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    わたる。

    @yamasorakakeru

    過去ログとその他もろもろ

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    わたる。

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    野営中に幻覚キノコを食べておかしくなっちゃうマンパ4人の変な夜。

    ※えーあいせいせい加筆修正
    ※すけべはない。不気味はある。

    森の茸にご用心!ある夜、ガネットたちは任務の途中で森にて野営をすることになった。

    焚き火の上では香草の香り漂うスープが煮立ち、脇には乾パンが並べられていた。
    調理を担当するカイヤーは、荷の整理で一時手を離し、その隙に「味付けを手伝おう」とアンバールが気を利かせた、

    つもりだった。

    「昼間に見つけたこのキノコ。
    確か食用だったよな。入れとこ」

    彼が何気なく投げ込んだのは、森の奥で摘んできたキノコ。見た目は似ている。色も形も。ただひとつ、夜になると“かすかに光る”という点を除いては。

    それに気づく者はいなかった。

    「お待たせー。今日もカイヤー様のメシは美味いぜ?」
    「いただきますっ!」
    「……うん、美味いぞ。香りも深い」
    「本当だな。コクもあって美味い」

    静かな夕食だった。
    だが、食後まもなく。口数が減り、言葉の間に違和感が差し込まれ始める。

    「……誰か、しゃべってる?」
    最初に言ったのはペリードだった。

    「え?何が?」
    「ほら、耳の奥で、ちいさく……笑ってる声が……あれ、変だな、聞こえなくなった……」

    アンバールが顔をしかめた。
    「……ちょっと、地面、やわらかすぎないか? 沈んでる感じがする。おい、俺、沈んでる? 沈んでない?」

    「ガネット、顔が……顔が溶けてる」
    カイヤーの声がかすれた。
    「目が四つに見える……笑ってるのが、どれかわからない……」

    「笑ってない」
    と、ガネットが呟いた。
    「笑ってない。俺は、笑ってないよ。なのに、なのに、誰かが、俺の口を勝手に」

    焚き火の明かりが、ふっと揺れた。
    誰かが火を吹いたように。
    木々の影が、ざわざわと動いたように。

    「……あれ、スープって……最初から、赤かったっけ?」
    アンバールが、今さら鍋をのぞき込む。

    そこには、ぐつぐつと煮立つ赤黒い液体…いや、煮えているのはスープではない。
    ぐにゃぐにゃと形を変えながら、誰かの名前を繰り返している“言葉の肉”だった。

    「わたし、わたし、わたし、わたし、だれ?」

    その場にいた全員が、その“声”を聞いた。
    口ではなく、脳の奥に、直接流し込まれるような、静かでしつこい声だった。

    彼らの目が、ひとつずつ、焦点を失っていく。

    「ガネット? ペリード……? アンバール……?」

    カイヤーの問いかけは、誰にも届かない。
    そこには、もう“4人”ではなく、ただ4つの身体と、バラバラに壊れかけた精神が、焚き火を囲んでいるだけだった。

    夜は、どこまでも深く、濁っていく。
    焚き火は形を失い、赤い光の塊が、空中で虫のように蠢いて見えた。誰が笑い、誰が泣いているのか、もう誰にもわからなかった。

    「カイヤーが、分裂してる……」
    ペリードはそう言って、地面に伏した。草の上を這いながら、ひたすら自分の手のひらを舐めていた。

    「ガネット……ガネット、俺の手の中にいるの、わかるか……ちっちゃくて……すごく、あったかいんだ……」
    アンバールは、何もない空中を抱いていた。あやすように、優しく。

    ガネットは、口を開けたまま、言葉を探していた。けれど出てきたのは、
    「ぱぷ、ぱ、ぱぷる……」
    そんな音の連なりだった。目の焦点は合わず、焚き火に手を伸ばすが、掴んだのは地面の灰だった。

    カイヤーは、ただ呆然と座っていた。両目を見開き、何かを見ていた。誰もいない夜空の中に、確かに何かがいたのだ。

    そうして4人は、疲れ果てて倒れ込むように眠りに落ちた。
    言葉の形をした夢を見ながら。
    意味を持たない記憶の中に、ゆっくりと沈みながら。

    ---

    夜が明ける。

    風が吹いた。
    木々がざわめき、遠くで鳥が囀る。

    ガネットが、最初に目を覚ました。
    こめかみがずきずきと痛む。胃の奥がもたれ、喉が渇いていた。

    「……ああ、くそ、これ、二日酔いの比じゃない……」
    身を起こすと、目の前には倒れた仲間たち。

    ペリードは半裸で寝袋の上に突っ伏していた。
    アンバールは抱きしめていた空気のかわりに、薪束を抱えている。
    カイヤーは……座った姿勢のまま眠っていた。瞳は虚ろで、頬に乾いた涙の跡。

