板チョコは苦手 大きな背中がうーんうーんと唸っている。絵に描いたような悩み方だ。キミ見ているお店の看板は、店の名前が山盛りの白砂糖で描かれている。近付いただけで甘い匂いが。
キミを悩ます甘いものはいったいどんなものだろう? 興味を惹かれてそっと近付いて覗き込んでみると、そこに並んでいたのはチョコレートだった。
「どれにするんだ?」
「ワッ」
声をかけたら飛び上がりそうなぐらいにびっくりされる。丸い目がいつもより真ん丸だ。その大きな背中でチョコレートについて一生懸命考えていたってギャップが、最高にかわいい。
「どれにしようか、というか買うか買うまいか、というか」
また腕を組んで悩み始める。昼下がりのマーケットどのお店も客は少なくまったりとしている。しかしここみたいな甘いものの店は例外だ。デグダスと同じように、商品の前で悩んでいる客が他にもチラホラ。甘いものの魔力ってやつらしい。
おれはそんなに甘いものは好きじゃないが、色とりどりの飾り付けだったり、動物を模した形、甘い匂いが通りすがりの客を悩ませるのもわからなくはない。
だけどキミの前に並んでいるチョコレートは、あまりそういうものには当てはまらない。見た目には――とても地味だ。でもとてもキミらしい。
「キミが悩んでるのは、これか?」
並べられている一番上の商品を手に取る。銀色の紙でぴったり包まれた、板状のチョコレート。
「なんでわかった!?」
「キミがちらちら見ていたからさ。店主、これ一枚でいくらになる?」
「買っちゃうのか?」
「だってキミがそんなに物欲しそうに見つめてるんだ。買わないって選択肢はない」
「ものほし……?」
代金を払って包みのままのチョコレートを受け取り、キミに手渡した。まだ首をかしげている。
「ものほし……」
マーケットからの帰り道でもまだ首を傾げて考えている。
「洗濯物の話じゃないぜ?」
「ンン? それはもちろん! いやな、おれはそんなに欲しがっていたつもりはなかったからな」
「そうなのか? あんなに悩んでいたのに」
「板チョコは苦手なんだ。だから買いたい! けど買いたくない! と」
「あはは。キミに苦手な食べ物なんかあったんだな!」
「それがあるのだ。まずは板チョコ、そして板チョコ、そんなわけで板チョコだ!」
「ふっ、ふふっ、なんでそんなに苦手なんだ?」
「それはもちろん、板チョコというのはパキッと割って一口、もう一度パキッとやって一口、もっと食べたくなって大きく割って一口、で……そんなことをしていると一枚全部食べてしまう! いけない食べ物なんだ!」
「あっはっはっはっは! たくさん食べるのはいいことじゃないか!」
「いやいや一人で一枚全部というのは悪いことだ。懺悔します」
「ふっふっふ。じゃあこれは、おれが少しずつ割ってやろうか」
「グランツが少しずつ?」
キミがム? とこれまでと逆方向に首を傾げて考え込む。両手に大事に持った板チョコの包みと、それをツンと突いたおれの指と、おれの顔と、それぞれ順番に見つめていた。
「……ムフ。それなら」
「大丈夫そうか?」
「ああ、ばっちりイメージトレーニングをした! 完璧だ!」
「あっはっはっは、そこまでさせてしまったか! チョコを割るのも責任重大だな!」
キミと一緒にゲラゲラ笑いながら、おれも思わずチョコを割ってキミの口にあーん、と食べさせるのを想像してしまった。なんてことないけど、ドキドキするのを笑ってごまかしている、つもりだ。