飴細工 物珍しい蛙が庭の池に入り込んでいた。ちょうど梅雨の時期、蛙なんぞ珍しくもなかったが、それはどうにも目を引いた。天から落ちる雨だれと同じように、その身体は半分透けて、水の色をしていたのである。
手を差し伸べるとまるでこちらを餌だとでも思うたか、指の上に飛びついた。
傘では遮れぬ雨が指の上に降り注ぐ。ひやりと冷たい。その透けた身体の蛙もまたはっきりと冷たい。爪の先のような一粒が。
「まるで飴細工のようだ」
誰に語るでもなしに、思うたことが勝手に口をついて出た。梅雨のあまりの静けさに、どうせその蛙の他には誰にも聞こえはしなかったであろうと思われる。
蛙だって人の言葉などわかるまい。
そう思うたが、案外それは賢い蛙であったのか、まるで吾輩の言葉に驚いたかのようにぴょんと指の上から飛び降りて、雨の庭を遠くへ跳ねて逃げていった。
雨の色をした蛙の姿は、すぐに雨だれに隠れて見えなくなった。
このときは吾輩自身も妖怪であるにもかかわらず、その蛙の不思議な姿にしんみりと物思いに耽ったものだ。生きているとも幻であるとも取れるようなあの生き物に、この先再び出会えるであろうかと。吾輩がまだ暫く生き長らえるとして。
それこそ化かされたような気分が暫くの間続いた。幻想に化かされるのもそう悪くはない気分だ。
と思っていたのだが。いくらか年月が経った頃、あの蛙が再び庭に現れた。あの繊細な飴細工とは似ても似つかぬ小童の姿となって、吾輩の前にふんぞり返っている。
「やいやい、おれは手前を斃しにきたんだ。食われる前に食ってやる」
藪から棒にそんなことを言う。あのときの吾輩の一言を根に持ってやり返しに来たのだとすぐに分かった。たまらず腹を抱えて笑い出すと、名も知らぬその蛙は頬を丸く膨らませて不機嫌に鼻を鳴らした。
もはや飴細工などとは思われぬが、それはどこか面影がある。
【了】