    ガネットは、焚き火の鍋を見た。
    中にはわずかに残ったスープ。
    黒ずんだ表面に、青紫色の油が浮いていた。

    記憶が、曖昧ながら戻ってくる。
    あの不可解な会話。うわごとのような音の連なり。崩れていく輪郭。笑い声、笑い声、笑い声――。

    「幻覚……キノコ……っ」
    ガネットの指が震える。思い出した。これは魔法じゃない。自然由来の“毒”だ。

    アンバールが呻きながら起きた。
    「……やば、何か……変な夢……ガネットが、ちっちゃくなって、ポケットに入れてた……」
    「それ、言わなくていい」

    次にカイヤーが目を覚ます。
    彼は数秒、空白の表情を浮かべたのち、目の前の風景に現実感を取り戻した。

    「……これ……俺の責任か…?」
    「いや、俺…」
    アンバールが口を挟んだ。
    「昨夜、キノコ入れたの、俺……」

    沈黙。

    カイヤーがゆっくりと立ち上がると、ふらつきながらも荷物袋へ向かい、細く丸めた紙を取り出した。
    それは野草・キノコ類の鑑別メモだった。

    「これ見ろ。光るやつは“ツキヨダケ”って書いてる。“夜間は特に毒性が強く、精神を侵す”って……食えるのは、ツキヨダケモドキ、だ」

    ペリードも起きた。
    「スープ、光ってたよな……ほんのり、青く。……綺麗だった」

    再び沈黙。
    誰も、昨日の夜に“自分が何をしたのか”を正確に語ることができなかった。

    ただ、焼け焦げた鍋の中身と、誰も見ていないはずの幻影だけが、微かに舌の上に残っていた。

    その日の任務は延期された。

    鍋の中で干からびたスープが、朝の光を浴びて鈍く濁っている。

    「……信じられない」

    静かに、けれど明確に怒気を帯びた声が、冷えた空気を切り裂いた。
    ガネットだった。髪に枯葉をつけたまま立ち上がり、眉間に深い皺を寄せて仲間たちを見下ろしている。

    「ふざけてるのか。こんな状況で、幻覚キノコ? 毒草と変わらないんだぞ?一歩間違えれば、誰か死んでた!」

    その声に、アンバールがびくりと肩を跳ねさせた。

    「……ご、ごめ……本当に、食用だと……見た目、似てて……俺、悪気は……」

    しゃがみ込むようにして両手で頭を抱え、顔を背ける。
    目には涙が滲み、下唇が震えている。

    「……ガネットが、ちっちゃくなって……ポケットに入れて歩いた夢見て……幸せだったし……」

    「そういう話をしてるんじゃないッッ!」
    怒声が飛ぶ。
    ガネットの黒髪が振り乱れ、目には真剣な怒りが宿っていた。
    「“幸せだったからセーフ”って言える状況か?これが任務中だったら?戦闘の最中だったら?」

    「まあまあまあまあ、落ち着いてぇ……!」
    ペリードが慌てて間に割って入った。

    顔に寝跡をつけたまま、ガネットの前に腕を広げる。
    「確かにアンバールが悪い。けど……生きてるし、今は謝ってるし、幻覚も抜けたし。俺も、ちゃんと見張ってなかった。責任あると思ってる」

    「ペリード……」
    ガネットは睨むように口を噤み、歯を食いしばったまま視線を逸らした。

    「で、俺の出番はあるか?」
    最後にカイヤーが口を開いた。
    背筋を伸ばして座ったまま、肩をすくめ、静かにため息をつく。

    「こうなるの、予想できなくもなかったけどね。詳しくないのにキノコ採取なんて、そもそも無茶だろ。見分けもつかないのに、なんで入れるかなあ……」

    「ほんとにな……」
    ガネットがぼそりと呟いた。

    カイヤーは鍋を指差した。
    「で、これ。まだ少し残ってるけど……乾パンにつけてもう一回食べてみるか?」

    「やだあーーー!!」
    アンバールが即答で叫び、ぺたんと地面にへたり込む。

    その様子に、ガネットも思わず口元を押さえた。
    「……ばかか……」

    小さく笑ってしまった。

    空気が、ようやく緩んだ。
    怒りの渦のあとに訪れた、張り詰めた沈黙と安堵の混じった朝。
    それでも鍋の底に残る色だけは、誰も二度と見たくない、そう思わせるに充分な色だった。
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