ーーー次回はデスドライヴズの皆さんによる『変わり種おにぎり』をお届けいたします。-------
7/26 / ワンドロライ / 「輝き放つ」「ルビーレッド」
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夏の果物と言えばレモンと思う人は多いだろう。ただし彼らの結実するシーズンは冬だ。
グレープフルーツだってそう。そも、炬燵にミカンのイメージから考えてほしい。柑橘類は主に冬に実をつけるものなのだ。
「そう言われたところで、食いたくなるのは今のシーズンなんだよなぁ」
サタケがそう呟いて、手の中の大玉をくるりと回した。大きなサタケの手のひらにも余るほどの、黄色地に薄く赤がかかった果実。これが本日の主役のグレープフルーツだ。そして横に控えていたイサミが画面に見えるようにほかにもいくつかの果実を並べていく。大きさや雰囲気、色だって様々だ。グレープフルーツ、レモン、オレンジ、キウイ、メロン、それからスイカ。
「ようこそ『俳優たちの炊事場』へ。メインのサタケだ。今日は視聴者のリクエストに応えて大人向けのフルーツポンチを作ってみようと思う。アレンジしやすいレシピだから、ぜひご家庭でも試してほしい」
「今回は3分クッキング方式でやっていきます。いつも通り、アシスタントのアオです。よろしくお願いします」
二人が挨拶をして、画面にロゴが現れ、くるりと一回転した。そして暗転。改めてレシピが表示、……されない。
「レシピなんかいらん。何となくでこれはできる。安心してくれ」
「コメント欄すごいことになってますよ、リュウジさん」
「本当に切って煮込むだけだ。どうにかなる。甘過ぎたら水か炭酸を入れる、味が無かったら砂糖か酒を入れる。これだけ」
「料理できる人のセリフだ……」
さくっ。話している最中にもサタケの手は止まらない。大玉のグレープフルーツのヘタが落とされ、サタケの手の中でその実がくるくると回っては、皮がどんどん削がれていく。中から除くのは赤く色づいた果肉だ。
「包丁は良く研いでおくといい。柑橘類のカットは切れない包丁でやると悲惨だぞ」
「リュウジさん。手の中で切れない人はどうしたらいいですか」
「下手を落としてからまな板の上でちょっとずつそぎ落としてくれ。安全第一だぞ」
イサミもおずおずと手を付けた。言われたとおりに両端を落とし、切ったところを下にして固定、おっかなびっくり包丁を皮に沿わせるようにキコキコ動かしていく。
「そうそう、押すんじゃなくて前後に引くんだ。うっかり抑えてる方の手を切らないように」
「っす」
「皮が全部取れたら食べやすい大きさに切ってくれ。小さすぎるとに崩れるから気をつけろ」
すっかり赤い塊になったグレープフルーツをサタケの手がくるりと回す。包丁が添えられて、器用に果肉の部分だけを落としていく。下に置かれたボウルにくし形になった果肉が溜まっていく。スタジオの照明を反射して、瑞々しい果実がきらりと光った。
「お菓子屋さんがやる切り方じゃん……」
「簡単だぞ。筋のところで切るだけだ」
むぅ。イサミも同じように挑戦するのだろう。少し歪だし、ところどころ皮も残っているグレープフルーツを手に取って、サタケのやり方を真似ながら、果実に包丁を添えた。そう、前後に良く動かしてーーー
「待て、おい、行きすぎだ。それだと指落とすぞ」
「う」
「芯の手前まで刃を入れるだけ、あーー、待て! そうじゃない、お前はまな板から離すとホント危なっかしいな!」
「ううう……!」
「……今日のところは、普通に八等分ぐらいにしとけ、な?」
『アシスタントがアシスタントされてる』『突発お料理教室』『もうイサミ君メインでいいよ』『ありがとうございますありがとうございます』などなど、コメント欄はたいそう忙しかった。
