#冬待つ汀一文字則宗は愛を被って顕現した刀だ。ゆえに愛多き刀だった。その目には己を取り巻く全てのものが愛しく見え、はたして愛さずにはいられなかった。そういう性質として打たれたようだった。
山鳥毛は一文字則宗の手が伸びてくる時、「あなたに童のように扱われるのは気恥ずかしい」と言った。大の大人のナリをしているならそうなのだろう。それでも知ったことかと髪を撫で頬を揉めば眦が下がった。燃えるような瞳は美しかった。
姫鶴一文字は鬱陶しそうにその手を避けた。では髪だけでも梳かせておくれと頼めば、深い深いため息の後に「いーよ」と返ってくる。同意というより妥協のようだった。一文字則宗は、彼らの持つ(己にはない)貴い銀をうれしく思った。かの地の冬の尾根もこのように美しいのだろうか。そう呟くとまた深いため息が溢れた。
南泉一文字は言わずもがなだった。にゃあにゃあ言うのを引っ捕まえて転がしてもみくちゃにすればそのうちおとなしくなった。「もう勘弁してくれ」と言いながらごろごろと喉を鳴らすのが愛しくてしかたなかった。黄金の柔らかな毛は己によく似ていた。それとも、己がこの子に似たのだろうか。号無き福岡一文字の集合体。人の愛を糊に組まれた物語の寄木細工。それが一文字則宗だと自認していた。
沖田総司の愛刀達からは、初め距離を置かれていた。あからさまではなかったが、どう接するべきが決めあぐねているようだった。遠くからそっとこちらの様子をうかがう様は人見知りの猫のようで愛らしかった。それでも気づかない振りをしていれば、彼らは自然と寄ってくるようになった。話してみればなんのこともない、真面目で気の良い若者達だ。そうして一文字則宗を、ただ一振の刀として真っ直ぐに見つめてくるのだった。それは久しく感じたことのない、背筋がぞくりと粟立つような心持ちだった。
日光一文字だけが一文字則宗の愛を拒絶した。もちろん矜持が傷つかぬように、柔らかく、ではあるが。ささやかな辞退は確かに拒絶だった。時たま不服そうな目線まで向けられる覚えはなかったが、一文字則宗は理由をひと月ほど考えた。何か彼の気に障ることをしていただろうか? ひと月考え、悩んだ末、遠征先でふたりきりになった時。ようやく解を得たのだった。
「お前さん、僕のことが好きなのか」
「……」
突然、なんの前触れもなくぶつけられた言葉に、日光一文字は珍しく目を丸くし、やがて呆れたような半目になってため息をついた。
「御前、俺は今大変に傷ついています」
「そうなのか」
「秘めていた思いを、よりにもよってその思い人に暴かれる衝撃をご想像ください」
「……」
「……」
「悪かった。でも、それならどうして拒んだりしたんだ?」
日光一文字はまたため息をついた。
「……御身に触れても?」
好きにせよと頷けば、手套を外してそっと束ねた毛先に触れる。なんだそれだけかと見守っていれば、硝子越しの瞳がわずかに剣呑さを帯びた。
「残酷な女だ。真実煮えたぎるような愛を惜しみなく注ぐくせに、他者にはなにも求めない。……俺にもなにも期待していないでしょう」
「それは」
そうだろう、とまでは口にできなかった。一文字則宗にもそのくらいの分別はあった。それでも射掛けるような薄紫は、恨みがましく花の色をしている。
「俺はあなたの冬を待ちます。嵐のような冬を」
「枯れ果てた花を愛でるか」
「いいえ。愛に果てがないのなら、あなたが枯れることはないでしょう」
「では、僕の冬とはなんだ」
毛先に触れていた指が離れていく。名残惜しい、と思ったのは何故だろうか。怪訝な顔をしていたのがよほとおかしいのか、日光一文字は初めてうれしそうに目を細めた。
「……あなたの愛が誰にも届かず、寂しさで堪え難い夜が来た時。その時はきっと、俺だけのものになってくださいますね」
そんな日が来るだろうか。一文字則宗には分からなかったが、ひとの不幸を望むような日光一文字の物言いは、なぜか不快ではなかった。