあえず荼毘と男の間に入り、その間にスケプティックは男を連れ扉から出ていったようだ。二人だけの部屋に静寂が訪れる。
「お前……災難だったね。」
「……」
「とりあえず服着よっか。何が良いかなぁ〜ズボンに穴開けないと尻尾邪魔になっちゃうよね。」
「……」
いつも以上に静かな荼毘に彼の吐く皮肉が恋しいとさえ感じるほど静寂が気まずく感じる。
荼毘は未だにクローゼットの中で丸まっており、警戒したようにイカ耳のままぼわぼわの尻尾を足の間にくるん、と通しお腹に巻き付けていた。
「ん〜……とりあえずこれでいっか。スケプティックさんには悪いけど。」
スケプティックの部屋から適当に見繕った緩そうな前開きパジャマを手に持つ。スボンは流石に勝手に穴を開ける訳にもいかないので、とりあえずホークスの部屋に連れて行くまでの繋ぎとして着せることにした。
「荼毘〜ごめんね、とりあえずこれ着てくれない?」
「……」
「俺の部屋行くまででいいから。部屋着いたらまたお前の服持ってきてやるって。」
「……」
じーっとホークスの目を見つめる荼毘。蒼い瞳は警戒からだろう、その視線がホークスから外れることは無い。
ふと、ホークスは何かで聞きかじった知識を思い出した。
(確か猫って目を合わせたら敵意があるって思われちゃうんだっけ……?えっと、確かこう……して……)
猫の習性を思い出し、「貴方に敵意は無いんですよ」のアピールの為、目を細めてぱちぱちと瞬きを繰り返す。それを数十秒ほど繰り返すとやがて荼毘の方もふい、と目を逸らし、イカ耳状態だった耳をぴんと真っ直ぐ立たせ、尻尾の毛も落ち着いてきた。
「はァ〜……疲れる……」
「……スンッ」
「……あ?あぁ、手の匂い嗅ぎたいの?どうぞ。」
荼毘の視線に合わせる為しゃがみ込んでいたホークスの膝に乗った手に興味を示す荼毘。スンスンと鼻を鳴らしてホークスの匂いを嗅いでいた。
「……普段から猫っぽいとこあるけど、本当に猫の仕草しても違和感ないのが凄いね。」
「……」
「そろそろ出てこない?な〜んにもしないからさ。」
「……」
言葉を理解したのかは分からないが、のそのそとクローゼットから這い出る荼毘。
中身が獣なのだから仕方ないのだろうが、全裸なのを全く気にする気配も無く、その清々しいまでの男前さにこちらの方が照れてしまうくらいだ。
「はい、じゃぁお身体に触りますよ〜っと。」
「……」
するすると服を着せていく。
スケプティックとの身長差や体格差も相まって、かなりダボダボで、しかしそのお陰で太ももくらいまで覆える大きさだった。猫耳+彼シャツという概念になんだか気まずくなる。ホークスはそんな荼毘を目を細めながら見た。
「じゃ、部屋行くよ〜」
「……」
逃げられてもまた面倒な事になるので、とりあえず荼毘と手を繋いで廊下を歩く。荼毘は周囲を警戒しているようでしきりに視線をきょろきょろと動かしていた。しかし意外にも大人しく着いてきてくれたので、ホークスが無害な存在だと認識してはくれたようだ。内心ホッとひと息つく。
「じゃあちょっとここで大人しくしていてね。」
「……んなぁ。」
「アラ、お返事した。」
ホークスの部屋に着いた荼毘を備えつけのソファに座らせて部屋を後にする。律儀に返事をする荼毘に「アイツ本当は言葉が分かってるんじゃ……?」と疑わしく思ってしまう。
荼毘の服を取り部屋に戻ると鼻息をぴすぴす鳴らしながらソファの上で丸まっている荼毘が居た。
「えぇ〜……絵面が非常によろしくない。」
「んぅ〜……」
生足魅惑のマーメイド、ならぬ猫。しかも人間体の。
大きい上着一枚で下着を纏わずに身体を丸めて、尻が丸出しになってしまっている。良心を刺激されたホークスはせめて見えないようにとシーツを一枚かけてやる事にした。
「あどけない寝顔しちゃって、まぁ……」
日頃では見れないような穏やかな表情で眠る荼毘。ジッと見ていると、頭の上に鎮座している黒い猫耳がぴるぴるっと動く。その動きに誘惑されたホークスは誘いのままに頭に手を伸ばし、猫耳をふにっと触った。
「おぉ〜……やらかい、あったかい。」
「んるるる……」
「あっすごい、そこも猫なんだ。」
心地良いのか荼毘が喉をごろごろと鳴らす。
ホークスも何だか気分が良くなって、頭を撫でたり、顎を撫でたり、耳の裏を掻いてやったりすると、その手を荼毘の手に取られてしまい、そのままくるんと丸まった身体の下に取られてしまった。
「お、わっ」
「んるるる、んるるる……」
「……あはっ、機嫌良さそうだねぇ荼毘チャン。」
猫耳を横に緩く倒して平坦になった頭。絶えずごろごろと鳴る喉は本当に機嫌が良さそうで、ホークスの顔にも笑顔が浮かぶ。
「……しっかし、どうしようかなこの状況。」
絡め取られてしまった手は抜け出せそうになかった。