サルベージ船『レッチド』航空機関士アンバーのログ #44日目。記録者、サルベージ船『レッチド』の航空機関士、アンバー。
なんとなく息苦しい。最初は気のせいだと思った、いや、思いたかったんだ。しかし、船内の酸素濃度が異常な速度で減っていっているのに気づいてしまった。血眼になって原因を探しているうちにまた無駄に酸素を消費してしまい、目眩がする。結局原因は、エンジン故障前に衝突した小惑星が船体に穴を空けたせいだった。そこから酸素が漏れていたのだ。数時間かけて穴をふさぎ、管制室に戻った時、ふと何の反応も示さない機器類が目に入ってしまった。もう二度と緑豊かな陸地や暖かな日差しを目にすることはできないのか。もう二度と誰かと会話することもできないのか。そういうふうに考えてしまうとたまらなくなって、私は大声で喚きながら船内をむやみやたらに走り回った。このまま狂ってしまえたら。いっそあの化け物に殺された方が幸せかもしれなかった。幸運にもそうはならなかった、今日のところは。
一時の狂騒から醒め、ふと気がつくと私は居住スペースにいた。目についたのは医療クルーのメアリの死体だった。彼女はテディベアを抱いたまま死んでいた。確か、テディベアの名前は「ルーシィ」 出航前に娘から贈られたのだと嬉しそうに言っていた。
私は一抹の罪悪感を抱えながら、冷たく固くなったメアリの腕からルーシィを取り上げた。そうしてまじまじとそのクマを眺め、……抱きしめた。自分でもどうかしていると思ったが、温度のない、それでも柔らかなぬいぐるみの感触に涙が溢れて止まらなかった。返事などないとわかっていながら、ルーシィに話しかけ続けた。不思議とそんなことでも荒れた心が落ち着いていった。
こうしてログを残している間も、私の腕の中にはルーシィがいる。いつか生き残ってこのログを聞き返す機会があった時、あの時はどうかしていたと笑いたいものだ。なあルーシィ。
記録終了。