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    maonoe525

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    maonoe525

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    ステア

    カクテルにハマっている先輩が、私の2級昇格祝いだと言って用意してくれた一杯を、マドラーでかき混ぜる。
    きれいに分かれていた色は、混ざり合って次第になんとも言えない色に変わった。
    「少ないリトライ回数で確実に任務を達成する女」と評され、「巻戻士」の仕事にはプライドを持っている私が、仕事に関しては強く尊敬している先輩。生活態度は少しだらしなくて、目が離せない人だなと思っていた。それは恋心だったんだな、と先輩からの恋愛相談を聞きながら、今更になって自覚していた。
    文武両道を自負して、大学も首席で卒業した私が、巻戻士になってからは義務教育すら卒業してない若い子たちにどんどん先を越されて。自分は何を頑張ってきたのだろう……と内心落ち込んでいたけれど、それを顔に出すほど幼稚ではないと思う。
    先輩は、私は恋愛になんて興味が無いと思っているから、こうして寮の部屋に招き入れて、意中の人の考えていることを「同じ女性としてどう思うか」と浮かれた様子で聞いてくる。
    「わからないけど、普通の女の子だったらそうなんじゃないですか」
    などと素っ気なく答えてみたけど、胸の奥ではかすかに痛みが走る。真っ当に恋愛し、そして失恋するくらいには、私もまた普通の女だったのだ。

    昇級から数日が経ち、これまでは本部で私の教育に当たってくれていた先輩と、初めて共同で任務に行くことになった。
    先輩は、この間私にした相談のおかげで意中の人と付き合えたと嬉しそうに報告してくる。あてになるようなことを言った覚えはないんだけど。
    私はと言うと、失恋の傷が完全に癒えたわけではないけれど、思いの外「吹っ切れた」と言っていい状態になっていた。自分を「普通」だと認められたことで、なんとなく肩の力が抜けたような。若い天才たちに抱いていた過剰な劣等感も、少し和らいでいた。
    憧れていた先輩に並び立つ巻戻士として、真っ当に認めてもらいたい。そんな気持ちで今回の任務に臨んだ。

    私たちの任務は、ある結婚式場でこれから起こる悲劇から、式の参加者たちを可能な限り多く救うことだった。この時代では最早珍しい、多くの招待客が集まる大規模な式だ。
    きらびやかな会場、純白のドレスに身を包んだ新婦、スーツ姿の新郎。その横には列席者たちの笑顔があふれている。
    そんな様子を見ながら先輩は、悪気はまったく無いといった様子で「お前は結婚なんて興味無さそうだけど」なんて言ってくる。先輩のサバサバした性格が接しやすくて良いと思っていたはずだけど、今はただデリカシーに欠けているだけのように思える。先輩の彼女ってきっと苦労するんだろうな。

    この結婚式は、ちょうど一番盛り上がるタイミングで火災が発生し、新郎新婦を含む数十人が命を落とす。後の報道では、厨房のガス漏れが火災の原因だとされているようだけど、「1回目」の私たちはこれが人為的に引き起こされた事件だと推察した。
    けれど1回目の私たちには、火災そのものを止めることも、全ての参加者を完全に避難させることも叶わなかった。巻戻士は何度もリトライして最善の結果を求めるのだから、それも当然のことだ。先輩は任務の失敗を悟るとすぐに「リトライ」しようとした。
    私はそれを制止して、今からやる調査こそが重要なのだと説く。いつもはこれで、相棒になる巻戻士はみんな丸め込めてたんだけど、「お前のリトライ回数がいつも少ないのって、もしかして」と先輩の鋭い読みが私の図星を突いた。
    「リトライの負荷に精神が耐えきれないからだろ」
    先輩は巻戻士としての私のことを本当によく見ていた。指摘された通り、私のリトライ耐性は巻戻士の中でも最低と言っていいくらいだと思う。
    「でも私、それでも、2級に上がれるくらいには……」
    憧れていた先輩に失望されるんじゃないかと思って、言い訳のように出てきた私の言葉に、先輩が被せてきた。
    「うん、凄いよお前。リトライ耐性無いくせに、ちゃんと自分のやり方確立させるとかさ。かっこいい」
    かっこいいって。先輩から見た、私が?
    「俺は結構雑にリトライしちゃって。1回1回を大事にするのって、俺も見習った方がいい気がする。今回はお前のやり方でやろうよ。リトライ1回だけでさ」
    本当に、先輩が私のことをよく見てくれていて、認めてくれてるんだと思って、顔が熱くなるような感覚があった。赤くなってるかもしれない。やっぱり私は、今でも先輩のことが好きなんだろうな、と思った。

