めざめ おはよう、と声がした。
重たい瞼をひらく。
ぱちり、ぱちりと二三回ほど瞬きをすれば、視界がようやく朝を迎える。カーテンの隙間から零れる太陽の光は、もう四月だと言うのに夏日のような日照りをしていた。
外はきっと暑いのだろう。外に出る用事なんてものは無いから、問題はないけど。
のっそりと、身体を起こす。そろそろ布団も衣替えしないと。なんて思惑は、かれこれ一ヶ月ほどは脳内にある。片付けなきゃ、でもまだ寒い日もあるし。といった具合で宙ぶらりんになってしまった(もちろん、比喩的な意味で)真っ白な毛布は、ベッドの隅の方に折りたたまれて放置されている。
暫くベッドの上でぼうっとすると、ほんの少しだけお腹がすいてくる。やっと、身体も少しは目覚めたようだ。
部屋にただよう、甘いミルクティーの香り。
今日のアーリー・モーニングティーは、モルティーアッサム。香りだけで分かる、わたしのお気に入り。柔らかく、甘い味わいは、目を覚ますのにぴったりで。みきとが前に、まるで王子様の目覚めのキスね。と言っていたのを、ふと思い出した。
まだひんやりとするフローリングの床を避けるように、不規則に散らばったスリッパへと着地する。うん、と背伸びをして、ふぅ、と息をつけば。朝が、始まる。
美味しいミルクティーはカップの用意から。少し面倒臭いけど、今日は特別。
カップを少しだけ湯煎してあたためる。その間に、ケトルでお湯を沸かす。牛乳は……あった、期限切れぎりぎり。今日で使い切れそうで良かった。ミルクピッチャーに入れて、温度を管理して。
なれない作業は、すこしだけ難しい。
カップがあたたまったら、カップにお湯を注いでティーパックをそうっと入れる。ゆらゆらと揺らしてみたい気持ちを抑えて、ソーサーで静かに蓋をする。
前に5分の砂時計を使ったら、思ったより味が濃く出てしまって渋かった。だから今日は3分半。
砂が全て落ちて3分。そこからすこし。ソーサーの蓋を開けると、ふわっと香る紅茶のいい香り。少しティーパックを揺らすと、花が開くようだった。もしくは、筆洗に筆を入れた瞬間。
そこに、ミルクを注ぐ。ティースプーンでくるくるとまぜると、ミルクティーの完成。
よかった、これでいつも通りの朝だ。
いつも通りの日常。今日はいつも通りの日常を、思い出す日。今日は特別。特別に、あなたを思い出す日。
夢にみきとが出てきた日は、ちゃんと「いつも通り」を過ごす、って決めたんだ。
ねぇ、みきと。
あの日からさ。「おはよう」がお別れの挨拶になっちゃったね。
飲み干した紅茶は、やっぱりどこか物足りなかった。