かき氷の予防「いただきます!」
と、キミは当然かき氷の前で礼儀正しく手を合わせた。小さなお辞儀も。山のように積み上げられたかき氷にキミの額がぶつかりそうで少しヒヤヒヤする。涼しそうだ、という意味でも。
「どうしたグランツ。うらやましいのか? やっぱりこう暑い日は、かき氷だものな!」
「ああ、そうだな」
氷と同様に輝く銀のスプーンをかかげ、キミは満面の笑みだ。
「おまえもかき氷を注文すればよかったのに」
「でもよく冷えた麦ジュースの誘惑に勝てなかった」
「うーん、確かにな。それも確かに、魅力的だった。でもかき氷もいいだろう? うらやましいだろう? そんなに見つめてくるぐらいだ」
「バレてるか」
「そりゃそうだ! おまえの熱い視線で溶けてしまいそうだぞ」
「ふはっ、あっはっはっは」
確かにそのとおり、キミは今にも溶けそうなぐらいの汗を流している。頬にも、額にも、鼻の頭も、たくましい腕にも。
でもおれが嫉妬しているのは、かき氷に対してだ。今からキミに食べられるなんて、――しかもそんなに嬉しそうに。羨ましい限りじゃないか。
暑さでどうにも仕様のないことを考えてしまってるかな。
「うん、それじゃあそんなおまえに、このかき氷を半分譲っても……いや丸ごと全部! あげちゃおう!」
「それじゃキミの食べる分がなくなってしまう。一口でいいさ。いや、一口だけ欲しい」
「そうかあ? それでは一口……ここか? このあたりか?」
「ふふっ」
白い氷に青いシロップの山をあちこちつついて、どこが一口にふさわしいかってのを深く考えているらしい。その間にもホロホロと氷の山は崩れ、じわじわと溶けていく。そのうちジュースになってしまいそうだが、そんなうっかりもキミらしい。
「よしこれだ! さあどうぞ、あー……ちょっと待て」
「うん?」
大きな氷の山を掬って乗せたスプーンをずいっと差し出した、かと思うとそっと引っ込めた。逆にキミが横を向いて座り直し、ぐっとおれに身体を近づける。
スプーンを持ったのと逆の方の、キミの大きな手のひらが近づいてくる。
「こうして。さ、あーん」
熱くて大きい手のひらが額に当てられる。太陽よりも熱い。そのまま口を開くのは、少し不思議な感じがした。
「ん。冷たい」
「うまいか?」
「ああ」
口の中に入れられた冷たいかき氷は、すぐに溶けてなくなってしまう。シロップの甘さより、冷たさの余韻がキンと残る。キミの手がもっと熱く感じられる。
「な、この手はなんだ?」
「むふふ。これはな、予防だ。キーン、とはならなかっただろう? 冷たすぎると、キーンと痛くなるからな」
「ははっ、そういうことか。相変わらずキミは優しいな」
「うむうむ」
約束の一口が終わっても、額の手は離れていかない。冷たい余韻ももうなくなって、じわじわと暑い。汗が滲んできたのがわかる。でもこれはおれの汗だろうか、キミのだろうか。
溶けて崩れるかき氷が皿の上でささやかな音を立てた。あともう少し溶け始めたら、さすがのキミも気づくだろうな。まだこうして見つめ合っていたいんだが。