もしせかいがおわるなら 明日世界が終わるなら。
すりみ連合がフェスの話題で盛り上がってるのを、マッチング中のロビーで試し打ちをしながら、ラジオで聞いた。明日世界が終わるなら。フウカはいつも通りすごすって言ってた。ウツホはやりたい事やる、マンタローは最後まで諦めないって。
マンタローの言ってることはかっこいいと思う。それで終わるのを止められたら最高だよな。でも、おれには無理だと思う。頭は悪くない自負があるけど、突出して優れているという訳でもないし、機械類、または医療系なんかもさっぱりだし。
おれはただの一般市民で、終わるのを見届けるしか出来ないだろうな。だから、きっと選ぶのはいつも通りか、やりたい事やるか。どっちかって言うとやりたいこと全部やりたいかもな。
……陽はどうなんだろう?
もし明日世界が終わるなら、陽は何するんだろう。聞こうにも、今日は実家に用があるからって一緒にいないし。というかそもそも、明日世界が終わる時、陽はおれと過ごしてくれんのかな? それこそ、家族と一緒に過ごしたいって言うかもしれないな。
「……んー、気になる。聞いてみるか」
遊んでるやつが少ないらしく全くマッチングしなかったナワバリを中断して、広場に出た。ナマコフォンを取り出し、陽の番号を呼び出す。
呼び出し音を聴きながら、ふと空を見上げた。
「なんか、天気悪いなー」
何度もコールを聞いた後、突然ぷつりと途切れ、「おかけになった電話番号は~」と自動音声が流れた。画面を見てみると、自分のナマコフォンが圏外になっている。そう言えばさっきも電波は一本しか立ってなかったかもなー。せっかく出てきたのに圏外じゃしかたないか。
ナワバリに戻ろうとロビーへ行くと、なにやら他のイカやタコが騒がしくしていた。何事かと聞こうにも、みんなも解っていないような雰囲気で。
『ロビーをお使いの皆様にお知らせがあります。大変申し訳ありませんが、ただいま電波障害が起きており、マッチングシステムが機能しておりません。申し訳ありませんが、復旧までの間レギュラーマッチ、バンカラマッチ――……』
しばらくすると、そんなアナウンスが流れた。どうやら電波が悪いのはおれのナマコフォンだけじゃなかったらしい。じゃあ、街全体が電波悪いんだ。どうしようかな、これじゃあ陽だけじゃなくて他の友達も呼べないし。つまんない。今日はバイトもないし……ああ、クマサン商会はあいてるかも? ビッグランとかもクマサン商会が先導してるし。
「おーい、クマサーン」
『……』
「バイトいきたいんだけどー」
「……クマサンも休み?」
「うーん、クマサン喋んないしヘリもでてないっぽい~」
階段を下りてみれば、数人のイカやタコがクマサンの置物に話しかけたり、叩いてみたりしていた。そっか、クマサンも電波使ってんだからそりゃ無理か。
諦めて家でおとなしくしておくかぁ。
家に向かって歩いている途中にも、どんどん天気が悪くなる。これはもしかしたら大雨になるかもしれないなぁ。やばい、洗濯物出したまんまだった。あんなにいい天気だったのに濡らしちゃまずいし、急ぐか。
急いで帰宅して洗濯物を入れてすぐ、大粒の雨がなかなかの勢いで降り出した。
「あぶなかったー……てか今日雨なんていってなかったのになー。いつまで降るんだ、ってそっか、今ネット使えないんだった。……暇すぎるかも」
せめて陽がいてくれたら、何かしらやって楽しく過ごせそうなのに。テレビをつけてみても今の電波障害のことしかやってないし、と思ってたらテレビ電波すら怪しいのか時々止まるし。仕方なく電波関係ない録画を再生した。
録画も、陽がいないと特に面白くはなかったので、すぐに消した。そもそもこれは陽が撮っておいてって言ってたやつだし、陽がいないと意味ない。また今度一緒に見るときに視聴済みだったらそれもそれで面白くないから、見なくていいやつじゃん。
またやることがなくなった。昼ご飯を食べるにはまだ早いし。ていうか、ナワバリ二回くらいしかできてないからおなかも空いてないし。仕方ないから、最近触ってなかったギターを手に取る。適当に音を鳴らし、そして、床に仰向けになった。歌ってくれる奴がいないんじゃ、音鳴らしても意味がない。
「あー、つまんねー……」
そういえば、陽がいなくて、ナワバリやバイトができない日なんて何年ぶりだろう?
