夢オチ死ネタ戦火があがり、仲間たちの声や刃同士が重なる音が耳に突き刺さる。
数刻前までいつもの様に遠征に送り出され、任務を遂行していたはずなのに、突然僕達の部隊に管狐から通達されたのは、強制帰還の命と本丸が襲撃されたというものだった。帰還した僕達が見たのは正に地獄のような光景で、倒れ負傷する仲間や遡行軍の残骸、見慣れていた本丸は見るも無惨な姿に変わり果てていた。こちらを見るなり一振の短刀が駆け寄る、既に瀕死の体を引きずりながら彼は僕に言った。
「まだ…主君が中に……!誰か、主君を……ごめ、なさい…僕じゃ………もう………」
その言葉を最後に、この本丸を始まりから見届けてきた短刀は腕の中で砕けた。気付けばそのまま僕は本丸へ向かって走り出していた、誰かの制止の声が聞こえた気がする、その時は何も考えてはいなくて、ただ早く、一刻でも早く彼女を見つけなくては、その一心で脳よりも先に体が動いていた。
本丸の奥、彼女の部屋がある場所を目指してただ一身に走る。
「はぁ……ッ、はぁ………ある、じ…」
蹴破られたであろう襖、部屋中に飛び散る鮮やかな赤、それと同じ色に染まった畳の上に彼女はいた。むせ返るような匂いでクラクラする
「…………………主」
彼女の傍に近付く、返事は無い
「主」
倒れている小さな体を抱き起こす、腹部と胸部にある傷からどろりと血が流れた。
「主」
顔にかかっている長い髪をそっと払う、薄く開いた瞳に光は宿って無い。
「主」
小さい手のひらを掬う、己の頬に当てたそれは既に冷たくて。
「主」
こんな状況なのに何故か酷く冷静だ。もう動くことの無い愛しい人を抱き抱えながら、ただひたすらに、呼びかけ続ける。
「主、主、主、主、あるじ、あるじ…」
僕は、何をしているのだろう、血を流す彼女を見つめながら、手当もせずに、本来なら今すぐにでもここを離れて安全場所まで連れ出さなくてはいけないのに。
でも、連れ出してどうするのだろうか、決死の想いで戦う仲間たちに報告するのだろうか、助けられなかったと、守れなかったと、主は、僕達の主は、僕の、大切な人は、もう。
ポタリと雫が彼女の顔に落ちる、一粒、また一粒と大粒のそれが彼女の顔を濡らしていく。
誰かの泣き叫ぶ声がする。あぁ、そうか、この声は、僕の____
目が覚めるとそこには見慣れた天井があった。
冷や汗が首をつたい、荒い息と鼓動の音がうるさい。
「ハァッ!………ハァ、ッ…」
深く息を吸いなんとか呼吸を落ち着かせる、本当に、とてつもなく最悪な夢をみた。先程まで見ていた光景がまだ全身に張り付いて離れない。あの焼け焦げるような戦火の匂いも、目の前で仲間が砕ける光景も、冷たくなった愛する人を抱き抱えた感触も、その体から流れ落ちるあの赤さも、全て。
僕は周りで寝ている豊前達を起こさないようにそっと部屋の外に出た、夢の中で通ったものと同じ道を辿って主の部屋に向かう、過ぎる広間の時計を流し目で見ると、今は夜中と言える時間だった。もう既に眠っているかもしれない、それでも、少しでいい、顔を見たい、彼女の温もりに触れたい。
目的地へ近付くと、襖越しに灯りが点っているのが分かった、まさかまだ起きているのだろうか。
「主、僕だよ、まだ起きてる?」
部屋の前から声を掛けると、案の定起きていた主から驚いたような返事が返ってきた。
「えっ、松井?!あ、あー、ちょっと待って!」
ドタドタと慌ただしい音が聞こえたかと思えば、目の前の襖が少し開かれた、夜更かしを咎められると思ったのかバツが悪そうな顔をした主が襖の隙間から僕を見つめる。
「えっと、そのー…ちょうど今寝ようと思ってたから!徹夜で作業しようとか思ってないから!」
主が動いている、喋っている、それだけのことがどうしようもなく愛おしく感じた。
「寝る!今寝ねます!だからアイパッド取り上げるのだけは勘弁し_」
僕は必死に弁明をする声を無視して、襖を全開に開け放った。そのまま悲鳴をあげる主を強く抱き締める、困惑する彼女を他所に強く、強く抱き締めた。
「ヒェッ?!ちょ、ま、ほんと、何?!」
「…ごめん、もう少しだけこうさせて」
「はぁ、なん、や、いいけど…ちょっと、力緩めて欲しい」
潰れる、と言う彼女に短く謝罪をして抱き締める腕の力を弱めた。己より一回り、二回りも小さい身体、首筋に顔を埋めれば湯上りの後に残る仄かなシャンプーの香りが鼻をくすぐり、じんわり暖かい体温に響く心音が心地いい、彼女の生を形作る全てを感じてとても安心する。
暫く抱きしめ続けていると、彼女がふと僕の顔を見あげ、心底驚いたように目を見開いた。
「松井…!?な、どうしたん?!なんかあった?!」
「え?なに、が…」
突然主は僕の頬を両手で包んだ、急な行動に混乱していると、彼女がそっと撫でた後が濡れていることに気付いた。
「え、…あ、僕…」
「……とりあえず、部屋、入ろ?」
主に促されるまま、僕は彼女部屋の中へと進んだ。
「はい、どうぞ」
部屋に入るなり主が僕に渡してきたのは箱に入ったちり紙だった。短く礼を言った後に、受け取ったそれで涙の後を拭った。
「夜中に突然押しかけたあげく、見苦しい姿を見せてしまったね」
「それは全然いいんだけど…その、大丈夫…?」
「あぁ、もう大丈夫だよ」
「本当…?」
疑う様な眼差しを向けられ思わず苦笑いで返す。元気な彼女の姿を見たら、先程よりは気持ちが落ち着いてきたが、どこかまだ夢で見た光景がちらちらと過ぎり落ち着かない。
「…嫌な夢でも見た?」
主の問いかけに体がピクリと反応を示す、言葉にしなくてもそれは返事をしてるのも同義で、主は困ったように笑いながらするすると隣に寄って来てくれた。
「そういう日ってあるよね、よしよし」
小さい手が背中を優しく撫でる、まるであやされているような仕草に少し恥ずかしい気持ちになるが、とても安心する。