拝啓、我がソウルメイトへ-------
6/14 / ワンドロライ / 「可愛いところ」「お弁当」
--------
「助けてくれイサミーーッ!」
「ど、どうした急に」
ある日の訓練終わり、クールダウン中のイサミに慌てた様子でスミスが走り寄った。
一目見てわかるほどにスミスの顔からは焦りが見えて、縋りつかれたイサミもそんなスミスを支えてやりながら目を白黒させた。
スミスは優秀な男だ。大体何でもこなせる器用な男でもあるのに、ここまで慌てているなんて。一体何が
「お、オベントウ!」
「……弁当?」
「ルルが、オベントウを!」
あ。これ俺でも無理な案件じゃないか?
イサミは内心ひくつきながらも、スミスを落ち着けてやりながら話を聞きだした。
なんてことない、日常にありがちな一幕だ。スミスを後見人として米軍基地内のスクールに通っているルルがイベントのために弁当を必要としている、らしい。
「それでほら、近頃動画を見たらしいんだ。キャラバンっていう、オニギリをスズメにするやつなんだけど、ルルがああいうのがいいって……!」
「……キャラ弁のことか」
「たぶん、そう。アメリカじゃランチボックスは店で買うもんで、家から持っていくものなんかバナナとかリンゴにキューブチーズとパンぐらいなんだ! あんなもの俺は作れない!」
「プラモを作れる奴が言うセリフじゃねぇな」
「プラモには説明書がある! 火を通したりもしない!」
そういうものだろうか。まぁ、スミスが言うならそうなんだろう。
「……作れないって、ルルに言えばいいだろ」
「期待した目で見られてもイサミならそう言える?」
「……わるい」
絶対無理だと思った。きっとルルは断ってもぐずったりしなくて、残念に思いながらも素直に聞き入れてくれるとは思う。
思うけれど、きっとスミスと同じようにイサミも何も言わず引き受けただろう。大事な戦友の曇った顔を見たいはずもなく、己の努力一つでどうにかなりそうなら、それがどれだけ高い壁であっても覚悟を決めて挑む。それが漢だろう。
だが。現実は世知辛い。
「リミットは?」
「二週間だ」
「……いい話と悪い話がある。どっちから聞きたい?」
「希望は最後に残すべきだな」
「俺の自炊スキルは鶏肉を焼いて切る、煮込むぐらいだ。キャラ弁を作れるほどの腕はない」
「Oh,Jesus……」
「けど希望はある。サタケ隊長だ」
「え? カーネル?」
って。
「いう、ことが。昼にありまして」
「なるほどなぁ」
言いづらそうにイサミが要件を告げれば、サタケはおもちゃを見つけたように楽しげな顔になった。
イサミにとっては少々座り心地がよろしくない。意味もなく腰掛けたソファーの上でもぞもぞと足を整え直してしまう。
誰しも出来ないことはちゃんと練習してそれなりの仕上がりになってから、誰かに見てもらいたいと思うものだろう。それが好きな人相手であればなおさらだ。ああ、こんなことになるなんて。自炊に関して「これでいいか」と思っていた過去の自分をつねってやりたい気持ちになる。
「意外だな。凝り性な部分があるから、てっきりお前は料理ができるもんだと思っていたんだが」
「……煮込み料理だったら、具材の大きさ揃えて切って煮たらできるじゃないですか……」
「そこまでできていればあともう一歩だろ?」
「その一歩が果てしなく遠いんですっ」
出来る人はみんなそう言う。イサミだってTS操縦に関してはそう言われたことも多い。あと一歩、というのは何時だって個人差だ。
サタケがくつくつと笑っているのが、ちょっと不満で、イサミはプイッと顔をそらした。
「そりゃ時間が一カ月とかなら、スミスを励まして一緒に練習するぐらいはやりますよ。でも二週間でってなら、俺にはちょっと荷が重いんです。カッコつけたいスミスの気持ちもわかるし、ルルも楽しみにしてるだろうから、何とかしてやりたくて、だからリュウジさんならって……」
「そう拗ねるなよ。手伝うから、予定を合わせよう。初心者向けの簡単なのを見繕ってやる」
「……ありがとうございます」
これで一安心。サタケの料理上手はイサミも体感するところであるし、きっとスミスが望む結果を生み出してくれるだろう。サタケの指導は厳しいものになるかもしれないが、これも大事な友のためだと思えば頑張れるに違いない。イサミは心の中でスミスの健闘を祈った。
「で?」
「……で、とは?」
「スミスはルルに作ってやるんだろ? お前は?」
「ッ」
「イサミは?」
「ぁ、あの」
「ん?」
にこーーーっ。サタケの輝く笑顔がイサミの眼底を焼きにかかってくる。イサミは虚を突かれて口がぱっかりと空いたし、脳内は真っ白に塗りつぶされた。
作らなきゃ、ダメな感じ? これ一緒に俺も作るパターン? 俺が? 俺が?!
「あ、あのっ!」
「うん」
「お、おれ、そんな、切って焼いて煮込むぐらいしか!」
「うん、だから俺に頼んだんだろ?」
サタケが体全体を使ってイサミにのしかかってくる。まばゆい笑顔がなおイサミの目に突き刺さる。分かっててやってるだろ、絶対分かっててやってるだろこの人は!!
ソファーの上の攻防はあっけなくサタケに軍配が上がり、イサミはホールドアップの姿勢で崩れ落ちた。
「な、イサミ。お前はどうする?」
「……下手ですよ」
「それは重要なことか?」
「弁当作っても持っていく先がないのに」
「なら、その日は久しぶりにドライブに行こう」
「……下手ですからね」
「わかってるって」
「……不味かったら、残してください」
ついにイサミは観念した。消え入りそうな声で捻くれた返事を返せば、サタケはなお顔を緩ませて満足そうに笑う。
胸に埋もれる用に抱き着いたサタケを抱きしめ返してやりながら、なんとなくスミスもこんな感じだったんだろうなとイサミは思った。
これは勝てないな。なら、お互い努力するほかないだろう。
「楽しみだな」
「……はい」
誰だって、好きな人にはいいところを見せたいものだ。
だがそれすらも、好きな人の前では形無しになるらしい。
ため息一つ、イサミもサタケと同じような顔で笑った。