年に一度しかない誕生日のこと「え? ソイツそのまま寝かしちまうのか」
「うん。まあ、今日ぐらいはな」
と円城寺さんは笑って答えて、三つ並べた布団の一つにソイツを押し込んだ。
円城寺さんに荷物のように抱え上げられても全く動じず寝息を立てて続けてたから、どうせそうするしかねぇってのもわかるが。
「ま、なんとか歯は磨かせたし、風呂は明日でもいいだろう。さしもの漣も今日一日ずっとあのはしゃぎようじゃ、疲れても仕方ないさ」
「風呂、っつーか……。ソイツが一日中大騒ぎだったのは見てたから知ってるけど……」
なんて会話をしながら、円城寺さんも大きなあくびをした。眠そうだ。俺も眠くなる。なんであくびって見てるとうつるんだろうか。
「疲れてんのはコイツより円城寺さんの方じゃないか」
「あはは。まあな、朝から晩まで漣のリクエストに応えるために飯を作り続けていた気もするな。タケルも色々手伝ってくれてありがとな」
「いや別に……俺は大したことしてねーから」
そういう話をしつつ、俺も円城寺さんもソイツに並んで布団に入る。いつもならあんまり喋ってるとソイツは「うるせー!」とか叫んで起きてくるけど、全く反応がない。相当熟睡してるらしい。だからしょうがねぇ。ソイツが悪い。
まだ寝るには早い時間だが、今日一日疲れたのは事実だ。今日はソイツの誕生日で、朝起きた瞬間からはしゃいでいたソイツに付き合うのに大変な一日だった。
事務所ではわざわざコイツのためにプロデューサーやみんながパーティを開いてくれたってのに感謝もせずいちいち威張り散らすし、プレゼントを要求する態度も声もデカいし、なにか貰うたびにわざわざ俺や円城寺さんに自慢するし、忙しいヤツだ。そんだけ喜ばれりゃ準備する方も、悪くねぇ気分だったってのは、わかる。そんなコイツのために円城寺さんは朝から晩まで主にメシ作ってて楽しそうだったし、俺もまあ、少しは。
それで円城寺さんのアパートで晩飯までご馳走になって、コイツはからあげの上に立てられた小さい旗を見て大いに勝ち誇り、大量のおかわりで円城寺さんをさらに喜ばせたあと、電池が切れたかのように畳の上に転がって寝た。まだ小学生が寝かしつけられるくらいの時間だった。
そっから起きる気配がない。いつもなら風呂には入れと円城寺さんがつついて起こすところだけど、今日はコイツを甘やかしている。いや、甘やかしてるのは、今日もか。
「タケルもおやすみ」
円城寺さんが俺の上に覆いかぶさって、天井からぶら下がってる電気が遮られる。そうして少し薄暗い視界の中で、円城寺さんから額にキスをされる。それとこめかみのあたりを指先でくすぐられた。……全部がくすぐったい。
「漣も、おやすみ」
アイツの寝顔を眺めつつ円城寺さんが囁いている。キス、すんのかな。どこにするか迷ってるらしかった。少し考えたあと、円城寺さんは枕の上に広がったアイツの銀髪をそっと指に絡めて、そのキラキラ光る毛先にキスをした。
……そういうの、様になるから円城寺さんはすごい。
真っ白なシーツと枕カバー、日焼けした円城寺さんの太くてゴツゴツした指、そこに絡め取られてもすぐにほどけてスルリと落ちる銀色の髪、季節の割には暑いからって裸みたいな格好で横たわっているソイツと、円城寺さんの、肌の色、……ドラマみたいだ。
俺が凝視してるのに気付いた円城寺さんがこっちを見て少しはにかむように笑って、片手で目隠しされた。……で、その手のひらの下で瞬きをしてるうちに電気が消されてる。
ソイツのせいで大騒ぎの一日がこんなに静かに終わるなんて不思議な気がする。悪い意味じゃねぇ。……すごく、いい日だった。
でもソイツ、そのまま寝かせて大丈夫か?