やや不満げなイサミが、半壊させてしまった果肉を改めてまな板に置き筋や皮も丸ごと含めてある程度の大きさに切っていく。先ほどよりは自信ありげな包丁さばきでまたもやコメント欄が忙しくなった。
「まぁ、あれだ。食えればいい。グレープフルーツは俺の趣味で入れてるだけだから、面倒なら缶詰フルーツを使ったっていい。安全第一でな」
「それ俺に向けて言ってますよね」
「お前と、画面の向こうの視聴者に言ってる」
「誤魔化してません?」
「誤魔化してません」
掛け合いをやっているうちに、くし形に切られたグレープフルーツと、愛嬌のあるブロック状のグレープフルーツがボウルにたまった。サタケはその隣で小鍋を取り出し、計量カップで砂糖と水を計る。とはいえずいぶん雑だった。うげぇと隣でイサミが顔をしかめるし、コメント欄もひっきりなしに指摘していく。『料理ができる人のやり方じゃん』『料理下手に慈悲を』『手際が良すぎていまいち頭に入ってこない』エトセトラ、エトセトラ。
「基本的には1:1:0.6だ。水、好みの酒、砂糖。これで下味は終わり。水分と砂糖の比率が大事だ。酒だけで造るならサングリアになるぞ。漬け込んだ後の果物ってのも乙だが、それだと酒の味はともかく果物の味は薄くなる。砂糖が入ると濃度も変わって浸透圧の方向が変わるから、果肉に甘みと酒が入ってうまくなる。アルコールが苦手であれば、酒は減らしていい。それでも1割ぐらいは入ってるとうまいぞ」
「0.6とか難しい数字出さないで素直にレシピ出してくださいよ」
「半分よりは多そうだな、ぐらいの気持ちで作れ」
「はぁい」
「水と砂糖を先に合わせる。沸騰して砂糖が溶けたら火を止め酒を入れ、最後に果物に回しかけて粗熱が取れたら冷蔵庫へ。これで一晩漬けておく。これで下準備は終わりだ。簡単だろ?」
「一晩漬けたものがこちらです」
「今回は王道に白ワインで作ってみた。ほらイサミ、一個食ってみろ」
「やった!」
フォークに刺した赤い果肉。つやつやとシロップを滴らせたそれがイサミの口へと運ばれた。イサミの三白眼が輝いてきゅっと頬が緩んでいく。その隣でお行儀悪く、サタケも一つつまみ食い。グレープフルーツの酸味と爽やかな苦味、甘さが程よく浸透していて食べやすく、お酒の香りが鼻に抜けていく、……ような奴です。そういう気持ち。
「このままでも十分うまいよな」
「お酒効いてますね」
「飲酒運転にご注意を。食べるときはその日の予定が無くなってからで頼む」
さぁ仕上げといこう。シロップから果肉を引き上げ、他の果物と一緒にガラスの器に盛りつけていく。今回はオシャレにパフェグラスに盛り付ける。輪切りのレモン、くし切りになったキウイとオレンジ。メロンも四角に切られて一緒に入る。スイカはスプーンですくって丸くなったものがころりんと。
「スイカとメロンは気をつけろ。こいつらウリ科だから、変な火の入れ方をするとキュウリの味になるぞ」
「やったことあるんですか?」
「あるある。おかげで知見が得られた。スイカは生で食う方が旨い」
余ったシロップにイサミが炭酸を注いでいく。これもなんとなくだ。しゅわしゅわと泡立つシロップを炭酸が飛ばない程度に混ぜてやって、フルーツの上にかけてやる。仕上げにミントをオシャレに置けば、炭酸の泡が美しい画面映えするフルーツポンチの出来上がりだ。
「シロップの具合は食べて調節してくれ。シロップが甘いから無糖炭酸で十分だ」
「これ、白ワイン以外は何がいいんですか?」
「ビール以外は何とかなるぞ。ビールはなー……なんか、甘苦かった」
「想像できるような、出来ないような……?」
「今度作ってやろうか」
「微妙なのよりおいしいのがいいです」
「はいはい。次は日本酒で作ってやるよ」
ではグラスを手に持って。食べる時はぜひパフェスプーンで。
縁を軽く合わせれば、チリンと心地よいガラスの音。最後は二人のアップでお別れしましょう。
「今回も上手にできました」
「ぜひ、皆さんもお試しあれ」
いただきます!