残香【君閣の窓辺で老君がささやかに花見をする話】
ふわと入り込んだ外気に、甘い香りを感じた。老君は振り向くと、かれの忠実な下僕が手に下げた一枝の桃花を見やって、わずかに眼を細めた。
「おや、どうしたんだい」
かれの下僕——諦聴は眉ひとつ動かさぬまま、つと手を伸ばして、老君にその枝を手渡す。花の香りが柔らかく鼻先を包んで、擽ったいような気分になる。
「折ってきたのかい? 悪い子だ」
笑い含みに問うてはみたものの、そうでないことは切り口を見れば明らかだった。すぱりと斜めに走った鋭利な切り口は、最初から飾ることを目的に切り離されたものだと見当がつく。花も五分咲きで、まだ散るような頃合いではない。それでもあえてそう言ったのは、かれの下僕が花を贈るにはあまりにも憮然とし過ぎていたからだ。人に花を贈るのに、その表情はないだろう。ついからかいたくなるのはかれの悪い癖だが、諦聴は、そんな主の視線からふいと目を逸らすと、
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