高校出て、いっしょに暮らし始めて五年くらいになるけど、そんな日無かったな。陽がいなかったらナワバリかバイトしてるし、それ以外は陽がいるし。てか高校生まででもずーっと陽が一緒だったんだから、どうしたらいいかなんてわかるわけない。つまんない。早く帰ってきてほしい。
ごろりと寝返りを打つ。窓の外が、夜みたいに暗くなって、雨や風が窓を鳴らしている。なんかとんで来たら一瞬で割れちゃいそうだなぁ。養生テープとかあったっけ。あと、時々雷もなってて、いつ停電してもおかしくないな。一応懐中電灯とかも用意しておくかー。
「……よし、」
無理矢理やることを作ったから、起き上がった。ギターをもとの場所に戻して、リビングの共用物置の中を探す。
奇跡的に棚の奥の方に突っ込まれていた養生テープを取り出し、部屋の窓すべてに米印にテープを張っていく。当然陽の部屋も。陽の部屋は、あたりまえだけど陽のにおいがして、なんかちょっとほっとするなー。相変わらず窓は怖いぐらいにガタガタいってるけど、ここにいればまだ安心できる。……どうせ陽もいないし、しばらくここでゆっくりしてようかな。
床に寝っ転がって陽の部屋を下から見る。綺麗に片づけられた部屋はおれの部屋とは大違いだ。手足をめいっぱい伸ばしても物にあたることはないし。いや、おれの部屋も汚いわけじゃないんだよ。物が多いだけで……。
「……陽なにしてんのかなー」
実家で、無事にいてくれたらいいけど。無理に帰ってこようとしてなきゃいいな。そもそも電車が動いてなさそうだから帰ってこれないか。
さっきから雨音がどんどん強くなってる。バケツをひっくり返したみたい、っていう例えがぴったりハマるほどの音。何度目かの雷が部屋を照らしたとき、ふと今朝のラジオのことを思い出した。
もし、明日世界が終わるなら。
ああー……いや、明日終わられるのは、困る、な。だって、陽に会えてないし。声も聞けてないし。このまま終わるのは、絶対に嫌だ。今思いつくやりたいこと、全部陽がいないと面白くないもん。陽だってきっと、さすがにこのまま一生会えない、お別れ、なんて望んでないはず。おれのことを心配してくれてるはず。
「会いたいなぁ……」
もしこのまま、世界が終わってしまうなら。今のおれが、やりたいことをやる、なら。
陽のところに行こう。
実家はどこか解ってるし、電車が動いてなくても歩けばいつかはたどり着くはず。多分まちがいなくおそらく絶対にないと思うけど、もし本当にこのまま世界が終わるんだとしたら、嫌すぎる。ここまでずっと一緒に居た陽と、最期の時に一緒に居れないなんて、そんなの嫌だ。
あと、絶対に陽も嫌だって思ってるはずだし。
「傘、は危ないから……カッパだな」
まあどうせカッパ着てても意味ないくらいにびしょびしょにはなるだろうけど、体を冷やさないためにもこれでいいや。一応繋がらないナマコフォンと使うところがあるか解らないけどお金が入った財布をズボンのポケットに入れて、玄関のドアを開ける。
ドアをそっと開けると、吹いていた風が勢いよくドアを全開にした。ドアが壁にぶつかる音が大きく響いて普通にびびった。なんとかドアを元に戻して、鍵をかける。
外に出てみると、いつもはにぎわっている通りなのにイカもタコも、クラゲたちさえも全く見当たらない。しかも、ごみ箱やら外に出ていた看板やらが強風で飛ばされて、なんだかもはや滅んだあとの世界みたいになっている。
「ぐう~……めっちゃ向かい風だなー!」
雨が顔にバシバシ当たって目があけにくいし、普通に痛い。もともと雨風で視界不明瞭なのに、余計前が見えにくい。けど、前に進むしかない。歩く中見えた駅は、やっぱりクローズしていた。そりゃそうだ、地下鉄も雨水が入り込んで大変だろうし、そもそも地下鉄と言いながら地上に出てくる場所もあるから、そこを通ることは不可能だし、止まってて当然だな。
「っ、でも、夜までには、つくはず、」
家を出たのは13時頃。前も一度、歩いて陽の実家まで二人で歩いたことがあるし、あのときも三時間くらいでついたし。まああの時は、陽がいたから退屈せずに歩けただけだけど。……いや、その陽を探しに行くんだから。弱気になるな、そんなことで。
「ぜ、ったい、行く、から。よおー! まってろー!」
どのくらい歩いたんだろ。
雨も風も、どんどん酷くなってきた。これより酷くなることはないだろ、って思っても、普通にそれより酷くなってくる。もうすでにカッパは意味なくなってて、ほとんど全身びしょびしょになっちゃってるけど、今は追い風だからなんとか前進は出来ていた。多分、この道であってるとおもうんだけど、荒れすぎてて自信はない。ほとんど勘で歩いてる。
「寒い、……」
誰ともすれ違わない。停電しているのか、見える建物も明かりが全くついていない。空はどんどん暗くなっていって、まだ三時くらいのはずなのに夜みたいだ。
……あとどのくらい歩けばいいんだろう。やっぱやめといた方がよかったかな、無謀だったかもしれないな。明日世界が終る、わけないんだから。家でおとなしく、陽のことを待ってればよかった?
