月夜の晩は貴方と共に-------
9/6 / ワンドロライ / 『退屈』『晩酌のお供』
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思ったよりもつまんねぇな。イサミは素直にそう思った。うっかり不機嫌が表に出ても生来の仏頂面に紛れてほとんどわからない。そんな顔を与えてくれた親に感謝すらした。
任務ではなかったが、その延長みたいな食事の席だった。デスドライヴズとの戦いからこちら、自衛隊の中でトップクラスの知名度を持つイサミは何かとそういう場に呼ばれることが増えたのだが、最初はイサミを守る様に同じく生き残ったTS部隊の先輩や元ATFの同僚、何より元ATFのTS部隊指揮官にして現郡長のサタケが率先して同席してくれていた。
彼らの立ち振る舞いや言い回しを学習してイサミもそれらしく取り繕う術を覚え、今ではこういう場にも一人で出席するようになったのだが、どうにも今回の席は「ハズレ」のようだ。
上に立つ人間は馬鹿では務まらない。一定以上には人望人脈、根回しの良さや人心掌握の手管も要求される。もちろん、突出した人脈の広さでのし上がる人物が居たり、特化した技能によって選出される人物もいるので一概にも言えないのだが、おおむね皆、賢いのだ。故にこういった席で交わされる話題もイサミだって楽しめる上官ゆえの苦労話や、興味深い関係各所の裏話になるのだが。今回の主催者はどーにも話題選びがへたっぴだった。内容があっちへそっちへふらふらしつつ、趣味に合わなさ過ぎて興味が持てない話題ばかり。まぁ、主催者はイサミがよく知る自衛隊関係者ではなかったからしょーがない。こういう時、一般人と自衛官の溝を感じる。
つまんねぇな。つまんねぇわ。早く終わんねーかな、これ。
でも出される飯は旨かった。そういうところ、すごく助かる。旬だという野菜の天婦羅をもしゃもしゃしながらイサミは虚無の顏で相槌を打った。ミディアムレアで出された肉は、なんか、いいトコの肉らしい。これも旨かった。ただ会話がつまんない。若かりし頃のイサミであればおそらくもっと相槌少なく突っ立ってるだけだったろう。先方を不愉快にさせない程度の社交術は身についているらしいと饒舌に話し続ける人を見てヤケクソのように考えた。ご飯おかわりいいですかね。あ、だめそう。
会食って、大体三時間ぐらいだよな。二件目は断ろう。絶対に断ろう。たぶんもっと虚無になる自信がある。悪い人じゃないんだけど、どうにも話題がなー。一般の人だとどうしてるんだろうなこういう時。
「ああいや、もうこんな時間ですか。アオさんは、この後まだお時間ありますか?」
「いえ。私はもうお暇致します。明日の仕事に差し支えますので」
「それは残念だ。では、今日はこれでお開きにしましょうか」
変に引っ張られることもなく、イサミの一言だけの断りでその会はちゃんとお開きになった。いい人だ。イサミは主催に対する認識をちょっと上方修正した。主催の名刺をもらい、ついでに会場になったお店のショップカードも一緒に貰う。肉旨かったし、天婦羅も旨かったからな。
「こちらの店は焼酎も良いものを持っておられますよ」
はて。イサミは店を出てからニッコリ笑う主催の人を振り返った。
その人はほろ酔い気分なのか、本当ににこにこしていた。花も飛ばしそうなぐらいの恵比須顔。そういえば、話題が話題だっただけで食事の最中イサミが不愉快な思いをすることはなかったとふと思い出す。
「どこに出しても恥ずかしくない自慢の店です。よかったら次はぜひ、パートナー様とご利用ください」
では。気分よく帰路に就く主催を見送って、イサミは空を見上げた。月が黄色く、小鉢にあったサツマイモの煮つけのようだなと思う。あれも旨かった。
「……やり手ってやつか」
すごいなあの主催。最後の一言で印象がガラッと変わったぞ。やっぱりどこの世界も上に立つ人ってのは一味違うなぁ。
急に家で待ってくれているはずの恋人が恋しくなって、イサミもそそくさと帰路についた。
近いうちに、あの主催の話を肴にして、このお店でサタケと二人、飲み直すことになるだろう。そんな予感にイサミは頬を緩ませた。