悪い予感がする。大したことじゃねーけど、何となく……と思いつつも眠気でうとうとし始めて、結局それほど時間は経ってなかったと思う。ソイツのでっけー声で叩き起こされた。
「!」
ってソイツが叫んで飛び起きたのにつられて、俺も一緒に起き上がった。どうせこうなるとわかってたにしても、頭はまだ寝ぼけてる。真っ暗な部屋の中をソイツが猫みてーな俊敏な動きで寝てる円城寺さんの上に飛び乗って、その寝顔に食って掛かってるのをやっぱりな……と思いながら眺めていた。
「起きろらーめん屋! 寝ていいなんて言ってねーぞオレ様は!」
そんなこと言ったってオマエがさっさと寝たせいだろ。
きっとコイツの頭の中では晩飯の後ももっと夜、遅くまで、……この円城寺さんのアパートにのこのこやって来たってことは、夜中、もっと恋人らしいこと……でもしてもらおうと思ってたはずだ。俺も、円城寺さんだって、もちろんそのつもりだった。
でもコイツが小学生みたいな時間に寝ちまったから……。バカらしくてわざわざ声に出して突っ込む気も起きない。
「オレ様の誕生日をもっと祝え!」
円城寺さんの顔に噛みつくほどの距離で騒いで、頭掴んで揺さぶってる。ところが円城寺さんは起きる気配がない。というか起きちゃいるんだろうが。
「うんうんうん。また明日な」
円城寺さんの目は開いてない。騒いで揺さぶられても、笑顔で安らかに目を閉じている。一応コイツに返事をしてやっているが、いつもより更に適当だ。
「明日はオレ様の誕生日じゃねェっつーの!」
「……ふっ、ふふ……いいじゃないか誕生日じゃなくても」
なんで円城寺さんいま吹き出したんだ?
「よくねえ! 誕生日はァ、トクベツなんだろーが!」
「うんそうだ。今日は特別な漣の年に一度の特別な誕生日で、……明日もまた特別な日だ」
「ハァ?」
「特別な日の次の日も、年に一度しかない特別な日じゃないか」
「……は? ンじゃあ明後日は……」
「年に一度しかない特別な日の明後日も、年に一度しかない特別な日だ」
「……あ!? それじゃ永遠にトクベツな日になんじゃねェか!」
「そういうことだ。漣も気付いたか……んっふっふっふ……既に毎日が特別な日、というわけだ」
「ハーァ?」
円城寺さんは時々何故か吹き出しながら、目を閉じたままコイツに適当なことを言っていた。そうやって円城寺さんに言い包められてるうちに、コイツの円城寺さんを揺さぶってた手も止まっている。
最終的にコイツは寝かしつけられるように頭を撫でられて、円城寺さんの上でうつ伏せに寝た。いやコイツはまだ起きてるか。円城寺さんが寝た。
「おいチビ。チビは今祝え」
円城寺さんの胸の上で、ソイツはこっちを見て未練たらしく唸った。
「どうやって?」
コイツは散々騒いだ挙げ句、寝ちまった円城寺さんの腕に頭と背中を押さえ付けられ拘束されている。抱きしめられてる、とも言う。
まあでも円城寺さんも力付くでコイツを動けなくしてるわけじゃないし、抜け出そうと思えばすぐに抜け出せるだろう。
でもコイツはそうする気はないだろうし、その状態で俺に何ができるかっつーと、別に何もない。
コイツもそれがわかって眉間にシワ寄せて考えて……葛藤している。
「……なんかしてーのはわかる。つーか俺も、正直期待外れだったし……オマエのせいで。でも明日って言われただろ」
「……ほんとになんもねーのかよ」
こういうことで、素直にへそ曲げて拗ねてるのは、案外……最近、思うことだけど、こういうのがコイツの案外かわいい……いや。でも円城寺さんも、そう思っているんだろう。
「オマエ、キスはされてたぞ。いつもの寝る前のヤツだけどな」
「あ? おいらーめん屋ァ……」
コイツが呼んだところでもう円城寺さんは完全に寝ちまってる。余計に拗ねた顔になっちまったが、しぶしぶ納得したらしく口を尖らせたままぎゅっと目を閉じた。
やっと静かになった。やれやれ……って円城寺さんがよく呟くような言葉が、頭ん中に浮かぶ。俺とコイツに向かって言うときの、少し嬉しそうに目元と口元を緩めて言うあの調子の……。
俺も眠い。コイツがようやく静かになったから、もっとそっちに近づいてもいいかな。