no title桜の開花宣言が出されたのはつい先日のことだ。
桜が咲いたからとはいえ、まだ頬にあたる風には冷たさが残っている。
「さすがにまだまだ入りたいとは思えないね」
ザザァ…と引いていく波間を見つめながら目を細める夏油の後ろで五条はふっと顔を崩した。
「なに?オマエ泳ぐ気だったの?」
「だって、せっかく海に行くなら足くらいはさ」
「えー俺濡れるのパスー」
いつもの軽い調子で、べぇっと舌を出したあとにすぐに真剣な顔になった五条にうっすらと違和感を感じたのだろう、夏油は眉を顰める。
「どうした?…悟?」
「いや…」
ああ、この感じは何を問うても歯切れの悪い返答しか返ってこないと判断したものの、体調が思わしくないのではないかなどと心配をしてしまうのは所謂夏油の母性本能というものなのか…
そのまま2人で海岸を歩きながらくだらない話をいくつかしていくうちに日も傾き、風も少し強くなってきていた。
堤防の階段に腰かけ海を見つめると、オレンジが波間にキラキラと反射して眩しい。
「夕日と海ってなんでこんなに合うんだろうねぇ」
サンセットビーチなんて響きは似合わないが、水平線に沈んでゆく太陽はとても趣があって、夏油はほぅ…とため息をついた。
「なあ、傑」
「ん?」
ゴチッ
めちゃくちゃいい雰囲気をぶち壊す、音。
そして何が起きたのか一瞬、2人の瞼の裏には星が飛んだ。
「ーーーーーっっっ!!」
「ーー、いぃぃってぇぇぇーーーー!!」
もはや不意打ちすぎてどこが痛いかわからない。
状況を理解できないまましばらく互いに悶絶する。
「いや、なんで!なんでそんな近いの!悟!!」
「いや、オマエだろう!そんな体ごと俺のほう向くか、普通っ!!」
ぎゃいぎゃいと一通りモメたところで、どちらともなくふっと笑みがこぼれた。
「あーあはは…もうほんと痛すぎて涙出た…」
「あはは、やべー…お前めっちゃ石頭じゃん」
「ふふ、悟に言われたくないよ」
気がつくとそろそろ太陽も水平線に半分ほど隠れてしまい、夜の闇がすぐそこまで来ていた。
「「…帰るか」」
ハモった声にまたふふっと笑いあって、海岸を後にする。
来た時よりも二人の肩は近く、後ろでは相変わらず波の音が静かに響いていた。
end
「そういえば、なんだったの?」
「え?(キスしたかったなんて言えない)」
「私の事呼んだじゃん」
「え、…あ、いや、わ、忘れたわー(赤面)」
「…そ、そう…(察し赤面)」