お酒の話「ねえ、それっておいしい?」
錆びかけた椅子とカウンターテーブルがにわかに軋んだ音を立てた。近くの席に座っていた客が何人か、ビビって椅子を揺らしたからだ。こいつが何の前触れもなく現れやがったから。
「急に出てくるんじゃねえよ。どうやったんだ?」
「へっへっへ。教えなーい。ボクの能力ってヒミツが多いからさ」
妙な理屈ではぐらかそうとするこいつの手から、無言でグラスを取り返す。返して、なんて言ってるが元々オレのだ。中身は減っていない。色と味の付いたアルコール。
「ねえレッド、それおいしいの? ボクにもちょうだい!」
「お前にゃまだ早い」
「いいじゃん、ねぇ? お姉さん、お店の人? ボクにもおんなじの」
「駄目だ。マスター、何も出さなくていい」
オレに絡むのを諦めて、アクセルはカウンターの向こうのマスターに話しかけた。一応先手を打って断っておいたが、あまり必要はなかったかもしれない。
ここは法で規制されている旧時代のアルコール飲料を取り扱っている。法なんざ殆ど形骸化しちまってる地上ではそんなのも大して珍しくもないが、一応はガサ入れ対策に入り口に警報機の類が設置してある。その警報機も鳴らさずに突然現れたこいつを、マスターは引きつった笑顔で眺めていた。
どうせこいつにしてみれば、悪意もなく自分の能力と悪知恵を働かせただけなのだろうが。
「はあ。なんでレッドはよくてボクはダメなの? いつもわざわざボクに隠れてこんなとこ来てお酒飲んでるなんてさ。ケチだなぁ」
「隠れてるわけじゃねえ、ガキを連れて来る店じゃないんだ」
「ガキじゃないし」
「ハッ」
オレの横に突っ立ったまま駄々をこねてるこいつを改めて見てると、耐えきれず吹き出した。当の本人も立ったままの自分が店の中で浮いていることに気づいたらしく、いささか慌てて空いていた隣の席に背伸びとジャンプで飛び乗った。そうしないと足が届かない。
「ボクはさ、見た目こそ若いかもしれないけどさぁ、本当の設定年齢はもっと上って可能性は十分にあるよね。見た目は主観だもん」
「どうだかな。それ以前にアルコールの耐性があるかどうかもわからねぇ奴に飲ませるなんざ恐ろしい話だ」
「それこそ飲んでみないとわかんないじゃん。酔っちゃったらレッドが介抱してくれればいいし。ね、こういうのって過保護って言うんじゃない?」
「おい、わざわざマスターに話を振るな」
マスターは相変わらず苦笑いで取り合わない。それどころか周りの客も引いている。そりゃそうだ、子連れで酒を飲みに来るようじゃ、な。明日以降来づらくなるじゃねえか。