「ねぇマスター、いま時間あります?」
閉店間際の店内。掃き掃除を早々に終えた由蛇は、落ち着かない様子でグラスを弄んでいた。柑橘系の香りが、ふわと鼻孔をくすぐる。テーブルを拭く手を止めて、夜鷹は穏やかに目を細めて見せた。
「うん、私にできることなら、喜んで」
「夜鷹さんさ、そういうの……あんま言わない方がいいッスよ」
「誰にでも言うわけじゃないさ」
はいはい、と雑な返事を寄越して、彼は冷蔵庫の扉を開けた。冷えた空気が一瞬頬を掠めて、すぐにぬるくなっていく。カウンターに肘をついてもたれかかっていた夜鷹は、ひとつ瞬きをする。そうして、グラス——由蛇が先ほどまで手にしていた——の前にそっと腰を下ろした。
「練習に、付き合ってほしいんスけど」
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