ちゃぷん、乳白色のお湯が揺れた。
夕食はこのお湯に似た色をした温かいクリームシチューだった。人参やブロッコリーの彩りは完全に無視して、類は一口大に切られた鶏肉とシチューの上澄みをすくって器に盛った。食べ終わったあとに司から、「玉ねぎも入れていたんだが、すっかり溶けていたから気づかなかっただろう?」と言われて焦ったのは記憶に新しい。ご飯に合うように少し濃いめの味付けにしてあるものだとばかり思っていたのに、まさか玉ねぎの風味を隠すためだったなんて。一生の不覚だ。やはり今日は自分が作るべきだった。glareを浴びせてしまったから司には休んでほしかったのに、「オレが作る」と言って聞かなかったのはそのためか。
ちゃぷん、またお湯が揺れた。類は動いていない。一緒に湯船に入っている司が腕を動かしたからだった。
部屋の広さや家賃のわりには広めのバスタブだが、流石に成人男性がふたりで入ることは想定されていないようで、同じ方を向いて足を折って入っていてもやや圧迫感はある。司と共に暮らすまでは、ユニットバスで十分だと思っていた。汚れを落とし清潔に保つことさえできればそれでよいと思っていたし、シャワーのお湯でも身体は温められる。こうして湯船にゆっくりと浸かる習慣ができたのは、間違いなく司の影響だった。
しかし、部屋を選ぶ際には不要とすら思っていたこの大きめのバスタブのおかげで、司とお風呂でいちゃいちゃすることもできるし、激しい夜のあとだってこのバスタブでうとうとする司をめいっぱい甘やかしてあげることだってできる。もちろん司はそんなことを考えてこの物件を選んだのではないだろうが、今思えば類にとっては好都合だった。
司は結果的に自分を許してくれた。また甘やかされているな、と思う。subであることを考えれば甘えたいのは司のほうのはずなのに、お互いの身体に染みついた長年の生き方が、勝手に甘えるほうと甘やかすほうを取り違えてしまう。類とて、いっぱい司を甘やかしてあげたいのに、いつも司が先回りして類を甘やかしてしまうのだ。
自分の不甲斐なさに唇を噛む。domとしても、ひとりの人間としてもそうだった。司のパートナーはほんとうに自分でいいのだろうか。まだ司の隣にいて許されるのだろうか。自分は司の隣に居たいけれど、司も同じように思ってくれているだろうか。
なんとなくバスタブの中の居心地が悪くなった気がして身じろぐと、狭い箱の中でお湯が跳ねてぱちゃんと音を立てた。
「……また変なこと考えてるだろ」
こちらを振り返らずに司が言う。
「……なんでもないよ」
「なんでもなくない。オレにはわかる」
「……なんで?」
やけに自信ありげな声色だった。心の内を見透かされているようで、思わず拗ねたような返事をしてしまう。
「なにがそんなに不安なんだ?」
「……不安、とかじゃ、ないよ」
「嘘つくな。顔にそう書いてある」
「見えてないのに?」
「む……まあとにかく、オレにはわかるんだ!」
ざばりと大きく湯を揺らしながら、司が先に湯船から出る。今度こそ類の顔をはっきりと見据えて、口を開く。
「お前がどう思おうが、オレは類と居たいと思っている。これはまぎれもなくオレ自身の意思だ」
なにも言えずにいる類に対し、お湯が滴る手を自らの胸に当てて、司は得意げに続ける。
「ぜんぶ受け止めてやるから、不安に思うことがあったらなんでもオレに言え! オレたちはパートナーであり──恋人だろう」
「……!」
どうして、いつもほしい言葉を的確にくれるんだろう。読心術でも使えるんだろうか。
司は確かに自信家だ。けれど、それを現実にするために労力を惜しまない努力家でもあった。そして、類はそんな司の根拠のない自信に救われている。今も、今までも、きっとこれからも、たくさん。
「……だから、お前も早く温まって上がってこい。ベッドで待ってる」
「……え、」
類がなにか言う前に、いつもよりやや乱暴に浴室の扉がばたんと閉まる。すりガラスの向こうには、忙しなく身体を拭いて着替えるシルエットが映っていた。
「……ぜんぶ、か」
司に甘やかされる心地よさも、司を甘やかしたい欲求も、ぜんぶ。
その言葉をじっくり噛みしめた類が浴室から出る頃には、湯船のお湯はすっかりぬるくなってゆらゆらと凪いでいた。