「そん、な、わけ……」
陽だったらどうしてたんだろ、なあ?
「スズ!」
幻聴かと思って、幻覚かと思った。聞きなれた声が聞こえてきて、そっちを見たら、陽がいて。陽はカッパも着てなくておれよりもびしょびしょになってて、おれの方に走ってきてた。見た瞬間、おれの足も勝手に動いて、走り出してて。
「よぉ!!」
「スズ、よかった、よかった……!」
半日ぶりに握った手を、もう二度と離したくないと思った。
たった半日なのに、随分長く離れていた気がする。正直めちゃくちゃ寂しかったし、もう離れたくないし、今度陽が実家行くときはおれもついていこうとか真剣に考えるレベル。
あとめちゃくちゃ寒い。陽もびしょびしょだから、手をつないでても全然あったまらなくて。仕方ないから危なくない程度に小走りで家に向かうことになった。……けど、やっぱり隣に陽がいると全然違う。あんなに真っ暗だと思ってたし、全然知らない景色だって思ってたのに、陽と合流できてから明るく感じる。実際にはどんどん夕方になってるから、もっと暗くなってるはずなのになー。
「よお、家帰ったら、ストーブださないと、なー」
「そーだな、あとすぐ風呂もはいりたい」
握った手を絶対に離さないように強く握りながら、二人で走る。風は相変わらず強いし、雨も止む気配がないけど、さっきまでの不安感は全くなくなっちゃった。この調子なら、すぐ家につく。
そういえば、陽に聞きたいことがあったのを、今思い出した。聞いちゃおうかな。変なタイミングかもしれないけど。
「陽はさー」
「うん?」
「明日、世界がおわるなら、なにしたい?」
「いつも通りスズと過ごすよ」
……余りにも即答すぎて、こっちが黙ってしまった。びっくりした。即答で、おれと、ってなるんだ。……へへ、よおってほんと、おれのことがすきだなー。
「スズは?」
「おれもよおと一緒にいるよ! やりたいこと全部やろーな!」
家に着いたのはもうすっかり夜。しかも、天候はますます悪くなっていく一方だ。幸いにも窓が割れたりはしてなかったけど、なんかとんで来たら一発アウトだろうなってレベルで風も強くなってきてる。
おれらの住んでるところはなんとか停電してなかったらしく、風呂を沸かすこともできたしストーブで暖まることもできた。停電してたら二人とも風邪っぴきコースだったなー。
「おなかすいたーけどなんもないなー」
「帰りに合流して買い物もする予定だったからな」
「あ、でもカップ麺ある」
「それでじゅぶんじゃん。タマゴも残ってたからいれよう」
なんだかんだでちょっと楽しくなってきてるおれがいる。全然いつも二人でご飯食べてるのに、今日はやっぱりいつもと違う雰囲気だ。なんていうか、修学旅行の夜とか、友達の家に泊りに行った夜中にラーメン食べてる、みたいな。そんなワクワクした感じがあった。
ラーメン食べておなかも満たされ、相変わらず通常放送はなにも映らないテレビで録画していた番組を陽と二人で見ていたら、急にプツンとテレビが消えて、同時に部屋の電気も消えた。目の前が急に真っ暗。
「あ、停電かー」
「さすがに停電したか……じゃあもう、寝よっか」
今日は陽の部屋で。何も言わなくても、二人ともそう思ってたから、当たり前のように陽の部屋に二人で向かった。陽のベッドの上で二人並んで横になる。ストーブもエアコンも使えなくなったからきっとこれから冷えるし、という口実で陽に抱き着いて目を閉じた。ぎゅう、と抱き着くと、陽は少し笑って、でも同じように抱きしめてくれる。あったかい。落ち着く。陽のにおいでいっぱいで。
今日は沢山歩いたり、走ったり、考えたりして、すごく疲れたみたい。もううとうとと眠気がやってきた。かんがえがふわふわになってきて、からだのちからもぬけてくる。あーこれは、すぐにねちゃうやつだ。
「おやすみ、スズ」
「……おやすみぃ……よぉ、」
もうめをあけてられない。きこえたよおのこえも、ねむたげ。
もしせかいがおわるなら、どうかこのまま、しあわせな、いまのうちに。