W社のスタエイ「そっちはどうなった?」
声をかけながら隣の車両から入ってきたのはベテランの整理要員仲間だろう。歩く度に左足の義足がギィギィと大きな音を立てており、姿を見なくても彼女だとわかる。
「あともう少しですよ。今日は随分素直に行きそうですね?いつもこれくらいだと助かるんですけど……」
「期待しない方が良いな。ここでは何が起きたっておかしくないし……それっ」
そう話しながら、襲い来る肉塊を銛型の武器で軽々と穿つ姿は彼女―エイハブがただ歳を重ねただけの整理要員ではないことを物語っていた。
「それに、最初から期待してなければ今日みたいな雑魚しかいない日に、なんて幸運で良い日だったんだ!って思えて得じゃないか。」
「アンタにとっちゃ全部雑魚みたいなもんでしょうがね。」
支給品のジッポライターでタバコに火をつける。入社した直後に聞いた彼女の噂を思い出していた。
あるとき、列車の内部で強固なコミュニティが形成されてしまっていたことがあった。経験を積んできた今なら分かるが、そうなった乗客たちを「説得」するのはとても難しい。しかし彼女は、あっという間に人々(その時彼らが本当に「人」であったかは定かでは無いが)の心を掴んでいき、たった一人で列車内の主権を完全に奪い去ってしまったらしい。当然、その時はそんな噂信じちゃいなかったが、昇進して彼女と働くようになってからはその話が嘘では無いことがすぐに分かった。
「そんなことはないさ。私だって肝が冷える経験は何度もしてるよ。」
「でも、アンタそんなのおくびにも出さないでしょう?みんなアンタの声に従っていれば何とかなると思ってますよ、乗客だけじゃなくて、俺達も。」
「はは、まぁ、何とかなるって思ってた方が得だからな。……どうにもならない時はどう思っていようが本当にどうにもならないから。」
彼女は自分の義足に視線を落としながら呟いた。彼女のそれは最近の義体のように高機能なわけではく簡素だが、丈夫な造りだった。どんなことがあっても折れない、彼女そのもののようだった。
「その足は、この仕事で?」
「あぁ、お前は知らんのか。……到着まで少し時間もあるし、聞かせてやろうか。別に隠すことでもないしな。」
そう言うと彼女は座席の1つにもたれかかってタバコを咥えると、こちらに向けてきた。火を寄越せということだろう。先程のライターを取り出して点火してやると、気が利くな、と満足そうに笑いながらゆっくりと話し始めた。