ジフス突然だが今日はメイドの日らしい。語呂合わせでそう呼ばれているのだとか。それをフリードに教えたのは、目の前に並んで立っているアメジオとスピネルだ。
『ここで待っている』とグループチャットに連絡があったのがつい先ほど。アメジオとスピネル、そしてフリードだけのメンバー。いつ、何故作ったのかは思い出せないが、あるものは仕方がない。フリードは用件を聞いたが『とにかく来い』の一点張り。しかも二人から同じ言葉があったので、たぶん一緒にいるしグルだ。こちらの都合もあるのに、とわずかな苛立ちと共に、送られてきた所在地を確認する。ひとつため息。これでどうでもいい内容だったらチョップでもかましてやろう。そう決めて、船の仲間たちに声をかけると修理中のブレイブアサギ号を後にした。
リザードンに乗って到着したのは格式の高そうなホテルだった。リザードンをボールへ戻し、シックなモノトーンカラーで統一された落ち着いた雰囲気の建物へ足を踏み入れる。ここからどうするか、連絡をいれるか、とスマホへ手を伸ばす前に一人のホテルマンが近づいてきた。名前を確認されそれに頷くと、物腰柔らかな、それでいて繊細な対応でとある一室へと案内される。絶対このホテルは高い。フリードはそう確信して、開かれた扉をくぐった。
「おい、来てやったぞ」
入室と同時に振り返った二人にそう声をかける。やはり一緒にいたか、と呆れ半分憤り半分。それを態度に表すように腕を組んで片眉を上げた。なのに二人はとても穏やかな顔をしている。なにかよろしくないことを考えているときの顔だ。
「やっと来たか」
「待ちくたびれましたよ」
わざとらしいトーンの声。先を促すように片足に重心をずらすと、二人が半歩引いてベッドの上を指し示した。
黒いワンピース型の衣装にフリルのついた真っ白いエプロンドレス。肩の部分は柔らかく膨らんでいて、肘にかけて絞られている。裾から見える重ねられた襞は簡単に内部を見せない構造になっていた。さて、これはとても見覚えのある服である。
「…ナニコレ」
「メイド服だ」
「メイド服です」
「…どうしろと」
「着てくれ」
「着てください」
フリードは大股で二人に近づくとその脳天にチョップした。ゴッ…といい音が鳴る。頭を押さえてうずくまる二人。
「な、なにするんですか」
「こっちの台詞だなんだこれ」
「メイド服を着てもらおうと…」
「んなどうでもいいことで呼び出したのか」
「どうでも良くないです、今日はメイドの日なんですよ」
「今日しか出来ないことをしようと思い立って」
「思い立つなこっちはお前らのせいで忙しいってのに…」
どうでもいい用事だったと判断して踵を返す。帰ると叫んで扉へ向かおうとした。その瞬間、とんでもない力で後ろに引っ張られる。
「うお、わ」
ベッドへ仰向けにダイブした。続いてスプリングが鳴ったと思ったら、二人分の影がフリードを覆う。
「逃がしませんよ」
「今日は帰らせない」
アメジオが腕を、スピネルが肩を押さえつけ、フリードをベッドへ縫い留めた。欲を浮かべた四つの瞳に迫られる。その状況が情事を彷彿とさせ、つい抵抗が鈍ってしまった。背に擦れるシーツの存在と、二人が触れているところから広がる熱を感じてしまえば、後戻りは困難だ。
「…離せよ」
力ない言葉では到底二人を諦めされることなど不可能。わかっていても、フリードの中に灯ってしまった小さな色欲の焔は消すことができない。そしてそれが伝わってしまったのだろう。フリードは二人に抱き起こされると、隣に広げられていたメイド服を押し付けられる。両頬それぞれにキスを受ければ思考がとろんと蕩けてしまいそうだった。
「着てくれるか」
「…ずるい」
アメジオの深紫の瞳に覗き込まれたら拒否できない。
「きっとお似合いですよ」
「…ぐぬぬ」
スピネルの澄んだダブルオッドアイに見つめられたら何も言い返せない。
突然どうしようもない事で呼び出されて、確かに憤っていたのに。いつの間にが二人への情欲で上塗りされてしまった。これを着たら何をされるかなんて、想像しただけでメイド服を握る手に力が入る。
「………わかった」
ついに観念してボソリと呟いた。もう一度両頬に二人の唇が押し当てられ、顔がひどく熱を持つ。
「隣に部屋があるので、そこで着替えてきてください」
「…待ってる」
二人の拘束から逃れたフリードはもう帰ろうなんて思わなかった。長い衣服を折り畳むように抱き締め、静かにベッドから立ち上がると示された部屋へと入っていく。
「あ、いい忘れてました」
スピネルがフリードの腕を掴んで耳元で囁いた。とてもふざけた要求に、さらに顔が熱くなっていく。
「は、はああぁあ~~な、なっ」
「いいですね」
そう言うスピネルに背を押され、たたらを踏みながら部屋へ入ってしまうと扉が閉められた。震えだす体。怒りと羞恥から来るものだ。
「し、しんっじられねぇ」
叫びながらポイポイと服を脱いでいく。初めての衣服に袖を通し、少し手間取りながらも着々と身に付けていった。リザードンとキャップのいるモンスターボールは机の専用ホルダーに収め、鏡を見ながらフリルのついたカチューシャを頭にセットする。心許ない着心地にスカートを握りしめた。扉一枚向こうにはアメジオとスピネルがいると思うと、胸がドキドキと高鳴る。同時に、腹の奥がキュンと疼いた。
(こんなの、着ただけなのに…)
期待、してしまっている。自覚した瞬間ふるりと震えた。みっともない正直な身体にムチ打ち、しっかりとドアノブを握りしめる。
足の付け根、その奥が湿っている気がした。
ーーーガチャリ
扉を引いて、床一面に敷かれたカーペットへ視線を落とす。一歩踏み出せば二人の気配が近づいてきた。恥ずかしさの余り動けない。それでもフリードは逃げることなく、伸びてきた手に身を委ねた。