    それから現場を調査し、火災から逃げることのできた参加者たちの話を聞き取って、私たちはこの「事件」を引き起こした犯人の存在に近付いた。新郎の元恋人が、嫉妬と憎しみから引き起こした復讐劇、というのが私たちの立てた仮説だった。
    仮説を元に立てた計画をお互いの頭に叩き込んで、ついに1回目のリトライをした。時間が巻き戻り、「2回目」が始まる。
    リトライの負荷で少し具合を悪くしていた私を、先輩は気遣ってくれる。でもこれくらいは作戦に支障をきたすほどじゃない。息を整えて、さっそく自分の仕事を始めた。
    別行動を取って分担しながら、計画に沿って途中までは順調に進んでいた。けれど、リトライしなければ見つけることの出来なかった、計画の問題点が浮かび上がった。これって、まさに今、先輩がいる場所が危険ってことじゃないのか。
    「先輩!」
    私は先輩の持ち場に全速力で向かった後、ちょうど武器を持って先輩に襲いかかろうとしていた「もう一人いた犯人」を組み伏せた。その様子を見て、一瞬驚いた先輩も、残る一人の犯人をすぐに取り押さえた。
    これでこの事件の脅威はすべて排除された。火災が起こることはなくなったはずだ。

    最後まで何が起こるかわからないから、ちゃんと見届けたほうがいいだろう、と先輩が言うから、私たちは式場から少し離れたところで待機することにした。式も無事終わり、慎重な性格の私でも「もう流石に大丈夫じゃないですか?」と言ってしまうほどその時間は長かった。先輩の様子は、まるで本部に帰還したくないように見えた。
    「まさか犯人が二人いたなんて、お前よく気付けたよな」
    「女の嫉妬って怖、俺の彼女もああいうタイプなのかも」
    「お前はああいうことしなさそうだけどな。仕事にも理解あるし」
    あんなに付き合えたことを嬉しそうに報告してきた先輩が、不自然に彼女のことを下げて、私のことを持ち上げるようなことばかり言ってくるから。
    なんだか変だな、と思って、冗談のつもりで「もしかして私に惚れたんですか」と言ってみたら、先輩は黙ってしまった。
    沈黙が気まずくて、「黙ってたら本当っぽいじゃないですか」と言ったら、黙っている先輩の表情は暗くなってしまった。
    「先輩、私も」
    私はスーツのジャケットに隠していた拳銃を取り出し、続けた。
    「私も先輩のこと、好きでした」
    その瞬間、今度は先輩の表情が一瞬だけ凍りついたように見えた。けれど、先輩は逃げもせず、ただ黙って私を見つめていた。
    引き金を引いた音が、耳の奥でいつまでも反響している気がした。
    先輩の体から赤い液体が流れ出す。心臓の音がちゃんと止まっていることを、おそるおそる確かめた。そして、私はリトライアイを震える手で露わにして、ただ一言呟く。
    「リトライ」

    時間が巻き戻り、「3回目」が始まる。記憶を引き継いでいない先輩にとってはこれが「2回目」だが。
    目を開けた時、私は嘔吐していた。体が震え、先輩の手が背中を支えてくれている。
    「おい大丈夫か? たった一度のリトライで、こんなにキツいなんて……」
    先輩の優しい声が、余計に胸を締め付ける。悪酔いしたみたいに気持ち悪い。
    視界の隅で見た、自分の吐き出した物が、先輩が作ってくれたカクテルの、あのなんとも言えない色に似ていた。
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